First kill was a devill
制服を着るというのは慣れないものだ。動きづらいし、袖のボタンが机に当たって音が鳴る。普通の学生はこんなものを小、中と9年間も着ていたというのか。
「書類を職員室に置いてきてしまったので取りに行ってくる間に仲を深めておいてください」
(無茶を言う。蔭尋は…ほぼ対角か…)
周りは既に自己紹介し合っている。渋々隣の席の女子に話しかけることにした。桃色の髪…染めているのだろうか。確かに入学式の時点でも奇抜な髪色の生徒はいたし、他人から見たらこの白髪も染めているように見えるだろう。だが、悪魔の気配がまだするためあまり気を楽にして話せないのだ。
「これからよろしく。俺はゼノ・ルイス。君の名前は?」
「天ヶ瀬咲良だよ、サクラって呼んでね。それにしても日本語上手だね。ゼノ君はどこの国から来たの?」
こちらを向いた彼女と目が合った。カラーコンタクトなどではない、彼女の赤い眼を見た瞬間、背筋が凍るような感覚を覚えた。
(ッ…!?こいつが気配の正体か!?)
「ゼノ君…?」
「あ、ああ!親が外国人で俺はずっと日本に住んでるんだ。どこの人かは…ごめん、聞いたことなかった」
(抑えろ…!殺意で上書きするんだ…!悪魔は殺すべき…!悪魔は人類の敵!)
あのときの悪魔と出会ってからというもの、悪魔を見ると体が火照り、触れ合いたくなってしまう。そのため復讐心と殺意を思い出すことで抑えることにしたものの、今度は逆に殺意を抑えれなくなってしまう。
「そうなんだ。ねぇねぇ、ゼノ君はどうしてこの学園に来たの?高等部だけ編入制度で新しく来る人がほとんどだけど…中等部には居なかったよね?」
「幼い頃は病気がちで…それでも、デビルハンターになる夢を諦められないんだ」
これはサクラへのある意味での宣戦布告。悪魔であるお前を殺すぞという意味を孕んでいる。
「へえ…デビルシーカーじゃなくてデビルハンターなんだ…叶うといいね」
「ありがとう。君はこの学園に中等部からいるのか?」
できれば話は続けたくなかったが、あくまで校内では模範的な生徒でいよう、そう心に決めた。
「うん。けど校舎も別のになっちゃったし、中等部の友達はほとんど別のクラスだし…あんまり同じ学園って感じはしないかな」
「やっぱり寂しいのか?」
「ちょっとだけ」
(悪魔のくせに…)
彼女が嘘をついているようには見えない。だが、何か隠していることがあるような物言いだ。
「ゼノ君は悪魔って見たことある?」
「あるよ。それと、ゼノでいい。堅苦しいのはあまり好きじゃない」
「じゃあゼノ、悪魔って…本当に悪い存在かな?」
思考を読まれているのか、そんな嫌な気がした。
(わざとか…!?俺がこいつの正体に気づいてることがバレたのか!?)
心臓の音がうるさい。呼吸をする度に焦りと殺意が高まっていくのを感じる。今すぐこの悪魔を殺してしまいたい。そうすれば楽になれる。
「悪魔は人にとって害だ。一匹たりとも残さず殺すつもりだ」
「そう…あ、先生戻ってきた。じゃあまた後で」
(やりすごせたか…?こいつの目的は何なんだ?どうして悪魔のくせに悠々と…!)
