人混み嫌いなくせにSNSは好きなんて
「カフェで働いてるんだよね。
どこら辺にあるの?」
「渋谷だよ。
夕方からはめちゃくちゃ混んで大変だった。」
僕はスクランブル交差点で信号が変わるのを待ちながら、通話先のいかにも甘ったるい声に笑いかけた。
彼女は「暇すぎ」だったそうだ。
と言うのも、バイト終わりにSNSを開くと沢山の人の投稿が行き交っていて、その中に彼女の「その」投稿があった。
制服をリュックに詰めた僕は彼女の投稿にコメントをしバイト先を出た。
そしてその五分後、彼女は電話をかけてきたのだ。
「渋谷でバイトとかすごいね。
私、人混みが苦手だから絶対出来ない。」
「えー。人多いのワクワクするじゃん。
お祭りみたいで楽しい。」
「ワクワクなんてしないよ。
そもそも人混みと言うか人自体が苦手。」
目の前の人が歩き出したことで僕は信号が青に変わった事に気がついて歩き出す。
と言っても信号なんか見る必要がないから見ていない。
ここにいる沢山の人が忙しなく行き交いはじめたことの方が信号よりも信頼できた。
「人苦手って言う割には友達多いよね。
いつも誰かと絡んでる気がする。」
「SNSは別なの。
SNSは投稿したら誰かがコメントしてくれる。
君がそうだったみたいにね。
自分から行かなくていいから楽なんだよ。」
そう。彼女とはSNSで知り合った。
きっかけは彼女が投稿した自撮りに「可愛いですね」的なコメントをした事が始まりだった気がする。
正直きっかけなんてあまり覚えていない。
そもそも百人近くとSNSで繋がっているのに一人一人きっかけを覚えている方訳がない。
「コメントなかったらどうするの?」
「誰かしら一人ぐらいコメントしてくれるから大丈夫。
SNSって人いっぱいいるし。」
交差点の中盤を抜けてもガヤガヤうるさく彼女の声が聞き取りづらかった。
ただ、それほど人で溢れているのに僕は不思議と誰にもぶつからず歩く事ができた。
「人混み嫌いってさっき言ってたじゃん。」
「SNSは別ともさっき言った。
あ、この間フォローしてくれた人にゲーム誘われたから行ってくる。
じゃあまたね。」
彼女は僕にまたねを言わせてくれなかった。
耳にあてていた電話をポケットにしまい、僕は渡り切った交差点を振り返った。
そこには横断歩道の白線がが見えなくなる程の沢山の人が点滅する信号機とビルの大型ビジョンの光に照らされていただけだった。
彼女はその中にいなかった。
いや、見つけられなかっただけなのか。
でも確かに、
私を見てって呟く彼女がスクランブル交差点に消えていった。