表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Hey Judeと青いリボン

作者: 39-Rock
掲載日:2025/12/07

「ただいま~」

家には誰もいない。

両親は7時以降でなければ帰らない。


亮太 12歳小学6年生。

誰もいない部屋に

言葉を投げるのは3年を超えた。

ランドセルを放り投げ

ドーナツと牛乳をお腹に放り込むと

すぐに友達との約束の場所へと走った。


帰宅はいつも6時半。

一人で家にいる時間を出来るだけ減らしたい。

そんな自衛心もあった。

友達が帰った後も公園をブラブラし

何も買わない駄菓子屋で時間をつぶし

近隣の夕餉の香りの中を一人帰る。

それが亮太の日常だった。


ある日、学校から帰ると

大きなトラックが亮太の好奇心を誘った。

引っ越し作業があり

長く空き部屋だった隣に住人が入った。

亮太はどんな人なのか気になった。

一人の若い女性がドアの隙間から見えた。


以前の隣人は、騒音がひどく

亮太には迷惑な存在だった。

そんなネガティブな気持ちが

余計、隣人への興味を大きくしていた。


「あの人なら大声は出さないな。」


と、亮太は少し安堵した。


一人で宿題をしていると

両親が帰宅した。


「亮、ごめんね。すぐご飯にするね。」


母が優しく声をかけた。


夕食を食べようとした時、家のベルが鳴った。

母が玄関を少し開けると

引っ越しで見たあの女性だった。


「初めまして。」

「隣に来た東です。よろしくお願いします。」


名古屋の人、大学生、20歳。

ここに暮らすのは、卒業までの2年間。

それがこの日得た情報だった。


「ういろう」という羊羹のような和菓子を

手土産にくれた。

2年間は名古屋からここ京都まで

新幹線で通学していたらしい。

両親の海外赴任でそれが出来なくなった。

そういう事だった。


「すごい人だな。」


新幹線に乗った事のない僕には

それだけでも凄い事だった。


ういろうが母の大好物だったことで

フレンドリーな母は是非にと

食事をふるまった。


父が僕を紹介し

それからは「亮ちゃん」になった。


両親はあれこれとお姉さんに質問したが

嫌な顔もせず色んなことを教えてくれた。

とても聡明そうで、僕も話に聞き入ってしまった。


それからは何度となく

晩御飯を一緒に食べるようになり

いつしか僕とお姉さんも仲良くなり

本当の姉のような存在となった。


僕の日常も大きく変わった。


「お帰り!」

「遊びに行くの?」


とよく声をかけてくれるようになり

行かない日は、両親が帰宅するまで

色々と僕の面倒をみてくれた。


初めてお姉さんの部屋に入った時

とってもいい匂いがしたことと

思ったほど女の人っぽくない部屋だ

というのが正直な印象だった。

部屋にはギターが一本と

Beatlesというグループのポスターが

二枚貼ってあった。


お姉さんはいつも

長めの髪を後ろで括って

そこに必ず青いリボンを付けていた。

服装もいつもシンプルで

Tシャツ、セーター

常に細めのジーンズという恰好だった。


似たような恰好をしても

母とは全然違うんだな。

そんな事も新鮮に感じた。


ギターを弾きながらいつも

Beatlesを歌ってくれた。

でも

楽しそうに僕を見る目の奥にいつも

なにか大きな寂しさのようなもの。

そんな影があった。


「Hey Jude」

定番曲は僕の寂しさを癒してくれた。

お姉さんの淹れてくれるカフェオレ。

それを味わい二人でBeatlesを歌う。

それらが僕の一番の楽しみになっていった。


お姉さんと言う存在。

その意味に戸惑う日も増えた。


クラスの女子にも興味が薄れ

いつしか「姉」ではない感情。

それが次第に僕の心を重くしていった。


中学生になった。

最初にお姉さんが言った2年。

楽しかった時も間もなく終わる。


「ずっと続けばいいのに・・。」


解っていても受け入れたくなかった。


お姉さんの引っ越しの日が決まった。

僕は何か贈り物がしたいと思った。

僕を覚えていてほしい。

そんな気持ちだったのかもしれない。

以前、欲しいと言っていた

Beatlesのレコードを

貯金箱からの5000円札で買った


引っ越しの日。


「お姉さん、いままでありがとう。」


「これ、僕からプレゼント・・・。」


「ありがとう!嬉しい。」

「入って!」


部屋に入った。

もう本当に何もなく

壁のLet it beのポスターも

他の一枚もそこにはない。

変わってしまったその風景が

なぜか僕の心をぎゅっと締め付け

涙が出そうになった。


この日、初めて見たお姉さんのスカート姿。

僕は、今まで温めていた感情も溢れた。


同時に、ジーンズのベールで被われていた

お姉さんの脚の大きな火傷の跡。

それが僕の心に深く刺さった。

意識しないよう取り繕ったが

そんな僕の感情にすぐ気づいた

お姉さんは、床を見つめたまま

小さな声で話し始めた。


「これ酷いでしょ。」


「私、12歳の時に火事に合ってね。」


「大事なものも失った。」


「弟は、亮君と同い年。生きてたら。」


名は「青」一文字で「そら」。


すべて理解できた。

寂しそうな目。

青いリボン。

僕への大きすぎた愛情。


なぜか僕は

拭えない寂しさと弟への罪悪感。

複雑な気持ちでしばらく黙り込んだ。


いつもは「亮ちゃん」なのに

なぜか今日は「亮君」と呼んだ。

二人の距離を開くための

儀式だったのだろうか。




沈黙をアラームが終わらせた。


「あ、タクシーだ。」


お姉さんはすっと立ち上がった。


動くたび大人の女性の香りがした。


「そうだ。」

「プレゼントもらったのに

     私、何も用意してないや。」


お姉さんはちょっと微笑んで


「じゃあ、ちょっとだけ目を閉じてくれる?」


それはすぐに


大人の香りを伴って


僕の唇に温かく柔らかいものが重なった。

激しく動揺する僕を見て


「へへ。一番乗りだったかな?」


とお姉さんはいたずらっぽく笑った。


「これはね、

 2年だけ弟に会わせてくれた

          君へのお礼。」


「そして、大人になる君への

            贈り物。」

    

「そういう事にしておこうね。

        二人だけの秘密だよ。へへ」


姉さんは小さく首を傾げ笑顔を見せた。


失った弟への愛情と

未来の僕へのエール。

お姉さんの目にあの影はもうなかった。


タクシーが来た。


お姉さんは、慣れないスカートを気にしながら

タクシーに乗り込んだ。


「じゃあ、元気でね!」


タクシーは勢いよく走り出し

すぐにそれは見えなくなった。



あれから10年。


いつしか「お姉さん」という憧れは

少しずつだけれど僕の中から

小さく遠くなっていった。


商店街のレコード屋も今はもう無い。


そして「Hey Jude」。


大人の入り口に立った証と共に


今も僕の心で歌い続けている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