知らねばならない。この悪魔が何を目的として学園に紛れているのか、なぜ襲撃することなく平然と学園生活を送ろうとしているのか。
「遅くなってすみません。では今からみんなに軽く自己紹介を………」
高鳴る心臓の音を感じながら、初日をやり過ごした。もうすでにお腹いっぱいだ。まさかいきなり悪魔と出会うことになるなんて…よりによって隣の席だとは…。
「起立、礼。では皆さん、気をつけて帰ってくださいね」
担任の女教師は気づいていない。いや、自分以外気づくはずがないか。だが心配でならない。彼女が何か問題を起こさないか監視しておかなければ…
荷物を整理するフリをして、彼女が帰るまで教室に残る。
「式のときは隣だったのに、まさかほぼ反対の席になるなんてな」
「蔭尋…お前は悪魔のこと、どう思う?」
「いきなりどうした?まぁでも、少なくとも良い存在ではないな。それだけは言える」
「ありがとう。変なことを聞いて悪かった」
サクラが教室を出たのを見計らって、会話を切り上げる。悪魔を放ってはおけない。被害が出る前にどうにかしなければ…
「あっ、おい!帰るのか?」
「ああ。用事を思い出した。また明日」
「おう!また明日!」
お前は何も知らなくて良いな、と思いつつサクラと付かず離れずの距離を保つ。幸い、目立つ桃色の髪なため見失うことは無かった。
(どこまで行くつもりだ?住宅街からは離れてるし駅とは反対方面だ…)
もしものために拳銃に弾倉を込め、セーフティー、スライドを確認する。悪魔用であることが証明できれば放してもらえるが、流石に長物を持って歩いているといくら悪魔用でも怪しがられる。少し心もとないが無いよりはマシだ。
(路地裏…?ますます怪しいな)
既に日は落ちかけている。辺りがオレンジ色に染まり、人の通行もほとんど無くなってきたところでサクラが路地裏に入った。
(いったい何をするつもりだ…?)
少し開けた場所に出たところで、彼女は突然身を屈めた。地面に何かを書いているように見える。
「ダメじゃない。わるーい悪魔の背後をつけてこんなところに来たら」
(ッ!?気付かれた!)
咄嗟に銃を構え、容姿なく引き金を引く。ハイポジションで射撃を行うべきだったが、焦りで余裕が無かった。悪魔と正面から一対一をしても勝てるはずがない。こちらを向いていない間に仕留めなければならないのだ。
バンバンバン!バンバンバン!という2度にわたる大きな音と共に弾丸が発射される。最初の3発で頭を撃ち抜き、後の3発で心臓に1発、ふくらはぎに2発、計6発撃ち込む。
普通の弾丸なら少し動きを止められる程度だが、行きつけの研究所に作ってもらったオーダーメイドの弾丸ならこれで悪魔を殺害できる。
サクラは血溜まりの中に倒れ込んだ。人型の悪魔を殺したのは初めてだった。確実に悪魔だという確証はあったが、同時に人を殺してしまったという感覚がついて離れない。
「…俺は悪魔を殺しただけ…これは人のため…悪魔は存在してはいけない。当然のことをしたまで…」
言い聞かせるようにそう言って路地裏を出る。ふぅ、と息をつくと新鮮な空気が肺に染み渡った。
(初日から生徒が一人欠けて先生方には申し訳ないが…これも正義のためだ。放っておいたら学園が崩壊しかねん)
むしろ今まで光蔭学園が襲撃されていないのが奇跡なのだ。いくら田舎とはいえ悪魔がいないわけではない。現に、今殺したばかりだ。
(もうこんな時間…電車乗り遅れたか…次は…50分後か)
携帯の時計を確かめると、既に18時を過ぎていた。学校を出てから既に30分も経っていたのか。万が一のことを考えてリロードを済ませ、懐にしまう。暴発が不安だが、すぐさま撃たなければ自分だけでなく周りの人も危険にさらすことになってしまう。それに、魔力で銃口を覆えば被害は抑えられる。リスクとリターンを考慮すれば、セーフティーをかけるよりは安全だろう。
「はぁ…」
ため息をついた。まだ緊張が抜けない。今までの悪魔は明らかに人外の形をしていため、殺したという感覚はなく、駆除したという感覚だったが今回は違う。悪魔とはいえ人を殺めたのだ、どこかスッキリしない。
(バイトも治験も入れてなくて良かった…)
長い間電車が来るのを待ち、ようやく電車がやってきた。ここはある程度人が集まる地域なため、降りる人は多いが乗る人はあまり多くない。
(帰ったらすぐに飯食って風呂入って寝るか…)
今の気分では到底何かしようとは思えないが、また後日銃のデータを渡すために前々から世話になっている研究所に寄らなければならない。
(まったく…初日から憂鬱だな)
今日だけで、『普通』というのは案外難しいのだと痛いほど感じた。
「結局異常者は異常者のまま、か…」
独り言など馬鹿らしいと思っていたが、今ではその気持ちが分かる気がする。言葉に出さなければ気がすまない。
(こんなんじゃ『奴』を殺すことはできない…ん…?)
