第10話 地図にない屋根
地図を読む授業は、
いつの間にか「地図にないもの」を探す時間になっていました。
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高校の社会科の実習で、わたしたちは班に分かれて、町を歩きながら地図を作り直すような課題を出されました。印刷された地形図と古い住宅地図を手に、曲がり角の名前、用水路、石段、祠、道幅の変化まで記録していきます。
わたしの実家は山あいで、参道の杉並木や、古い社へ続く鳥居が日常の風景に混ざっている場所でした。校舎の窓から見える稜線はいつも同じ角度で、冬は風が乾いて、夏は霧が早朝に降りる。そんな土地だからこそ、地図に描かれた線一本の意味が、妙に重く感じられることがあります。
その日 —
同級生と2人で地図を見ながら歩いていると、ふと、地図にないものが目に入りました.
道から、かろうじて低い屋根だけが見える家です.
といっても、門も玄関も見えません.
周りを別の家に囲まれていて、屋根が覗く方向だけが、まるで —
「ここに何かがある」と言っているようでした。
わたしたちは、ぐるっと周囲を回りました。けれど、入口らしいものがどこにもない。塀の継ぎ目も、裏口も、敷地へ入る細道も見当たらないのです。屋根だけが、確かにそこにあるのに、近づく方法がない。地図の上では、そこはただの空白でした。
気になって、周りの家に住んでいる人に話を聞きました.
けれど、誰も詳しいことを知らない.
知らないのに、当たり前に存在している。その感じが、わたしには少し不気味で、少し面白くもありました。
同級生は、急に探偵みたいな口調になって、「たぶん、周りのどこかの家が、誰にも言えない秘密のために持ってる建物だよ」と言いました.
わたしもつられて、「見られたら困る何かがあるのかも」と、勝手な想像を膨らませました。
実習のはずなのに —
胸が少し高鳴ってしまう.
地図を作るという名目で、わたしたちは謎を追い始めていました.
手がかりが欲しくて、市役所へ —
窓口で事情を話すと、担当の人が古い資料の束を出してきて、しばらくページをめくったあと、「史跡」という欄に小さく記載があるのを見つけました.
そこには、わたしたちが見た屋根の位置とぴったり合うような、古い地番のメモが残っていました。ただ、説明は短く、具体的なことは書かれていません。
その日から —
わたしたちは放課後に図書館へ通うようになりました. 毎日です。課題のため、と言い訳しながら、実際は続きが知りたいだけでした。郷土史の棚は紙の匂いが濃く、古い写真集の背表紙は色あせていて、ページをめくるたびに、時間がざらりと指先に落ちるようでした。
何日目だったか —
同級生が古い歴史書を引っ張り出してきました。そこには、かつてこの地を治めていた大名の居城の話が載っていて、戦のときの避難路についても触れられていました。城から町へ、地下を通って逃げるための道。普段は閉じられ、目印も残さない。出口は複数あり、そのひとつが「屋根だけ見える場所」として記されていたのです。
わたしたちは顔を見合わせました。これだ。地図にない屋根の正体は、地下避難路の出口。入口が見つからないのも当然です。わざと見つからないように作られている。誰かが秘密を隠しているのではなく、昔の人たちが、命を守るために隠したものだった。
その瞬間、同級生が、堪えきれないように吹き出しました。わたしもつられて笑ってしまいました。あれほど「絶対にやばい秘密だ」と盛り上がっていたのに、答えがまさかの史跡。しかも避難路。想像していたドラマが、いっきに歴史の教科書へ着地した感じが、可笑しくて仕方なかったのです。
笑いながらも、わたしは少しだけ背筋が伸びました。地図にない屋根は、地図に載らない理由があった。知らないから怖いのではなく、知ろうとしないから空白になる。わたしたちは、たまたまその空白を指でなぞって、線に戻しただけなのかもしれません。
実習の提出物には、屋根の位置と、史跡の記載、そして避難路の記録をまとめました。先生は意外そうな顔をして、「よく調べたな」と言いました。同級生は、最後までニヤニヤしていました。わたしも、胸の奥が少し熱くなりました。
あの頃のわたしにとって、同級生と毎日図書館へ通うことは、青春そのものだった気がします。地図の上の空白が、笑い声と共に埋まっていく。今思い出しても、あれは、まちがいなく大切な日々でした。
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地図に描かれない理由には、
ちゃんとした事情がありました。




