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悪魔とのファースト・キス


よく晴れた朝、コートを着るには暑いが、シャツ一枚で出かけるには寒い、そんな春の日。俺、ゼノ・ルイスは日本の田舎にある対悪魔専門に建てられた学園に入学する。


「手伝うよ」


「ありがとうございます」


大きな音を立てて電車が到着し、ドアが開かれ人が数人降りた。ふと気がついた俺は後ろにいた重そうな荷物を持った男性を手伝う。


「本当にありがとうございました」


「気にするな」


これが日本の良いところだと俺は思う。いや、誤解が無いように言っておくと俺は別に海外から移住してきたわけじゃなくて、元から日本に住んでいる。名前が日本の名前でないのは父親が外国人だからだ。母親は俺を産んですぐに亡くなり、父は母について話すことはなく、俺も基本的に聞かない方がいいのだろうと解釈し、タブー視してきたが結局母のことは何も分からないまま親父も帰らぬ人となった。


「ふぅ…」


荷物を持った男が電車の奥へと詰めていくのを見送り、俺は一息つく。周囲が俺をチラ見するのが分かる。制服を着ているのに白髪、右眼は血のように赤く、左眼は色素の薄い白銀、オマケに人の少ない田舎ときた。見ない方がおかしいだろう。俺を一瞬見た後すぐにスマホに目を落としているが、電車内の電光掲示板を見るフリをして横目で再び見てくるやつがいるのも分かる。


(はぁ…悪魔が寄ってこないからって田舎に残ったせいか…)


俺はつい半年前まで病院と研究所以外、外に出たことがなかった。それは俺の生まれ持っての体質のせいだ。端的に表すなら、俺は悪魔を引き寄せてしまう。今となっては分からないが、両親のどちらかが悪魔で、許されざる恋に堕ちたのだと俺は考えている。一応、母の方が悪魔なのでは、とも考えたが、よくよく考えてみると父親が自身の故郷についても一切話さなかったことを不審に思う。どのみち、今となっては分からず終いだが。


(それにしても…学校か…縁の無いものだと思ってたな)


電車に揺られ、緑溢れる土地から次第に建物が多くなっていく風景を見て思った。俺は出自が謎なことや悪魔を引き寄せてしまう体質故にかなり過保護に育てられた。親父が生きていた頃はずっと屋敷の中で過ごしたし、庭に出るときも必ず護衛を兼ねたメイドか執事が一緒だった。俺自身は別に運動ができないわけじゃないし、極端に不器用というわけでもない。ただ、常人では悪魔にはどうやっても勝てないのだ。


その勝つ方法を学ぶために、俺は屋敷の人に無理を言って光蔭にある対悪魔専門校である光蔭魔術学園に通うことになったのだった。今まで15年間生きてきて試験の日以外に外で一人になったのは初めてだ。そのため手のひらの冷や汗が止まらない。


『ご乗車ありがとうございました。間も無く光蔭(こういん)です。運賃、切符は運賃箱にお入れください。ドアは前後とも開きます。お近くのドアからお降りください』


バランスを失わないように手すりを掴み、ゆっくりと開くドアから電車を降りた。辺りを見ると、同じ制服を着た生徒を見ると、遂にここまで来たのだと実感できる。


(これが復讐の第一歩…俺の生きる理由…)


俺には命に変えてでも果たさなければならないことがある。それが、ほぼ唯一のデビルハンターであった親父を殺した悪魔への復讐だ。その出来事は2年ほど前に遡る。








『ゼノ起きろ!悪魔が来たぞ!』


「親父…?何言って…」


俺が目が覚めると、ドアの向こうで親父が怒鳴っているのが聞こえた。相当焦っているようで、最初は自分が何か叱られるようなことをしてしまったのかと思った。


『窓からでいい!早くこの家から逃げろ!』


言ってる意味が分からない…ドアの向こうで何が起きているのだ。


「何言ってんだよ親父?寝ぼけてんのか?」


ドアの取っ手に手をかけ、回そうとした瞬間、


『来るんじゃない!とにかく早く逃げ…っ!!』


魔法が着弾した時の、爆発音じみた音を皮切りに、親父の声が聞こえなくなった。何かと戦っているのだろうか。先程親父は悪魔と言っていた。確かに俺は悪魔を惹きつけてしまうが、家の中にまで入って来れた悪魔などいない。


