第16話 空からしか見えない線
同じものでも、
立つ場所が変われば、意味は変わります。
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ナスカの大地に立ったとき —
最初に感じたのは拍子抜けだった。
乾いた土 —
どこまでも続く平坦な地面 —
観光地らしい賑わいも少なく、遠くに見えるのは低い丘と静かな道路だけ —
これが、あの有名な地上絵の舞台なのかと、正直思った。
ガイドの案内で、小さな展望施設に向かう
階段を上がり、視線が少し高くなっただけで、風景が変わった。
地面に刻まれた1本の線が、突然、意味を持ち始める.
それは偶然の傷ではなく —
意図された直線 —
さらに上空へ.
セスナ機に乗り込み、砂漠の上をゆっくりと旋回する。
窓越しに見えた瞬間、息をのんだ.
地上ではただの線だったものが、空から見ると、はっきりと形を成していた。
鳥。
猿。
蜘蛛。
幾何学模様。
誰が、
何のために、
なぜこんな巨大な絵を描いたのか。
それが、長い間、最大の謎だった.
かつては —
神への祈り.
天文学的な暦。
あるいは宇宙からの目印 .
さまざまな説が語られてきた.
どれも魅力的で、どれも決定打には欠けていた.
最近の調査で、少しずつ見えてきたことがある。
地上絵は、1度に描かれたものではない。
何世代にもわたって、描き足され、修正されてきた痕跡がある。
線は単純だが、計画性があり、測量の知識も必要だった。
また、空から見えなくても、丘の上や簡易的な櫓から全体を把握できた可能性が高い。
必ずしも、飛ぶ存在だけに向けたものではなかった。
地上の人間同士が、空を意識しながら共有した巨大な儀式空間。
そんな見方が、有力になりつつあるという。
興味深かったのは、水との関係だ。
乾いた大地に引かれた線の多くが、水脈や儀礼用の道と重なっている。
地上絵は、鑑賞するものではなく、歩くものだったのかもしれない。
人々は線の上を歩き、祈り、物語を体でなぞっていた。
機内でガイドは言った。
これは絵ではない。
行為の痕跡だ。
その言葉が、強く残った。
地上絵は、誰かに見せるためだけの謎ではなかった —
人が人に向けて残した、巨大な意思表示 —
空という視点を借りて、初めて理解できる、人間の営み —
着陸後、再び地面に立つ。
先ほどまで見えていた猿の姿は、もう分からない。
足元には、ただの線と砂しかない。
けれど、不思議と不安はなかった。
分からないままでも、確かに感じ取れるものがある。
それは —
意図と時間と、受け渡されてきた何かだ.
ナスカの地上絵は、今も答えを隠している。
けれど、それは解かれるのを拒んでいるのではない。
見る側に、どこから見るのかを問い続けているのだと思った。
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