第六話
彼女が翼を当ててから暫くすると、じんわりと光が見えてきた。しかし白黒だ。なんだか無機質な景色だな。
彼女の視界なので、私が頭を動かしても視界は動かないし、彼女が頭を動かすと視界が動いた。これは酔いそうだ。
彼女がゆっくり馬車の方に視線を移すと、私は言葉を失った。
背景が黒い中で、荷馬車の木の部分は薄く白く曇っていた。しかしその中にしっかりと真っ白に染まっているものがあった。そう、先ほどあった爆弾だ。他にも木箱は白い霧状に透けているが、中の鉱石や石炭は真っ白に染まっていた。
私はこの視界を、いや、この画像を知っている。
そう、これはX線写真、レントゲンだ。
正確には線源なんてものがないので、レントゲンとは原理が異なるのだろう。
「クラテ、他の生徒をこの透視で見てみてくれないか?」
「なに?レピア君。女の子の裸でも見ようとしてるの?」
からかうような声がしたが、そんなことは全く気にならないほど私はこの時興奮していた。
「頼む。見てみたいものがあるんだ。」
「ふーん、いいよ。」
そう言うと視界が他の生徒の方に向いた。
「レピア君残念。私の透視は服だけじゃなくて体も透視しちゃうの。」
彼女は笑いながら言った。
そう、体が透け骨格が浮き出ている!腹部の実質臓器と胸部の肺に明らかな白黒の濃淡が付いている。これはまさしくレントゲン画像ならぬ、レントゲンビジョンだ。
これさえ使えば現代医学に格段に近づける。これができるなら応用すればCTに近いものを再現する、いや、動画で見れるのだからもっとすごいものを作り出すことだって可能かもしれない。
「すごい!すごいよクラテ!本当にすごい!」
私は興奮していた。もちろん彼女の想定していた方向とは全く違う興奮である。
「そ、そう?ならよかったけど。」
クラテは戸惑っていた。
授業は無事、爆弾がさく裂することもなく終了した。
サイクロプスの先生は軽く舌打ちしていた。本当にあれが教師なのだろうか?
いや、それ以前に国境警備隊がこんな奴でいいのか?
その後クラテと一緒に昼食を食べた。
私はアピスのハンバーグを、クラテはザックームの果実を食べた。
エキサイティングな授業だったおかげか、かなり空腹だった。そこにハンバーグの食欲をそそる香りが鼻をくすぐり、涎が垂れるほどおいしそうに見えた。
実際、言葉にできないほどうまかった。口に入れた瞬間に肉汁がはじけ、空腹の体に慈雨のようにしみわたっていった。体から力が満ち満ちてくるような、ボリューム感のあるランチだった。
クラテはクラテで、ザックームをうまそうに食っていた。
午後になると私はどうしようかと迷った。
一般教養の授業は他の生徒の話を聞くと、1回の授業ですべてが終わるようだ。なので授業内容は毎回同じで、どこかで1回でも出ればよいそうである。
クラフターの授業もどうせ観察しかしないし、一般教養でもうけようか。そんな風に思った。
クラテは別の授業を受けるため、私たちは昼食を終えると別れた。
一般教養のクラスは人がまばらにいた。知り合いは残念ながら見当たらなかった。
椅子に座ってボーっとしていると、立派な巻き角を生やしたヤギの獣人が入ってきた。
既視感のある角だったが、まあ、この世界で角なんてそんなに珍しいものでもないからどこかで似たようなものを見たのだろう。
「本日の一般教養を担当させていただくオセと申します。以後お見知りおきを。さて、それでは一般教養の授業に入ってまいりたいと思います。」
なんだか耳障りのいい声で嫌に丁寧な言葉づかいで話す奴だ。
授業内容はかいつまんで話すと以下のようなものであった。
アポロニア学園のあるこの国、オデュッセイアは今まで様々な国と戦争を行っており、その兵士を養成する場としてこのアポロニア学園が創立されたこと。それとオデュッセイアの変遷。さらには各種族の友好同盟が結ばれた経緯などについてであった。まあ、早い話がこの国の歴史である。
まあ、今でも兵士育成学校も兼ねているなのだから、アポロニアには諜報員やら戦士やらの物騒な職業がクラスとして存在しているわけだが。
しかし1つ気になる点があった。
回復術師は最初、魔術を使わなかったという話だ。
むかし、あるところに男がいて、病やけがを系統的に分類、分析し、それぞれに適切な薬の作成や治療の実践を行っていたそうだ。まるで前の世界の医師とやってることは同じだ。
そしてその後、その知識と魔術を融合させ、回復術というものを確立した。
彼は自らをエリクサーと名乗り、この技術を発展させていったそうだ。
今となっては彼の知識はこの世界から失われ、回復術という魔法だけが残った。
それが回復術師の始まりで、人々は彼を濫觴の回復術師と呼んだ。
もしかするとこのエリクサーとかいう男は私と同じく医者だったのかもしれない。
彼もこの世界で医師として生きていたのだろうか。
授業は特に何事もなく終わった。
自分の寮に帰ろうと校舎の外を歩いていると、ぐったりとした小鳥のひなが落ちていた。
可哀そうに、翼から出血している。
私は鳥を寮の自室に連れ帰った。治療箱の中にあった包帯を細く裂き、出血部位に巻き付けた。私に今できるのはこのくらいだった。
しかしそこでふと思った。そうだ、生命力活性の魔法の練習をしようと。
うまくいけば怪我が早く治るかもしれない。
私は翼に手をかざし、眼を閉じて集中しようとした。
しかしどうもうまくいかない。そもそも生命力なんて抽象的なものを私はなかなか理解できていなかった。
魔術とは言い換えれば、明確な想像によって現実に干渉する術である。理解していないものはなかなか難しい。
私は考えた。生命力とは何なのか。それは血流だろうか、それともミトコンドリアの細胞内呼吸なのだろうか、それとも細胞分裂なのだろうか。
私にはわからなかった。生気の炎がめらめらと燃えているとでもいうのだろうか。
明日にでもシシリーに聞いてみようと思った。
次の日、朝食堂に行こうと歩いていると、エドワードが青ざめた顔でおたおたしていた。
「なんだ?いったいどうしたんだエドワード?」
そう聞くと、エドワードが私に詰め寄ってきた。
「シシリーが、倒れたんだ。僕に、ケージを、渡して、すぐに。」
「なんだって?」
「今は、寮の部屋に、先生と戻って、休んでる。」
「いったいどうしてシシリーが倒れたんだ!」
「魔法を、ずっと、使ってた。ネズミが、昨日、4匹死んだ。あと3匹しか、いない。」
何ということだ。ネズミが次々と死んだから一晩中魔法を使って生き残ったネズミを助けようとしていたのか。私がネズミのことなんて少しも考えていなかった昨日の夜も必死に魔法をかけ続けて、それで倒れて...
