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令嬢、聖女、女性主人公、恋愛系

聖女に嵌められたせいで悪女と罵られ周りから蔑まれてる私だけど変な青年が話しかけてきた

作者: 松内えみす

上手くまとめられなかったのですが、せっかく生まれてきてくれた作品ですのでお焚き上げしようと思います。よかったらお付きあい下さい。

「ほら、早くなさい。このグズ」

「はい。ただ今······」


聖女ヘスカリーテに言われ私は自分の体重くらいはあるであろう彼女の荷物を運んだ。身体が悲鳴を上げるけどその私の悲鳴を聞き届けてくれる人はいない。


「さて、今日も過疎村に慰安に行くとしましょう。あなたみたいな()()を侍女として使ってあげてるんだから感謝しなさいよ?」

「はい······」


身体の痛みに耐え、ヘスカリーテについていく。それが悪女である私ヴァーチェの役目。



「ちょっと早くしなさいよ、ほんとグズね」


思うように歩けない私にヘスカリーテは苛立たしげに舌打ちした。


「あんたみたいなのを未だに()として扱ってあげてる私の優しさに報いる気は無いのかしら。本当に恩知らずのクズね」

「·········」

「なによ。その目は」


ヘスカリーテが戻ってきて私の髪を掴んだ。その痛みに私の口から思わず声が漏れる。でも彼女は手を放そうとはせず、さらに捻りあげてきた。


「あぐっ······」

「この卑しい悪女が。少ししつけてから行こうかしら」


ヘスカリーテのもう一方の手が伸びてきて、私の首に架けられた鎖に触れる。そして呪文が唱えられ、耐え難い苦痛が私の全身を駆け抜ける。


「っあああああああああああぁ!!」


何度受けても受けがたい苦痛に意識が遠のく。





私とヘスカリーテは姉妹だ。ただし、血は繋がってなく義理の姉妹だ。


私達は同じ孤児院で育った。両方とも貧しい家庭に生まれ、幼くして親に捨てられたのだ。

私達は年も近かったこともあり、親代わりのシスターからは姉妹として扱われた。


ヘスカリーテは幼少の頃は泣き虫ですぐに私や他の子にすがった。

私もそんな彼女を助けなきゃと思い、なるべくヘスカリーテを庇うようにして守った。今にして思えばそれが良くなかったのかもしれない。

成長するにつれてヘスカリーテはだんだんと尊大な性格になっていき、私の事も彼女のために動いて当たり前の人間として見るようになっていった。


それでも、私は姉妹のように育ったヘスカリーテを見放す事が出来ず、我慢して彼女の側に居た。




そんな私達の関係は三年前の出来事がきっかけで大きく動く事となった。


この世界ではある程度の年齢になると精霊から能力を授かる事がある。ギフトとか呼ばれる不思議な力。

私とヘスカリーテはこのギフトをある日突然授かった。二人同時にだった。

ギフトを授かる時は、綺麗な白鳥が現れて身体の中に入る夢を見る。そして、その夢を見た後に教会に行って聖者に鑑定をしてもらう。それで自分がどんなギフトを授かったのかが分かるのだ。


鑑定の結果はヘスカリーテが『浄化』。膨大な霊力で魔を滅する強大なギフトだった。

このギフトを得た人間は聖者として迎えられる。ヘスカリーテはこの日から聖女となった。



そして私の鑑定結果は『魔眼』であった。



正確には、私のギフトは鑑定しても不明だったのだ。

ただ、ギフトを授かったその日から私の瞳は不吉とされるゴールデンイエローになってしまったため鑑定した聖者が『魔眼』と名付けたのだ。

魔性の月のような色をした眼は闇夜でも怪しく光り、常に揺れ動いていた。自分で鏡を見てもゾクリとする不思議な眼だった。


ヘスカリーテは聖女となり、私は不吉な眼を持つ人間となって、周囲からの評価は一変した。ヘスカリーテは清らかな人間とされ、私は汚れた人間とされたのだ。


ヘスカリーテも聖女の称号を得てからは外面に気をつけるようになった。尊大な態度は止め、誰にでも優しい姿を見せつけて聖なる力を持って人々に希望を抱かせる。そんな正当な聖女の姿を演じた。