「親父…?おい親父!?」


この時、親父の忠告通り何も考えずに逃げていればよかったと、数秒後に思い知ることになった。…俺はドアを開けてしまった。


「やっと会えたね…♡」


「ひっ…!」


本当に悪魔がいた。返り血が映える純白の髪に、月光が差し込む薄暗い部屋に輝く血そのもののような赤い瞳。俺は硬直して、腰を抜かしてしまった。


「少し邪魔が入っちゃったけど…ようやく君を私のモノにでにるんだね♡」


「お、お前は…!?親父に何をした!?」


悪魔のすぐ足元には、親父だったナニカが横たわっていた。


「うん?君を引き渡してくれないから…殺しちゃった♡」


「お前…!!殺す!絶対に許さないッ!!」


憎悪と恐怖で俺は頭の中が真っ白になって、抜かした腰をどうにか取り持ち、悪魔に飛びかかった。親父からはまだ使いこなすには早いと、禁じられた魔法を使って悪魔に思い切り拳を振るった。


「アハッ!人間って本当に弱いね!こんなの指だけで止められるよ?」


比喩ではなく、本当に指一本で止められてしまう。所詮は人間と悪魔、力の差は歴然だ。


「ん?この感じ…君、悪魔と人間のハーフね?…アッハハ!やっぱり君最高だよ!ねぇ君、私の眷属にならない?」


「誰がそんなものになるか!」


「ふーん?そんな口聞いていいんだ?」


「なっ…!」


俺は突如吹き飛ばされ、壁に激突してしまった。まずい、と思ってすぐさま立ちあがろうとするが、頭を打った衝撃で視界がはっきりせず、恐怖で足がもつれて動き出せない。耳鳴りのような音も聞こえる。


(に、逃げ…ッ!?)


四つん這いになって床を這い、意識が朦朧とする中頭の中にあったのはただ逃げなければ、という至極真っ当な思考と、この悪魔を許してはならないという憎悪だった。


「はーい、捕まえた♡」


悪魔が俺の背中に抱きつき、俺を捕まえる。振り払うこともかなわない。


「は、離せッ!」


「もう…仕方ないなぁ…」


「え…?」


意味が分からなかった。奴は本当に離れた。この時の頭が空っぽな俺には何も分からなかった。


「な、何が…?」


ここで振り向いたのが間違いだったかもしれない。あるいは、どう足掻こうが無駄だったかもしれない。


……俺は悪魔にキスをされてしまった。


「♡…ん…」


「!?んー!んー!」


口の中に広がる違和感、顔にあたる熱い鼻息、そして悪魔の恍惚とした表情。細長い舌を絡めてきて離そうとしない。こんな奴に、と思い奴の舌を噛み切ってやろうとしたが顎が動かない。


そのまま随分と長い時間が過ぎた。この時間は何分にも、何十分も続いたように感じた。


「ぷはぁ…ごちそうさま♡」


「ハァ…ハァ…!お前…!」


口が自由になった俺は罵詈雑言を浴びせてやろうとしたが、言葉が出てこない。この悪魔を見ているだけで、身体が、心が熱くなっていき、奴に襲いかかりたい衝動に駆られる。


(何をされた…!?)


「どうしたの?殺すんじゃないの?ちょっと深めのキスされただけでもう興奮しちゃった?…あ、そうか〜…君、初めてだったんだね♡」


四つん這いだった俺を押し倒し、腹の上に乗っかる悪魔。これから何をされるのかなんて考えたくもない。


「だ、だったらなんなんだよ…!」


何故俺を殺さない?親父は()()()()()殺したくせに。弄んでいるのか?


「いや?君の初めてを奪えて幸せだなって♡」


こいつは親父を殺した。なら俺がこいつを殺さなければ、そう思えば思うほど、身体の熱が上がってしまう。


「殺すなら殺せ!こっちはそれくらいの覚悟ならできてる!」


もちろん強がりだ。死にたくなんてない、どうにかして生き延びたい。だが、この言葉が余計に悪魔を刺激したようだった。


「殺す?君を?…アハハハ!そんなことするわけないでしょ?君はこれから一生私の眷属になるの♡まずは手始めに私の血を飲んでもらわなきゃ」


(悪魔の血を…飲む…?)