ズボンのポケットの携帯が振動している。空いているとはいえ、電車の中なのですぐさま通話を拒否し、送り主にその旨をメッセージで伝える。
(ただでさえ目立つんだから勘弁してくれ…)
『………まもなく…西安ヶ浦です……』
「ん…」
(寝てたか、危なかった)
既に辺りは暗くなっていた。降りて携帯を取り出し、先程の電話の相手に折り返す。するとワンコールで出てきた。
『ゼノ様!?どうしてまだお帰りになっていないのですか!?ソフィア様もクロエ様もご心配になっておられますよ!?』
電話の向かうから聞こえる焦った声。引き取ってもらった屋敷のメイド長だ。その中の2人の名は屋敷に住む姉妹で、自分と同じような境遇の義理の家族でもある。ソフィアが義姉、クロエが義妹だ。
「わ、悪いミリア…ちょっと電車に乗り遅れて…今から歩いて帰るから途中で車で拾ってくれないか?」
『すでに向かっております。あと数分でつくのでそのまま駅で待っていてください』
「え?ちょっと待ってくれ、なんか音がするんだけど。まさか運転しながら電話してる?」
『スピーカーなので御安心を。ゼノ様は悪魔が来ないかだけ心配なさってください』
「迷惑をかける。ありがとう」
そう言って電話を切る。流石行動力の鬼だ…まさか既に向かってきていたとは…。ミリアはメイド長の名に恥じぬパーフェクトなメイドで、魔術の基礎を教えてくれた一人だ。そのため、今でも頭が上がらない。
しばらくすると、黒塗りの外車がやってきた。外車と言うと高級そうに思えるが、あの車は対悪魔戦にも使うことを想定された魔改造車で、見た目こそ一昔前の高級感のある外車そのものだが、実態はもっと物騒なものだ。そうこうしていると中からクリーム色の髪をしたメイドが現れた。
「ゼノ様、お迎えに参りました。それではお乗りください」
スカートの裾を掴んで頭を下げるミリア。こちらが恥ずかしくなるのでやめてほしいところだ。
「ありがとう。ソフィア姉さんとクロエは何か言ってたか?」
車に乗ってベルトを締め、窓の外をそれとなく眺める。あまり人のいない古い住宅街に、僅かな灯りが見える。
「ソフィア様は比較的冷静でしたが…クロエ様は半泣きでしたよ。夕飯はもう準備ができておりますのでご一緒に食べられるといいでしょう」
「クロエ…もう14だぞ…?」
ソフィアは16、クロエは14歳でソフィアは同じ学園、クロエも来年同じところを受ける予定だ。どうやら姉は先に帰っていたらしい。
「あなたは15歳なのに無茶しすぎです」
ミリアがどこか悲しげにそう言った。
「何が?」
「いいえ、何も」
それ以降は黙って運転し、無事屋敷に着いた。
…………のだが…
「お〜に〜い〜さ〜ま〜!?」
門を通ると屋敷の扉が開き、ダークトーンな灰色の長髪の少女が走ってくる。後ろには同じ髪色の、その子の姉がやや呆れた笑い顔で立っていた。
「あはは…ただいまぁ…」
この後の災難が、今日一番の災難だと感じるまでそう時間はかからないだろう…。