でも裏では私の事を蔑み、自分の自尊心を満たし続けていた。


私達の運命が大きく歪んでしまったあの時期。私は致命的なミスを犯した。


ギフトを授かり、教会の鑑定を受けた私は少ししてヘスカリーテにだけこの眼の力を教えてしまったのだ。



「それ、本当?」

「うん。まだ誰にも言ってないんだけど」

()()が見えるなんてそんな力は聞いた事無いわ······」

「そう、みたいだね」


瘴魔とは悪魔の一種で、目には見えない厄介な存在だ。選ばれた聖者にはその気配は察知出来るけど正確に捉える事はできない。


でも、この魔眼を得たその日から私は瘴魔が見えるようになったのだ。黒い影のような色をした小鬼のような姿をしている。


「私にはリータのような聖なる力は無いけど、変わった力はあるみたい。だからしばらくはこの力を自分で調べてみるね」

「·········」

「リータ?」

「それ······使えるわね」

「え?」

「······ねえ、ヴァーチェ。私もその力がどんな力なのかもっと知りたいわ。どう?一緒に聖女としての仕事をして探らない?」

「でも、私は汚れた存在って言われてるし······」

「平気よ。私の侍女ってことで行動すれば文句を言う奴は居ないわ」


その時にヘスカリーテの瞳が光ったのを私は好意的にとらえた。希望を抱いた目に見えたのだ。


でもそれは大きな思い違いだった。



ある村に慰安巡礼に行った時のこと。


私はヘスカリーテに言われ村長の家へと赴いた。村長は数ヶ月前から謎の体調不良に(さい)なまされていて、それをヘスカリーテは瘴魔の仕業だと睨んでいた。


「さあ、ヴァーチェ。瘴魔が村長の体に巣くっているか見てみなさい。そしてもし居るようならこの銀の短剣で刺すのよ。瘴魔は厄介だけど強くはないし、この聖なる力を込めた短剣なら一刺しで仕留められるはずよ」

「出来るかな私に······」

「大丈夫よ。何かあっても私がいるわ。心配しないで」

「うん」


村長を見てみると肩の辺りに瘴魔が巣くっていたのが見えたので、その事をヘスカリーテに伝えると


「よし。なら頼んだわよ。あ、村長には何も言わずに後ろからそっとやるのよ。怖がらせたりするのは良くないから。パニックになったり、瘴魔が逃げたりする可能性もあるしね。大丈夫、後で理由を話せば理解してくれるわ」