悪魔は自身の指先を切り付けた。少し粘度を持った赤黒い液体がゼノの服に滴り落ちる。


「ほら、飲んで?」


「……」


口をキュッと閉じ、そっぽを向く。目を合わせてはいけない、もし少しでも目を合わせようものなら操られてしまう、そんな気がした。


「…飲め。飲めよ」


奴の口調が荒くなる、俺は恐怖で叫びたくなるのを必死に堪え、口を閉じ続ける。諦めてくれるとは思えなかったが、それでも受け入れるよりはマシだ。


「はぁ…仕方ないなぁ…ん…」


(自分の血を飲んで何するつもりだ…?)


奴は自分の血を口に溜め、無言のまま俺の首に手を伸ばし…そのまま力を込めて…いや、奴からしたら力など必要なかっただろう、そのまま俺の首を絞めた。


「がッ!…あ"…」


頭を打っていたことや、突然のキスによる呼吸不足による疲弊などもあってか、音を上げるのは早かった。一方で悪魔は俺が限界に達したのを見計らって手を離したと思ったら、突然またキスをしてきた。


しかし、先程と違うのは口の中に血の味が広がってきたことだった。一連の動作があまりにも速く、呼吸をしようと空気を深く吸った瞬間に事は終わっていた。…俺は悪魔の血を飲んでしまった。


「ぷはぁ…あぁ最高…!念願の君がようやく手に入るんだ♡」


「ゲホッゲホッ…!」


何も言えなかった。何を言っていいのか分からなかった。何も考えられなかった。全てを失ったような感覚に陥った。


「ゼノ、これからよろしくね?」


そう悪魔が耳元で囁いた時だった。カラン、という音が部屋に響いた。


「!…生き残り…?」


これが俺の記憶に残っている、奴の最後の言葉だった。突如眩い光によって視界が白く塗りつぶされ、耳の奥でキーンと不快な音が響いた。視覚と聴覚が潰された世界で微かに聞こえたのは、バン!バン!という大きな音と、パリン!という、何が割れる音だった。







(あれからもう2年…)


悪魔への復讐を誓って以降、俺は周囲の反対を押し切ってメイドや執事にまで頼み込んで魔術を習った。基礎的なことは一通りできるようになり、これから学校で応用的な魔術を学ぶ予定だ。


「着いた…ここが魔術学園…思ってたより広いな。俺の屋敷より広いとは思わなかった…」


田舎とは思えない程設備が充実しているように見える。それもそのはず、魔術学園は対悪魔専門の学校なため、人口の集中する場所に設置してしまうと狡猾な悪魔によって襲撃され、周辺への被害が甚大なものとなってしまう。故に、むしろ田舎の方が名門校が多いのだ。


「新入生はこちらに!式場まで案内します」


校門の前でプラカードを掲げて声を張る大人達、式に行く前に写真を撮る親子、不安げにキョロキョロと辺りを見る生徒、友達と喋りながら向かう者…


(友達か…復讐には余計なものだが…羨ましいと感じるのはいったい…)


当然俺には友達などいない。それどころか同年代の子を見るのも病院以来だ。研究所に行くときは基本的に護衛がついていたしメイドや執事だって、若くても基本的に俺より年上だ。


「ねぇ、あの人…」


「ん?別に最近は留学生も多いし変じゃないでしょ」


「すっごい真っ白…アルビノってやつかな?」


「同じクラスがいいな〜。欲を言えばとなりの席に…」


俺を指差してヒソヒソと話す声が聞こえる。半人半魔なせいか、俺は五感が常人より鋭い。特に視覚と聴覚と嗅覚には自信がある。研究所の人たちもその3つを特に褒めてくれたからだ。


(俺みたいな悪魔と人間のハーフは他にいるのかな…)


そう思いながら、校門を越えたときだった。


(ッ…!?この感覚…!)


脳が警鐘を鳴らし、歩みを止める。悪魔の気配だ。


(まさか学校に紛れ込んでるのか!?でもこの気配…相当な数かとんでもないくらいの強さの奴だ…!)


