第七話
私に今できることは何だろうか。
シシリーが無理を押して魔法をかけ続けたネズミをどうすればいいのか。
私にはわからなかった。これ以上できることは何もなかった。
ただただ信じて待つだけだった。
その日、何の授業に出たかすら覚えていない。いや、授業に行ってすらいなかったのかもしれない。ただただ私は自分の部屋にいただけだった。
次の日、私はケージを受け取りにエドワードの部屋に行った。まだ6時を回ってすぐだった。
部屋をノックすると、エドワードが出てきた。
「レピア、じゃないか。ケージの、受け取りか?早いな。」
彼は私を部屋に通した。
エドワードの部屋には様々な小動物がいた。
「へへ。僕は、動物が、好きなんだ。回復術師に、なろうと、思ったのも、動物たちを、治療できるように、なりたかった、からなんだ。」
彼は言った。
そういえば!
私は思い出した。一昨日拾った小鳥のひなが部屋に置いたままになっていた。
昨日も餌を一応やったが、彼に見てもらった方がいいかも。
「そういえば、ケージ...」
「ちょっと待っててくれ。渡したいものがあるんだ。」
そう言うと私は部屋から小鳥を取ってきた。
「これなんだけど、一昨日学校で落ちていたんだ。」
「小鳥の、ひなか。ちゃんと治療を、してあげた、みたいだな。」
「でも僕は回復魔法が何も使えないから。」
「大丈夫、治ってきてるよ。小鳥も、ありがとうって、言ってる。よかったら、僕が、あずかろうか。傷薬を、持ってるし。」
「ああ、頼むよ。」
私はひなをエドワードに渡した。
「それで、さっき、言いかけてた、のだけど...」
エドワードが話し始めた。
「ケージの、ネズミたちが、どうやら、治ってきた、みたいなんだ。」
私は、彼のベッドに腰かけていたのだが、驚いて立ち上がった。
「なんだって?」
「ネズミたちが、息が、楽になったって、言ってる。もう、苦しく、ないって。」
見るとケージの中でネズミたちが元気に駆けまわっている。
「レピアの、薬が、本当に、効いたんだ!すごいよ、本当に。」
エドワードが珍しく嬉しそうに口元を緩め、眼を細めた。
私はとてもうれしかった。やはり薬は効いていたのだ。しかし、これは私の薬のおかげだけではない。
「ありがとう、エドワード。でもシシリーが魔法を使ってくれていなかったら、僕の薬だけだったら無理だったよ。」
「そうだね。シシリーの、おかげでも、ある。」
私はずっとケージを眺めていた。
「そういえば、今日は、学校は、お休みで、授業ないけど、レピアは、どうするの?」
そうか、そういえば今日は学校が始まって6日目、つまり今日と明日は休日だ。完全に忘れていた。
「いや、どうするか決まってないな。」
「なら、クラテさん、のところに、行きなよ。昨日、お前のこと、心配してたぞ。どこにも、見かけなかったから。もしよければ、僕は、今日は、部屋で動物たちの、観察を、してるから、ネズミの、番をして、あげるよ。」
エドワード!私はお前が今までのどんなやつよりもいい奴に見えるよ。
「そうか、ありがとう。この礼は絶対いつかするよ。」
そういうと、私は食堂に向かった。
この時間、彼女ならそこにいるはず。いや、そこにいる気がした。
私が食堂に行くと、クラテは一人で座っていた。何かの葉っぱを食べていた。
「クラテ!」
私はクラテに呼び掛けた。
彼女はこっちを見ると途端にはじけんばかりの笑顔になった。
「レピア君じゃないか。昨日は全然見かけないから心配したんだぞ!」
クラテは少し膨れながら言った。
「ごめんごめん...」
「昨日はどうしたのさ?」
「昨日、同じグループのシシリーさんが倒れちゃって。それでなんか心配で、授業とかに参加できなくて。」
「まあ!私というものがありながらそんなエルフの小娘にうつつを抜かすなんて!」
「ちょっ、何を言ってるんだクラテ。」
クラテはクスっと笑った。
「わかってるよ。レピア君は優しいから。でも少し...」
クラテは何かをぼそっと言った。
「え?なんだって?」
「別に、なんでもない!」
クラテはそっぽを向いた。
「そういえば、その、今日って学校無いけど、レピア君は予定とかあるの?」
顔をそむけたままクラテは聞いてきた。
「いや、特にないんだけど...」
クラテは嬉しそうにこっちを見た。
「じゃあ、一緒に街に行かない?私、学校来る前は全然違うところにいたから、学校のすぐ外の街に行ってみたかったの!」
「僕はかまわないけど。」