いてもたってもいられなくなって私はシシリーの寮に走っていった。
寮についてから私は気が付いた。シシリーは女子寮にいるのだから会えるわけがないのだ。
なんて私は間抜けなんだ。ただ何の意味もなく焦って。
私がどうこうしたって彼女の助けにはなれないのに。所詮こんなのは自己満足で偽善的なのかもしれない。自分が気付かなかっただけで、自分でも内心、心配することで許されるとでも思ったのかもしれない。
「もし、そこのあなた。いったいこちらにどんな御用で?」
しわがれた声の主は女子寮の管理人で、人間のヘレナさんだ。
私よりも10センチほど背が高く、鋭い眼光で私を見下ろしていた。
「その、シシリーさんが倒れたって聞いて。私、レピアというもので、シシリーさんとは同じクラスメートで...」
「ああ、あのエルフの小娘のクラスメートかい。何か連絡でもあるのかい?」
「いや、その、心配で駆け付けただけで、何か連絡があるわけではないんですが...」
ヘレナさんはフンと鼻で笑った。
「あんた。あのお嬢ちゃんに気でもあるのかい?」
「い、いえ、そういうわけでは...」
はー...
ヘレナさんはため息をついた。
「しょうがないね。ここで待ってな。」
そう言うとヘレナさんは寮の中に入っていった。
暫くすると何やらラッパのベルのようなものを2つ持ってきた。
「ほれ、こっちを耳に当ててこっちにしゃべりかけな。あの子につながってるよ。」
なるほど、前の世界の一昔前の電話みたいなやつか。
「レピア...君?」
少し弱々しい声がした。
「シシリー、大丈夫か?倒れたって聞いて。」
「うん...ごめんね...。心配かけちゃって。」
「そんな、謝るなよ。いや、謝るのはこっちだ。ネズミを治せるみたいなこと言って、結局ネズミはどんどん死んでいって。僕が力不足だったんだ。僕がこんなだからシシリーが倒れて...」
気が付いたら声が震えていた。この後の言葉が続かなかった。一体なんて声をかければいいんだ。
暫くシシリーは何も言わなかった。沈黙ののち、彼女は静かに言った。
「確かにそうかもしれない。でもそれはみんなそうなんだよ。誰もまだ一人前なんかじゃない。レピア君はまだちゃんと薬を作れなかったかもしれない。私もまだまだ未熟で、自分に適性のある魔法のはずなのに、結局まだうまく使いこなせないでへばっちゃって。エドワード君も、もっと動物の声を正確に聞いて、ネズミさんたちを直接はげませるようになれてないって悔しがってた。みんなまだ何もできないんだよ。でもその中でもみんな自分にできることをやろうと頑張ったじゃない。君は薬を頑張って作りだしたし、私も自分の魔法を全力で使ったし、エドワード君も動物のかすかな声に必死で耳を傾けた。私、知ってるよ。君は調合したって言ったけど、あの薬は君がクラフトしたものなんだって。だって、先生に薬を見せたら、薬草やアルミラージの角とは全く違うものだって言われたんだ。だから、レピア君は自分をもっと信じて。私はレピア君を信じてるから。」
ゲホッ、ゲホッ...
咳こむような音が聞こえた。
「ごめん...話してたらちょっと疲れちゃって。そろそろいいかな。」
「ああ、ごめん。でも、ありがとう。」
音がしなくなった。
私は電話のような魔法具をヘレナさんに返した。
「あの子はあんたを信じるって言ったんだ。あんたもあの子の魔法を信じな。まだネズミどもは死んじゃいないんだから。」
ヘレナさんはそう言い残して寮の中に入っていった。
えっと、僕がこのコーナーをやるんですか?わかりました。
『教えて!レピア君』
僕の名前はアヴィです。よろしくお願いします。
今回は、僕自身のことを紹介させてもらいます。
僕はアヴィ。狼型の獣人で、家は代々傭兵をやってます。
でも僕は臆病者で誰かを殺したりとかはできないので、家を飛び出してここで回復術師を目指しています。
父さんはとても強いです。もう僕なんてとてもとても。
でも母さんはすごく優しくて、いつも僕は家で母さんの手伝いをしていました。
なので家事は一通りこなせます。
特にお菓子作りは大好きで、寮でもクッキーを焼いたりスイートポテトを作ったりしています。
みんなに配ると美味しいと言ってくらますが、少し女の子っぽいと思われているようです。
えっと、あとは、レピア君は良きライバルですが、一番の友達です。
レピア君に負けない立派な回復術師に私もなって見せます。
あ、時間ですか?
それではまた。
『教えて!レピア君』でした。