第18話 山は知っていた
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マチュピチュを訪れたあと、
わたしは無性に故郷が恋しくなり、日本へ帰国した。
アンデスの霧の中で感じた「帰る」という感覚が、胸の奥に残っていたのだと思う。
久しぶりに実家で父と向かい合い、旅の話をした。
バミューダの海のこと。
ナスカの線のこと。
マチュピチュで見た、あの小さな花のこと。
父は、黙って聞きながら、ときどき静かにうなずいていた。
話がひと段落したころ、父がぽつりと言った。
実はな、ここにも不思議な場所があるんだぞ。
その言葉を聞いた瞬間、わたしははっとした。
遠くばかりを見て、足元を見ていなかった。
謎は、いつも外にあるとは限らないのに。
父が取り出したのは、少し古びた地図だった。
皆神山、と書かれている。
ピラミッド説や空の噂、修験の伝承が交錯する、不思議な山だという。
翌日、わたしはその山を訪れた。
道は静かで、人の気配が薄い。
木々の間を歩いていると、時間の感覚が、ゆっくりと曖昧になっていく。
ここに寄ってみろ。
父はそう言って、地図に印をつけてくれた。
運がよければ、
霧の中に、綺麗な虹がかかるらしい。
そんな話を、ふと思い出した、そのときだった。
霧の向こうに、屋根の輪郭が、ゆっくりと浮かび上がった。
気づくと、そこに神社があった。
さっきまで、確かに森しかなかったはずの場所だ。
音もなく、ただそこに在る。
人の気配はないのに、拒まれている感じもしない。
確かに、地図はここを指している。
さすがに、神社に虹がかかることは少ないだろう。
わたしは、少しがっかりした。
けれど —
鳥居をくぐった瞬間、ふいに、頭の中に懐かしい光景が蘇った。
わたしは、幼いころに、父と、ここに来たことがある。
記憶を頼りに、神社の裏手にある大きな檜の木の根元を掘ると、小さな缶が現れた。
そっと蓋を開ける。
中には、子どものころに大切にしていたものが入っていた。
なくしたと思っていた、思い出の品。
その中に —
1枚の画用紙があった。
7だけが並んだ — 不思議な数列 —
あ。
思い出した。
わたしは共感覚のために、昔から7が、虹色に輝いて見えるのだ
幼いころに描いた、あの虹の絵。
わたしはそれを見つめながら、静かに懐かしい気持ちになっていた。
子どものころと、同じだ。
父は、答えを教えない。
少しだけ不思議な話をして、考える場所だけを残す。
神社を出ると、霧はすっかり晴れていた。
振り返ると、もう建物は見えない。
わたしは1人で山を下りながら、父との謎解きゲームを思い出していた。
怖がらせて、でも必ず安心させる —
迷わせて、でも必ず帰してくれる —
今も昔も、
わたしの父は、そういう人だ。
わたしは、缶を胸に抱き、静かに歩き出した.
山は、何も語らない。
けれど、父の温かさだけは、確かに残っていた。
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