「じゃあ決まりね!私、準備してくるから。今7時頃だから、8時半くらいに校門で待ち合わせね。」
そう言うと彼女は持っていたモーリュをまとめて口に放り込み、寮に帰っていった。
私は寮に帰ると、余所行きの服に着替えた。そしてエドワードのところに行き、街へ行くことになったと伝えた。
彼は楽しんで来てとだけ言った。少し気の毒ではあったが、彼は彼で動物たちに囲まれているのがたまらなく楽しい様子だった。
校門に行くと、空色のラフなドレスに身を包んだクラテがいた。胸元はレースになっていた。いつもよりクラテが大人びて見えたし、なんだか柔らかな花の匂いがした。
「どう?似合ってる?」
クラテはくるりと回った。
「よく似合ってるよ。なんだかいつもよりお姉さんに見えるよ。」
「もう、ほめても何も出ないぞ!」
彼女は恥ずかしそうに笑った。
「レピア君、早く行こ!」
そう言うと彼女は歩き出した。
街にはいろいろなものがあった。
市場には食べ物や薬草、様々な道具や装飾品があり、目移りしてしまいそうだった。
彼女は野菜と衣服を見かけるたびにいつも食いついていた。
広場では曲芸をやっていたり、楽器の演奏や歌など、いつも誰かが何かしらをしていた。
クラテはそれを見て大興奮したり、曲に合わせて踊ったりしていた。あんまり楽しそうなので、私もつられて踊ってしまった。
昼頃になると彼女は行きたい店があると言って、私を『リストランテ・ヤンソン』という店に連れて行った。
魚の酢漬けやハム、そしてジャガイモを塩味のきいた魚のオイル漬けとクリームと共にグラタンにしたものが出てきた。
どれも強めに塩味が効いていて、酒のつまみになりそうなおいしい料理ばかりだった。
彼女も今日はたくさん食べていた。
それが終わると、私たちは演劇を見に行った。
物語としては王子様がお姫様を助け出すというベタなものだったが、途中で悪役が入れ替わる流れがドラマティックだった。特に登場キャラクターの一人、夜の女王のアリアはコロラトゥーラの技巧によって心を引き付けて離さない素晴らしい歌であった。
演劇を見終えると、空は暗くなってきており、街は明かりで美しく輝いていた。
「今日は本当に楽しかった。レピア君ありがと!」
彼女は幸せそうにそういった。
その優しい顔はとてもきれいで、私は少しドキッとした。
私たちが学校への道を歩いていると、一つの出店の前で彼女が立ち上がった。
見ると人魚の涙をあしらった髪飾りだ。
「それが欲しいの?」
「え、ああ、ううん。きれいだなって思っただけだよ。」
「そうか。あの、これを1つください。」
店番をしていたドワーフの男に私は金を渡した。
「まいどあり。」
私は髪飾りを店員から受け取ると、クラテに差し出した。
「え?その髪飾りを私にくれるの?」
彼女はもじもじしながら聞いてきた。
「うん。今日は一緒に街に行けてすごく楽しかったし。昨日は心配かけちゃったし、そのお詫びってことで。」
「そっか、お詫びか...」
彼女は少しだけ残念そうだった。
「それ、つけていい?」
彼女は言った。
「もちろん!」
彼女は髪飾りをつけた。
「どう、かな?」
「とても似合ってるよ。どこかのお姫様みたいだ。」
いつもならひょうひょうとして冗談として笑い飛ばしそうなのに、この時だけはクラテは顔を真っ赤にした。こんな表情を見たのは初めてだ。
「ありがとう。うれしい。」
恥ずかしそうに、それでも柔らかな顔で彼女は笑った。
おや?なんです?
『教えて!レピア様』ですか?
かしこまりました。
私めはレピア様のお部屋で目覚まし時計をさせていただいているものです。
それでは私めの主人でございます、レピア様についてお話いたしましょう。
レピア様は毎朝6時前後にお目覚めになられます。
ふつうの学生は目覚ましをセットし、私めが起こしに伺うのですが、レピア様はひとりでに起きられます。全く素晴らしいお方です。
その後も洗顔、髭剃り、着替え、をてきぱきと行っておられます。掃除、洗濯物等に関してもしっかり毎日行っておられます。本当に規律ある毎日を送られる方です。
ただひとつ気になることがございます。
それはレピア様がご就寝の際、たまに
『きゅうかんが来たのか?勘弁してくれ!』
と寝言で叫ぶことです。
『きゅうかん』とは何なのでございましょうか。
何とか悪夢からご主人様を開放して差し上げたいのですが、非才な私めには計り知れぬことでございます。
おっと、そろそろゆかれるのですね。
それではまた、ごきげんよう。
『教えて!レピア様』終了でございます。