隠魔ちゃん−Night Walk−
陰キャ+淫魔=陰魔です。
淫魔にだって羞恥心はある。
淫魔は頭に角、背中に小さい翼、際どい格好をし、
夜な夜な、その際どい格好で男を誘い、ベッドの上での大戦争。
これが淫魔に生まれてしまった者の習わしである。
周りの淫魔達はそれを難なしていくが………。
しかし、これらの伝統的卑猥行為を恥じる初心者淫魔がここに一匹、夜の都会を歩いていた。
夜と言っても、ビルや広告塔の明かりで田舎の夜のように暗くはない。
人通りも昼間よりはないものの、結構ある。
周りを歩く人間が羨ましい。
家族連れの4人家族や、
笑顏1つで怒りがこみ上げられる男女カップル、
その影に隠れる、種族ガチャ失敗、この私。
何たるこの種族社会。
「今日こそは………」
拳を握りしめ、上を向きながら宣言する。
男を肩トンで誘ってやる!!
ベッドの行為を成功させてやる!
こんな一週間前の目標を恥じて、まだ達せずにいた。
そんな淫魔にはルールが複数ある。
結構、伝統的な淫魔コスチュームが恥ずかしかったので、その1つのルールを使わせてもらう。
“淫魔スーツの上に上着可”
なので雲一つない、満天の夜空がひろがってるが、フード付のかっぱを上に着た。
周りからは変な目で見られるかもしれないが、角もフードで角も見えないし、淫魔独特の顔立も誤魔化せる。
振り返ると後ろの男の子と目が合ってしまった。
オイオイ…そこのガキンチョ、指さして笑うな。
人の影に紛れながら、都会の闇の中、獲物を探す。まるで狩り中のトラのように。
獲物は周りを歩いているはずなのに、
コミュ障のせいで、足が北極海に浸かったときのようにガクガク震えが止まらなく、追いつきもしない。
また、身長140cmの淫魔には、狙いのイケメン高身長男子に手が届かず、
運動不足も重なり、不様につまずいた。
ついで程度に都会の人の波に打たれ、路地裏に飛ばされる。
都会はこわいよ…。
「人も積もれば波と成る………」
これが今日の教訓である。
*****
「イダィ…イダ………ィダァアアア―ィィィィィ!」
さっきの波打の反動だ。
路地裏で1人、セミファイナルが突付かれた時のようにもがき苦しむ。
そのうち都会の心清い人が通報したのか知らないけど、おじさん警官が近づいてきた。
短足ハゲ頭でニコニコ近づいてくる。
「どうしたのお嬢ちゃん?」
セミファイナル小学高学年と誤解されたらしい。
そのおじさんは私の服装に怪しみ、めくられ、18禁の服装がバレて、超気まずくなった。
てか、めくるな。
そんなおじさんは少し興奮している。
「はぁ…はぁぁあ……ちっちゃいお尻♡」
耳元に吐息が近づく。
「こっ…個別身体…検査したい………♡」
「ヒィッ」
おじさんの手が肩を掴む。
「あっ…はっ離してっ……」
慌てて非力な抵抗。
「おじさんの…身体検査してっ♡」
ヌメッとしたその言葉を聞いた私は、反射的におじさんの手を振りほどき、クラウチングスタートで路地の闇へと猛ダッシュ。
「待ってよぉ~♡」
その声を背中で聞きながら足を動かした。
*****
「はぁ…ぁ…巻けた…かなぁ……」
入り組んだ道の路地裏を見事利用し、私は
「どこ?」
しっかり道に迷った。
やばい怖い。
店の明かりも少なく、気味悪い。
変態警官もいるかも知れないから進むしかないし……
「くっ…このままでは…」
家に帰れません。
「朝になるまで待とう」
私の頭ではこれくらいしか、案がなかった。
*****
コケッ………チュンチュンッチュンチュン♪
いい小鳥のさえずり。
朝になったのか夜の闇が消失していることが目蓋越しに伝わる。
「フガフガ…(なんか暖かいな)」
なんかコンクリの上で寝たはずなのに軟化してるし……
てか……この感触…っ
「ベッド!」
なんで!?それにこの清らかな匂い、我が自宅だ★
「それはな…!」
奥の部屋から解説の…淫魔同期のニマの声
「アタシが昨夜うどん食い終わったあと、あなたを見つけてな…!」
「あっあの…どうやって…私の家入ったんですか?」
私の家は安心安全のオートロック。
「ドア壊した」
「そんなばなな!!!!」
横目でドアに巨人の目ん玉くらいの穴があるのを確認する。
ニマに対する感謝の気持ちは一瞬で消え失せた。
ニマとは淫魔幼稚園からの付き合いだったけど、ひとんちのドアぶち壊すやつだとは思っていなかった。
都会の凍える夜から救ってくれたのは………感謝しているけど、恨んでもいる。
「えっ……と…あの…ニマさん…出てけ…」
あとついでにドア弁償も。
「いのちの恩人にそんな言葉はないんじゃねぇの?」
「………」
「てか、淫魔の恥のアンタに『出てけ』って言われたくないな」
※淫魔は元から恥です。
「私が教えてやる!」
「えっ…」
何を…?
