第五話
教室ではちらほら自分の寮にケージを持ち帰って試行錯誤するものや、何か手がないか外を回っている者がいるようだ。教室の人はまばらだった。
しかしシシリーとエドワードはまだ教室に残っていた。
「レピア、どうだった。この子たちの、治療は、できそうかな?」
「レピア君。みんな方法を模索しているみたい。誰もまだ何もつかめていないけれど。」
2人は心配そうにこちらを見た。
大丈夫。きっと大丈夫なはずなのだ。この世界でも現代医学は通用するはずだ。少なくともネズミの臓器の構造に前の世界のものとの違いはなかったのだから。だから大丈夫なはずなのだ。私は自分にそう言い聞かせた。
しかし問題は私の能力だ。私の予想ではきっとβラクタム系抗菌薬の1つ、細菌に対する現代医学の最も強力な武器の1つであるセファロスポリンが完成しているはずなのである。しかしどうなのだろう。本当に完成しているのだろうか。確かめる術はない。
「その手に、持っている、ビンは何だい?」
エドワードが僕の持つ瓶に気づいた。
「えーと、その、薬を調合してみたんだ。」
ここで下手にクラフトしたなんて言ったらきっと疑われてしまうと思ってこう言った。
シシリーとエドワードの表情が急に明るくなった
「本当!レピア君?すごい!早速ネズミたちに飲ませましょう!」
「わかってる。ただ、僕も少し自信がないんだ。だから、その...」
私がためらっていると、
「大丈夫。どうせずっとこうしててもじり貧だもの。やってみるべきよ!」
いつもはどこかおどおどしているシシリーが、この時はとても頼もしく見えた。
そうすると投与量だ。
重症例では成人や20kg以上の小児に対して500mgの6時間毎投与が行われる。
このネズミはクマネズミほどの大きさがあるので、ざっと100gより少し重いくらいだろう。
そうすると体重で考えて、一匹当たり2.5mgほどになるのか?
今ケージの中には8匹残っている。そうすると20mgほどか。
幸いまだ餌には手を付けている様子だし、えさに混ぜればいいか。
「そうか、ありがとう。そうすると20mg位をえさに混ぜて与えよう。これを6時間ごとに行うんだ。」
「わかった。じゃあ、当番制に、しよう。」
エドワードが言った。
これによって、1週間の当番が決まった。
初日の今日は私が担当することになった。ちょうど昼の12時から6時間ごとに薬を混ぜたえさを与える。そして次の日の朝に今度はシシリーがケージを受け取り、昼の12時以降の担当をする。その次はエドワードといった感じで当番をしていくことになった。
私は早速えさを与え、自分の寮にケージを持ち帰った。
そして私は先生から借りた拡大鏡をもって手早く食事を済ませた後、クラフターのクラスへ行った。
その日の授業は、実際に様々なものを見てリアルな想像ができるようになろうというものだった。
本物のタリスマンや先生のコレクションの細かな細工が施された品々、さらには動物の骨や標本など、様々なものを見せられた。
その後寮に帰り、薬入りの餌を再びネズミたちに与えた。
しかし見たところネズミたちは全く元気になっていなかった。
夕食を食堂で取っていると、クラテが来た。
私はネズミが心配で食事が喉を通らなかった。
クラテは相変わらず野菜ばかりの盆を持ってきた。。
「レピア君、一緒にご飯食べよ!ってなんでそんな思いつめた顔を?」
「いや、僕の能力でネズミの治療薬をクラフトしてみたんだ。薬には少し詳しくてね。だけどその薬がちゃんと聞いているのかが不安で。僕が失敗したらグループのみんなにも迷惑かけちゃうし。」
「なんだ、そんなことか。レピア君は考えすぎだよ。」
クラテはけらけらと笑った。
まるで私の不安なんてばからしいようだ。
「だって、だめでもともとなんだ。先生も言ってたでしょ、今の段階では無理だろうって。誰もネズミを生き残らせることなんてできないってみんなが思ってる。アヴィ君ですら今回はお手上げなんだよ。だから、生きながらえさせるんじゃなくて、治してやろうなんて考えたレピア君はそれだけですごいって私は思うんだ。だからきっと大丈夫。失敗したって、何も変わらないんだ。だから気軽に成功したときのことだけを考えればいいんじゃないかな。」
クラテにそういってもらえて私は嬉しかった。
そうだ。成功することを考えればいいんだ。失敗したってなにも失うことなんてないじゃないか。そう自分を奮い立たせた。
「ありがとうクラテ。なんだか楽になったよ。」
「友達を助けるなんて当たり前だよ。これからもどんどん頼ってくれてかまわないぞ!」
彼女は悪戯っぽく笑った。
どこかつかみどころのないひょうひょうとした彼女はとても親しみやすくって、おかしかった。
私は思わず笑ってしまった。
「な、なにを笑ってるんだい。全くもう。」
クラテはふくれっ面になった。
寮に帰り、夜の12時に目覚ましをセットした。
目覚ましをセットするのは初めてだ。いったいどんな音が鳴るのだろう。
そして私は床に就いた。
「お坊ちゃま。お目覚めください。お坊ちゃま。」
ダンディーなおじさまの声がした。
眼を開けると銀髪のオールバックで蒼眼の老紳士が枕元に立っていた。
「うわ、だ、誰だ!」
心臓が止まるかと思った。いったい誰なのだ?