と言って物陰に隠れて待つ事となった。


私は彼女の言う通りに村長には何も言わずに後ろから瘴魔に向かって短剣を振り下ろした。もちろん加減をして村長の肩には傷をつけないようにした。


驚いた村長は振り向いて私の手にあった短剣を見るや悲鳴を上げた。私は当然まず謝った。

そしてヘスカリーテが出てきたので彼女のフォローを待ったのだった。


ところが──


「ヴァーチェ?!あなた何をしてあるの?!」

「──え?」

「その手にあるのは何?ま、まさかそれで村長さんを刺そうとしたの?!」

「い、いや、だって······」

「やはりあなたは魔眼を持つ汚れた存在だったのね!信じてたのに!」


当時の私は半ばパニックになってしまい、自分を弁護するだけの言葉を即座に出す事が出来なかった。

そして、騒ぎを聞きつけてやってきた村人達にヘスカリーテは悲痛な声を上げて訴えた。


「みなさん!恐ろしい事が起こりました!妹のヴァーチェの魔眼がついにその邪悪な力を解放してしまい、村長を亡き者にしようとしたのです!」

「ち、違っ······」


結局私はその場に居合わせた人達に取り押さえられ、牢屋へと繋がれた。

聖女たるヘスカリーテは涙を流して私の助命を周囲に訴え、聴衆はそんな聖女のいじらしい姿に感動の涙を流した。


そして、ヘスカリーテはこういう提案をしたのだ。


「私が聖なる力を込めた鎖で彼女の邪悪なる力を封じます。片時も離れず責任をもって彼女を見張ります。もう二度と間違いを犯さないように」




それからというもの。



私はヘスカリーテの奴隷となった。


瘴魔の仕業と思われる厄災や病などがあると思われる地域に行っては、その正確な位置などをヘスカリーテに伝えて滅したり、あるいは私が自ら退治していった。


その功績の全てはヘスカリーテのものとなり、彼女の名声はさらに高まった。


私がどんなに反抗しようとも封印の鎖にかけられた聖なる力(ヘスカリーテの呪い)によって与えられる苦痛には耐えられず、結局彼女の言いなりになるしかなかった。


私が反抗出来ないのをいいことに、ヘスカリーテは自分の悪行の数々を私に擦り付けた。


リータが着服したお布施も私がくすねた事になってるし、浄化の魔法に失敗して怪我人が出た時も私が邪魔したという事になっている。


他にもたくさんあるが、とにかくヘスカリーテの工作により私が彼女の罪を全て背負い、あらゆる人の憎悪の対象にすらなっているのだ。そしていつしか『魔眼の悪女』とすら呼ばれるようになった。



ヘスカリーテには利用され、周りの人達からは悪女として蔑ずまれる。


まるで世界中が敵になったような絶望感に私は自ら命を断とうとしたが、ヘスカリーテは狡猾にも私の命を守る守護魔法もかけていたためそれは叶わなかった。この守護魔法もヘスカリーテの愛情ゆえだと周りは信じている。






私は死ぬまで縛られるのだろう。世に恨まれ、忌み嫌われ、ヘスカリーテを輝かすためだけの人生を強要されるのだろう。








「ふうん。ゴミみたいな村。こんなヒドイ田舎はなかなか無いわよ」


慰安巡礼地に着くなりヘスカリーテは悪態を吐いた。


「さっさとやることやって帰りたいわ。ヴァーチェ、私は疲れたから休むけどアンタは村を見回って瘴魔がどこに居るか調べてくるのよ」

「はい······」

「あーあ、最悪」


ヘスカリーテは礼拝堂の奥に設けられた特別室に入るやバタンっとドアを閉めた。


「······行かなきゃ」


ヘスカリーテが休んでいる間に私は働かなきゃいけない。でないとまた鎖の呪いで耐え難い苦痛を強いられる。


礼拝堂を出て、村の中を歩いていると村人達が嫌悪の視線を突き刺してきた。



「見なよ、あれが噂の······」

「聖女様の足を引っ張ってばかりだという······」

「なんと恐ろしい眼だ」

「魔眼の悪女。本当に居たとは」


もう何度も経験しているのに、見知らぬ人にまで憎まれるのはとても悲しい。



「······少し休もうかな」



私は人が来そうにない小さな泉を見つけ、そのほとりで休む事にした。

ほとりには草花で編んだリースや花束が備えてあった。



──そうか、もう精霊祭の時期か──


年に二回行われる行事で、この世界に存在する全ての精霊とその王に感謝して祈るお祭りだ。

聖女たるヘスカリーテも大聖堂で精霊降臨の儀式を執り行う事になっている。



──こんな遠い所でも精霊信仰は根強いのね──



『おやおや、こんな所で何しているのかなお嬢さん?』

「へ?」


腰を下ろして泉に映る自分の魔眼を眺めていた時だった。

突然後ろから誰かの声がした。

振り向いてみるとそこには見知らぬ男性が立っていた。


「おや、変わったマフラーをしているねえ」


その男性は妖しい笑みで私の首にかけられた鎖を見て言った。

若くて背の高い人だった。青みがかった黒髪は艶やかで、しなやかな枝葉のようにピンっと張っていて、その下には温かみのあるブランアイが笑っている。でも、瞳の色は温かいのに切れ長で細い目尻はむしろ残酷さを感じるくらいだ。