「淫魔のあり方を!」
そしてニマは私に近づく。
ぶん殴って調教するつもりだろう。
(足を速めて、目の前まで近づく)
「ヒッ…」
なっ何もしないでぇ~。
「………」
しかし壊し魔淫魔は私を無言で通り過ぎる。
そしてニマはドアの穴を少しキツそうにくぐり、私をおいて小さい翼で飛び去った。
「今日の夜ーまた来るからなーー!」
来んな。
*****
都会のとあるマンションのドアが大きく穴の空いた1室。
ここが私の部屋だ。
ドアを壊した奴が、夜にまた来るとか、帰り際に振り向き、宣戦布告してきたので、ドアを補強し部屋の防御をUP中。
具体的には、木の板を瞬間接着剤で貼り付けているところだ。
釘を使うと騒音で隣部屋の人に迷惑だからね★
全てはアイツのせいだ。
アイツのせいだ。
………ってなんかムカついてきたな。
「クソがよ………あっ」
手が力み、残りの接着剤が卑猥に飛び散った。顔にも着いた…卑猥だ。
接着剤も切れちまった…。
何で瞬間接着剤はこんなにも内容量が少ないのか。
「やーめた…!」
どうせドアを補強したってまた壊される。
ならば………!
ドアは諦め、玄関を離れ、冷蔵庫を開ける。
一人暮らしなので、ちっちゃい冷蔵庫。かわいい。
そこにはパックの豆乳が10本並んでいた。
(その後顔に着いた瞬間接着剤を取るのに苦労した)
*****
淫魔は男のアレからしか、力を回復できないと思われているが、実は違う。
なんと、豆乳からでも少量(アレの半分ほど)、力を回復できるのだ!
それに……バストアップの効果もっ……グヘヘヘェヘヘへ………!
今私の手持ちの豆乳は10本!
これは勝てる。
「これでニマを…ドアのかたきをっ…!」
コップに注ぎ、スプラッシュマウンテン並の勢いで口に豆乳を投入。
全身が少し温かくなる。
赤く火照った私だが、顔は一瞬で青ざめた。
「おえぇ………」
飲めたもんじゃない。
豆腐を飲んだみたいな不思議な味。
豆腐は許せるが…この味……液体として味わうと不味くね…。
誰だよ、豆腐を飲もうと始めに考えた奴…いや……豆腐の方があとから生まれたのか……わからんが。
あと後味のザラザラ感やだ……。
まぁ…健康とか…貧乳淫魔にはいいらしいから………。
飲み干したコップを鼻に近づけ…
「くんくん…」
やっぱり豆腐だな。
豆腐と思えば飲めるかもしれない。
これは豆腐
これは豆腐…
豆腐…
*****
───バリーン
夜になり昼間の光が消失した頃、奴がやって来た。
自慢の翼で飛んできたらしく、私の部屋のドアめがけて、直線的な軌道で侵入してきた。
ドアもまた壊された。
ドアは閉じているが、上の方に大きな穴が空いている。
「逃げなかったのか!」
床に寝そべる私を見下ろしながら近づいてくる。
ついに来たか、壊し魔。
ふらつきながら立ち上がる。
「………げふっ(やばい飲み過ぎて気持ち悪い)………」
あれから私は豆乳1Lパックを10本全て飲み干し
た。
吐きたい気分だが、せっかくの淫魔のパワーが減ってしまう。
「?………それじゃ…行くぞ夜の街に」
「あっ…あのォ…オエ……ちょっと待って……」
今はちょっと身体が重いから……。
「だめだ、来い!今から男誘ってホテルに一緒に行くんだ!」
「ホテルって聞いてない!」
「清き淫魔になるんだろ!男を吸い殺して力を得ないと!」
ニマが手を伸ばし私の純白の腕を掴んだ。
玄関まで引きずり、漆黒の小さい翼をひろげる。
このまま飛ぶ気だ。
「やめてっ」
私の腕を掴むニマの、男に汚された腕を振りほどく。
そして安心安全の我が部屋の奥へ走り出す。
なぜか、追ってこない。
「おい」
背から低い声を聞き、振り返る。
「お前、なんかしたろ」
ニマは膝を床に着け、怒りに満ちた顔でにらみつける。
「…なんで…怒ってるの…?」