俺は制服の内側に忍ばせてある対悪魔用の拳銃に手を伸ばそうとするが、思いとどまった。


(いや…悪魔の気配がする頃にはもう大惨事になってるはずだ…)


家で悪魔に怯えていたときも、その気配を感知する頃には既にデビルハンターである親父が交戦していた。悪魔がいくら魔術学園の生徒だろうと、人間相手にわざわざ忍んで好機を伺うはずがない。きっと何かの勘違いだろう。悪魔を感知することができると言っても科学的な根拠は無く、オカルトじみた能力なのだ。


(今何か問題を起こすわけにはいかない…最悪の場合は教師が対応してくれるはずだ…)


呼吸を整え、再び式場へと足を運ぶ。


「アイツ…急に立ち止まってどうしたんだ?」


「外国人っぽいけど…ムカつくクール顔だな」


「たまにいるんだよ、マナーがなってない留学生が。大人しく都会で悪魔に怯えながらバイトでもしてろよ」


「おい、それは流石に…」


「大丈夫大丈夫、どーせ聞こえてねーから」


「だな。にしても本当に留学生っていうか外国人増えたよなー。やっぱ島国だと悪魔が来づらいからか?」


「だろうな。ったく、自分の国の悪魔くらい自分達で対処しろよ…」


心無い声が聞こえてくるが、実際は普通の人間なら内容は聞き取れない距離にいる。


(これが人の悪意…まったく、どっちが悪魔だよ…)


俺は足早に会場に入り、席に着いた。一つ安心できたことは、俺以外にも髪や眼が日本人らしくない奴がたくさんいて、外ほど極端に目立たなかったことだ。


(悪魔の気配はまだ消えない…本当に対悪魔専門校か?)


魔術学園は実質的にデビルシーカー養成学校でもある。ただ、デビルハンターなど夢のまた夢だ。人類はまだ『悪魔を狩る』領域に踏み込んでいない。故に、悪魔を狩っていた俺の親父であるゲラート・ルイスは稀有な存在だった。そんな親父をあの一瞬で殺害した悪魔がどれほど強大な悪魔なのか、なぜあの夜俺だけを生かしたのか…それらは未だ分からない。


「緊張してるのか?」


考え事をしていると、隣から男子生徒の声がした。少し戸惑ったが、これが初対面の人への話しかけ方なのか、とまた一つ学びを得た。


「少しだけ。君は?」


左側を向くと、現地の人らしい黒髪黒目の爽やかな好青年がいた。


「俺?俺は門田蔭尋。門に田んぼでカドタ、光蔭の蔭に尋ねるの尋でカゲヒロ。そっちは?」


そちらは緊張しているか、という意味で尋ねたのだが、彼は名前を聞かれたと勘違いしたようだ。確かに、初対面なのでそれも間違ってはいないだろう。


「ゼノ・ルイス。こっちだとルイス・ゼノ…であってるよな?よろしく」


「よろしく。留学生か?日本語上手だな」


「いや、親が外国人で…もう死んでるけど。俺は元々日本に住んでたよ」


「あんまり聞かない方がよかったな。すまん」


蔭尋は申し訳なさそうに苦笑いした。別にどうってことはない。初対面なのだから。


「別にいいよ。悲しい過去ぐらい誰でも持ってるもんだろ?」


「…そうだな。ゼノはどの辺に住んでるんだ?通学は電車?チャリ?」


「東安ヶ浦(やすがうら)から徒歩で西安ヶ浦駅まで行ってから電車で。駅まで30分、電車に乗ってからはだいたい1時間弱くらいかな」


「へぇー、結構遠いんだな。それにしても安ヶ浦か〜、あそこって住める場所あるのか?」


俺はあの事件のあと、親父の知り合いの住む安ヶ浦の屋敷に引き取られた。そこは大昔に悪魔によって無茶苦茶にされた土地であり、人々はその土地を忌み嫌って寄り付かない。あまり人はいないため屋敷などの豪邸を建てるには好都合だったらしい。


「人が少なくて落ち着く場所だ。まぁ少し不便だが、別に秘境ってわけじゃないから回線もガスも電気もしっかりしてるよ」


「あそこって本当に住めたんだな…おっと、もう始まるみたいだ。また後で話そうぜ」


「ああ、分かった」


その後は学園長やら来賓やらのありがたいお話を聞いて、教室へと案内された。





















  






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