顔の作りも表情もどこか浮世離れしている。それが私が抱いた印象だ。


「お嬢さん、()()ではそういうマフラーが流行ってるのかい?」

「いえ······見ての通り鎖です」

「へえ、鎖」


その青年は目を丸くした。


「おかしいな、鎖を首にかけるのが今の流行なのかい?」

「これはファッションじゃなくて封印の鎖」

「封印?」

「私の事知らないの?」


そう尋ねると青年は少し真面目な顔をした。


「そりゃあ今日初めて会った相手だ。知らないさ」

「そう······」


その答えを聞いてホッとした。この人は私の事を知らない。悪女である私の事を。


「君、名前は?」

「ヴァーチェ。あなたは?」

「僕?僕はそうだな、ピリトだ」

「ピリト?」


かなり変わった名前だ。可愛い響きだけど名前っぽくはない。


「ヴァーチェはこんな所で何をしてるんだい?」


ストンっとピリトは私の隣に滑り込むように腰を下ろした。


「どうも元気が無いようにみえるけど」

「そう、だね」

「何か悩み事かい?」


いきなりズケズケと人の事情に入り込もうとしてくるのに何故か嫌な気にならない。

嫌みとか怪しさが無いのだ。胡散臭いのに。


「私は慰安巡礼に来てるの。聖女と一緒に」

「巡礼?慰安?」

「信仰を広めながら色んな地方の人達に救済を施す旅のこと。聖女の聖なる破魔の力で悪魔や魔物を浄化するの」

「ふうん。それがヴァーチェの仕事なのかい?」

「ううん、聖女ヘスカリーテの仕事。私は······そのお付き」

「お付き?」


なぜか怪訝な表情をピリトは浮かべた。


「ねえ、ヴァーチェ。君のその鎖は一体なんなんだい?」

「······これはね、私が好き勝手出来ないようにする呪い。私、こんな眼でしょ?だから汚れてるんだって」

「その黄金の瞳が?それが汚れてるのか」


ますます表情を曇らせるピリト。


「ふうん。君のその眼がねえ。聖女も君の事を汚れていると言うのかい?」

「うん······というより皆かな。あなたが初めてだよ。私の眼を見ても蔑まなかったのは」

「そうか······ふうむ」


ピリトは何か考えるようにして顎にてを添えていたけど、すぐに妖しい笑みを浮かべた。


「どうやら今年は来て正解だったみたいだねえ。君のような心清らかな少女がそんな目に合っているとは」

「へ?」


問い返す間もなく、ピリトは細い指を私の額にピトっとつけた。


「辛かったろうね。今日はゆっくりお休み」

「え──あ······れ?」



急に猛烈な睡魔に襲われて私の意識は完全に失われた。



気付いたら私は礼拝堂のベッドの上に寝ており、もう日が暮れ始めていたのだった。


「何だったんだろう」




そして、その村での巡礼も終わり私はヘスカリーテについて王都に戻った。もうすぐ精霊祭が始まるからヘスカリーテもその準備に入らなければならないのだ。

聖堂の中にある聖女の部屋でヘスカリーテはワインを飲んでいた。


「精霊を敬う必要なんてあるのかしら。力ってのはその人間の所有物でしょ。自分の所有物なのにどうして他者に感謝するのかしら。ねえヴァーチェ?」

「······」

「ふん、相変わらず陰気な子。ま、いいわ」


ヘスカリーテは手にしていたグラスを置くと、私の方にゆっくり寄ってきた。その笑みの中に邪な感情が瞬いていた。


「ねえ、ヴァーチェ。明日は大事な精霊祭よね?」

「はい」

「あなたも知ってると思うけど大司教も来る事になってるの。明日はそういう日」

「はい」

「でもね、大司教って頭の固い老人でさ、私の事嗅ぎ回っていてねぇ。このままじゃ今までの不正とかが暴かれちゃうかもしんないのよ」

「······」

「あなたにスケープゴートしてもらおうとも思ったんだけど、どうもそれも上手くいきそうにないのよ。それでね、考えたのよ」


ヘスカリーテはそう言うと部屋の片隅に置いてあったカゴを持ってきた。


「あっ」


と私は声を漏らした。カゴの中には瘴魔が閉じ込められていた。


「それは、どうして······」

「これねぇこの間の巡礼の時に捕まえたやつよ。殺さずに取っておいたのよ。ヴァーチェ、あなたに仕事をあげる」


ヴァーチェは薄気味悪い微笑を近付けて言った。


「この瘴魔を大司教に取り憑かせて殺すの」

「えっ!」

「もう老いぼれだもの、カンタンよきっと」


ヘスカリーテはクスクスと笑った。