「………」
「私が…悪いことしちゃっ…」
──ドオォォンッ
何の音だろ。
「えっ」
ニマが穴あきドアを両足で蹴り、私の元へ飛びかかる。
穴あきドアは外れ、外の手すりをぶち壊して、吹き飛んでいく。遠く彼方へ──。
ドアぶち壊し女は左拳を固く握る。
「ウアアアァァァアァァァァァァ゛ーー!」
夜間の雄叫びはどうかと思うがその女は止まらない。
「あゔぇっ」
固く握られた拳は、私の丹田あたりを貫通し、吹き飛ばす。
「ぶっとべっ!」
──ドッン
自分の家具や部屋の仕切りをぶち壊し、窓を割り、夜の世界へ。
ガラスの破片や血しぶきがその世界を彩らせながら、暗い夜の公園に一直線に打ち付けられる。
まるで深夜に流れる流れ星のように♪
「イダァッ…」
衝撃で手足が千切れ、公園に散らばる。
右手は砂場。
左手はブランコの柵の手前。
右足、左足は仲良くベンチ下、仲良しだね!
幸い公園には誰もいない。
多くの人は寝静まる時間で、周りの住宅街の明かりは少なく、街灯だけが私の無様な姿を照らす。
「おいおい…四肢まで失ったのか!」
夜空からニマが私を見下ろし嘲笑う。
月が空飛び淫魔を照らす。
私も彼女のシルエットを見上げる。
見事な身体だ。
まさにボッキュッボンッ♡だ!
しかし…少し欠けている。
「…ニマ……腕どぅし…たの………」
月に照らされたニマには肩から右手が無い。
いつからだ………そだ…私を殴ったのは左手だった。
私が手を振りほどいた時は……右t…
「今頃かよ、おせーよ淫魔の恥め!」
私を睨み、目掛けて落下。
──ドッ
「がぅはっ」
またも腹で左拳を食らう。
威力は地面にクレーターができるほど。これが淫魔クオリティ。
「まだまだまだァア!」
──ドッ
「がぅはっ」
──ドッ
「がぅはっ」
──ドッ
「がぅはっ」
──ドッ
(以下略)
ニマの攻撃は数分続いた。
数分間の「がぅはっ」耐久お疲れ様です。
やっと、止んだか……でも。
身体の感覚がない。
視界も半分ほどは機能しない。
「ッ……………!」
喋れもしない。
顎も機能してないのか…。
どうして……
「頭だけになった気分はどう?」
ニマが見上げながら嘲笑う。
感覚がないのは当たり前。
「なかったんだ…」
何度も殴られる中で四肢以外に身体も穴だらけになり、そのうち頭だけになったのだろう。
本当に不様だ。もう勝ち目はないし…って何で私…
「てめぇ、何で身体がないのに喋れるんだ!」
「えっ」
言われてみればそうだ。呼吸器官とか喋るための器官は頭から下に詰まってると言うのに。
それに身体が熱い。家族の中で最初に入る時の一番風呂くらい熱い
(今はボッチシャワーに親しんでます)。
手で仰ぐと気持ちぃ。
「何でってめぇ」
──ドン
「がぅはっ」
私のうちわ代わりの手がぶっ飛ぶ。
「何でってめぇ……手再生してやがる!」
「………」
私は立ち上がる。早いなー身体が治るの、もう全身治ってやがる。
直前に吹き飛ばされた手もニョキッと生えた。
これが豆乳パワーっ!
でも再生ができたからと言ってもゆだんはできない。
身体が1から再生したということは、私は生まれたての赤ん坊と同じ見た目であり、夜中の公園に散歩に来た人に交番電話ワンクリックされる。
あぁ…考えるだけ寒気がする………
てか今…裸だし、まじ寒い。
手っ取り早く終わらせるか…。
「もう…こんなことやめようよ……
ニマだってもうそろそろ食事を摂りたいころでしょっ?」
手で身体を包み込み夜風を防ぎながら、話を切り出す。
「………そうだな…うん」
ニマが諦めを含めたため息を放つ。
「また来る」
あの…次も襲って来るんですか…?
「………どうだろうな」
そう言い、ニマは余りの魔力で飛び去った。
淫魔を最初に考えた奴は天才だと思っている。