「あなたの魔眼があれば正確に瘴魔を運んで大司教にくっつける事も出来るわ。こういう時こそ役に立ってもらわないと」

「······ヘスカリーテ様、それはダメです」

「は?」

「出来ません」


ヘスカリーテは凄い形相で睨んできた。


「アンタ、私の道具のくせに何ぬかしてんの?」

「······ねえ、もうやめよう()()()。悪い事はもうやめて今からでも真っ当に生きよう?誰かを殺したりなんかすればもう取り返しつかないよ」

「うるさい!」


またヘスカリーテの呪文が唱えられ、私は激痛に悲鳴を上げた。

ヘスカリーテの怒りは凄まじく、今回は意識が朦朧とするまで痛めつけられた。


「やるわよね?ヴァーチェ?」

「·········はい」






そして精霊祭の当日となった。聖堂に聖職者と貴族が参列し、祭壇には大司教とヘスカリーテ含む高位の聖者達が並び、それぞれが役目を果たしていった。


粛々と儀式が進んでいき、ヘスカリーテが聖女としての舞を披露し、精霊とその王への感謝の言葉を述べてから大司教の説教へと移った。


祭壇から下りたヘスカリーテが私の元へとやってくる。


「いいこと?この儀式の後に大司教にこっそりくっつけるのよ?気配を悟られないように」

「·········」


私はヘスカリーテに逆らえない。

でも今回の命令だけは聞きたくない。

今までは自分が軽蔑されるだけで済んだ。でも今回は違う。ひょっとしたら本当に大司教様を殺してしまうかもしれない。


やりたくない。


だけど、私に出来る事なんて······



「あら、そろそろ戻らないと。じゃ、ヴァーチェ期待してるわよ」


もう儀式が終わる。最後はみんなで聖歌を歌って終わるのだ。ヘスカリーテが戻っていく。


「それでは最後に精霊王に歌を捧げましょう」


ヘスカリーテがそう言い、みんなが歌う準備に入る。




その時だった。



『いや、その前にやらねばならない事があるねぇ』


「え?」


どこからともなく飄々とした声が響いた。

私だけでなく、一堂に会した聴衆の全てがどよっとざわついて聖堂中を見回した。


『いやぁ、せっかく色々とやってくれて申し訳ないんだけど少し説教かなぁ』


──あれ?この声──



その声に私は聞き覚えがあった。



祭壇の後ろにあるステンドグラスの中心辺りに温かい光が生まれ、その中から一人の青年が現れた。

突然の出来事に一同がどよめくのも気に止めず、その青年は静かに祭壇へ降り立った。


そう。つい数日前、田舎の村の泉で出会ったあの不思議な青年だ。一つ違うのは、以前は普通の村人風の衣装を着ていたのに対し今は古めかしいローブのようなゆったりとした服に身を包んでいる。


「な、なんですかあなたは?」


最初にヘスカリーテが動揺の声を上げた。

青年はあの奇妙な感情をひた隠した微笑を浮かべてヘスカリーテに向いた。


「何だとは酷いな。僕は君らにとって大事なお客さんのはずなんだが」

「きゃ、客?訳の分からない事を言わないで下さい!」


喚くヘスカリーテの隣に立つ大司教様が驚愕の表情を浮かべている。他の人と違い、信じられない物を見るようなそんな顔を。

そしてつぶやくように


「まさか······」


と言って青年の方に進み出た。


「あ、あなた様は精霊王ウヌラス!」

「え?!」


ヘスカリーテを始めとした聖者達が驚きの声を上げる。私も思わず青年──精霊王を見た。


「やあ、久しぶりだね司祭。ああ、今は大司教か。懐かしいねぇかれこれ五十年ぶりくらいか。元気だったかい?」

「は、はい」


精霊王ウヌラスはぐるりと聖堂を見渡してからゆっくりヘスカリーテを見た。


「おや、君が聖女か」

「──っ、は、はい!そうです!」


困惑の表情を愛想笑いに塗り替えたヘスカリーテはしゃなりと頭を下げた。


「ヘスカリーテと申します。聖女として精霊王様にお会い出来たこと幸福に思います」

「ああ、ありがとう。信仰深いのは感心だ」

「はい!」

「だけど──」


ウヌラスがニヤリと笑った。精霊王などというには邪で意地悪な笑みだった。


「君のその信仰は偽りだからねぇ。そこは感心できないなぁ」

「へ······」


ポカンとするヘスカリーテを無視してウヌラスが続ける。


「君は精霊に対してこれっぽっちもありがたみを感じてないし、人を慈しむ清らかな心が皆無だ。聖女の肩書きと自分の事は愛してるようだが、他の全てを見下している。そんな人間の信仰心なんて僕には毒だ」

「え、え?な、何を言って······」

「しかもあろうことか姉妹同然に育ってきた少女を陥れて、彼女の力を利用して自分の名声だけを高める。さらには自分の犯した罪や過ちすらその少女のせいにする。あまりにも醜く歪んだ心だ。君のせいで本当に清らかな心を持った少女ヴァーチェがどれほど苦しんだか······」


皆の視線が私の方へ向けられる。ヘスカリーテの視線も。


「ヴァーチェの瞳を君らは魔眼と呼ぶそうだね。それは間違いだよ。彼女の眼は精霊と同じ力を持った神聖なる眼だ。今までそれを授かるに相応しい人間がいなかっただけで決して不吉な眼なんかじゃない」


ウヌラスはふと笑いを下げてタメ息をついた。


「やれやれ。まさかこんなことになっていたとはね。その眼をヴァーチェへ授ける時に浄化の力を最も近しい人間に授けて負担を分けようとしたのが裏目に出たか。まさか真の聖女に相応しい人間の家族がこんな汚れた人間だったとは」


ウヌラスはすっと目を細めた。その瞳がブランアイから黄金の瞳に色を変えて妖しく光だした。

ウヌラスは真っ青になって立ち尽くすヘスカリーテに冷たく宣告した。


「ヘスカリーテ。君への贈り物は間違いだった。よって、その浄化の力は返してもらおう」

「え?」


ヘスカリーテが何か言う前にウヌラスの眼が大きく見開かれ、光の霧がヘスカリーテの体から抜けていった。


「あ······ああっ!」


ヘスカリーテが悲痛な声を上げてその場に座り込む。霧のような光はそのまま私の方へとやってきて、白鳥の姿に変わり体の中に入ってきた。


「さて、本来の形に戻ったな」


ウヌラスはそう言うと大司教に


「その少女ヘスカリーテは大罪人だ。すぐに捕らえて相応の処置をしなさい」


と告げた。

聖者達は言われた通りヘスカリーテを取り押さえて立たせた。そこで我に返ったヘスカリーテが


「嫌!嫌ぁ!嫌よ!なんで、なんで私がぁあ!離して!離しなさいよ!私は聖女よ?!」


と喚いた。

そんなヘスカリーテには目もくれずウヌラスは私の方へ来て手を取った。


「さ、ヴァーチェ。行こう」

「え?行くってどこへ?」

「うーん。外、かな」


ざわめく観衆には目もくれず、ウヌラスは私の手を引いて聖堂から出た。



外は明るく、爽やかな空気に満ち溢れていた。


「いやー、ああいう堅苦しい場所は好きじゃなくてねぇ」


なんて呑気な声で言いながらウヌラスに連れてこられたのは中庭だった。誰もいない、草木に溢れた場所。


「ヴァーチェ、すまなかった」

「え?」


一連の出来事にまだ思考が追いついていない私にウヌラスは言った。


「まさか僕が授けたギフトが君の人生を苦しめていたなんて。本当にすまなかった」

「いえ、えっと······」

「償いにはならないかもしれないが、しばらくの間は僕が君の守護精霊になろう」


そう言ってウヌラスは私の首に架けられた鎖をそっと触った。

鎖はみるみる内に草のリースに変わっていった。


「呪いが······解けた?」

「うん。これで君は自由だヴァーチェ」


見上げるとウヌラスが優しい微笑みを向けていた。


「君の悲鳴を聞き届けてくれる人はいないかもしれないが、僕には聞こえたよ。君の悲しい声が」

「え?」

「だから来たんだ。ここに」


ふわりと彼の胸の中に抱きしめられる。


「辛かったね。ヴァーチェ」

「············う······」


その瞬間。今までの辛い記憶が込み上げてきた。




「っ!うわああああああぁっ!!あああああああああ!!」


私はウヌラスの胸の中で泣いた。


今まで縛られていた何かを吐き出すように。


そして、まだ人生に喜びを取り戻せるかもしれない希望に。


泣き続けた。



ウヌラスはずっと何時までも優しく頭を撫でてくれていた。




───おしまい───























お疲れ様でした。またどこかでお会いできたら幸いです。

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