「申し遅れました。私、こちらの学校のこちらのお部屋で目覚まし時計をさせていただいているものです。まあ、時計の精霊といったところでしょうか。本日初めて目覚まし機能をお使いになりましたので、私めと会うのも初めてということになります。」
なんて目覚ましだ。こんなオジサマ好き女子が大歓喜しそうなイケオジが時計の精だと?
「目覚まし機能をお使いの際には私がご主人様を起こしますので、以後お見知りおきを。」
そう言うと老人は薄い霧となって消えていった。
このためだけに彼はいるのだろうか。何が楽しくって人を起こし続けるのか。
きっと私とは一生分かり合えないだろう。
さて、私は部屋の明かりをつけ、ネズミのえさと薬を混ぜると、それをネズミたちのケージに入れた。
眠い目をこすりながらその様子を見ていたが、私はハッとしてすぐに目が覚めた。
ほとんどがえさに向かっていき食べているのに対して、1匹全く動かないネズミがいた。
摘まみ上げてみると、それはもう死んでいた。
私は急いで解剖を行ってみた。すると、ルーペなんか使わなくてもわかるくらい左の肺が全体的にやられていた。右肺もいくつかやられている。
クソ、やっぱり駄目だったのか。
感情に押しつぶされそうではあったが、昨日も寝ていないせいか、しばらくすると瞼はいやおうなしに閉じていった。
目が覚めると私はあわててケージを覗いた。
幸いにも昨日の一匹以外は生きていた。時計は6時ちょっとすぎを指していた。
私は急いで餌と薬を混ぜ、ネズミたちに投与した。
朝7時ごろ、シシリーにケージを手渡した。
1匹死んでしまったことを話すと残念そうな顔をしていたが、それでもまだ他のネズミたちはきっと病気を治して生き残ると言ってくれた。
さて、朝食を取り、午前中をどうやって過ごすかを考えあぐねていた。
食後にハーブティーを飲みながら悩んでいると、クラテがまたよくわからん果物を食べながらやってきた。
全くそんな果物をどこから手に入れるのだろうか。
「おはようクラテ。今日も果物だけかい?」
「ええ、ダイエット中だもの。」
クラテは果物をかじりながら言った。
「そういえばレピア君は午前中どうするの?」
口に果物を入れたまんまクラテが聞いてきた。
「僕は今どうしようか考えてたんだ。クラテはどうするの?」
「私?今日は国境警備隊のクラスでもうけようかなって。ほら、あそこは荷馬車とか手荷物とかの検査をするのに私の魔法適性があってるから。」
クラテは果物を頬張りながら言った。
「そっか。僕もついていってもいいかい?他に行きたいところもないし。」
「いいよ。友達がいたほうがいいし。一緒に行こ!」
彼女は果物を飲み込んだ。
さて、国境警備隊のクラスということで、今までの例に倣って先生はどんな屈強な大男がやってくるのかと身構えていたが、実際に入ってきたのはなんだかひょろひょろしたサイクロプスだった。
「えー、皆さん。では国境警備隊のクラスの授業をします。新顔が何人か見られますが、大丈夫です。わからないところがあれば質問していただいて結構ですので。本日は実際に荷馬車を検める作業に入っていきます。」
そう言うと彼は生徒を校庭に誘導した。
そこには荷馬車が数台あった。
「さて、ここに荷馬車が何台かありますが、それぞれの荷馬車のどこかに爆弾が仕掛けられています。本日はこれを見つけてください。もちろん適宜魔法を使っていただいて構いません。透視に超音波、何を使ってもいいです。ただ、爆弾は本物なので火気は厳禁です。みんな仲良く死にます。」
クククク...と薄気味悪く笑うと、教師は校庭に座り込んだ。
こんな陰気な奴が国境警備隊か。なんかいろいろ終わっているな。
あとなんで本物の爆弾なんて使うんだ。危ないだろう。
私はとりあえず馬車の中を見ていった。が、中身は石炭や鉱石ばかりで、鉱山から物資を輸送するただの荷馬車にしか見えなかった。
クラテの方を見るとあの陰気な先生に透視魔法について聞いていた。
たしかにあいつの適性にはそれがあっているが、いったいどんなものなのだろうか。
彼女が先生にいろいろ聞いてる間、荷物を一つ一つ慎重に調べたが、特に何も見つからなかった。
他の面々も、見つけていないものは多かった。しかしちらほらどこにあるのかを見つけた様子のやつもいた。そいつらは何やら遠くでたむろしていた。
「わあ!ほんとだ。見える!なるほど。集中してフォーカスしていく感じね!」
馬から落馬発言が聞こえたと思ったら、クラテだった。
「見えたって爆弾の位置が分かったの?」
「うん。どうやらあの馬車は荷台の部分が二重底になってて、その下に爆弾が隠れてるみたいね。」
「そうなの?」
半信半疑で私は荷台を調べると、ちょうど荷物の箱が置いてあった場所の下に開閉できるところがあり、そこを開けて中をのぞくとそれらしき黒い塊があった。
これはすごい。透視って便利だな。
「私の景色を見てみる?ちょうど諜報員の授業で感覚を共有する魔法も教わったの。まあ、私は視覚の共有しかできないのだけど。少し目を閉じてて。」
そう言うと、彼女は私の瞼に手を、いや、翼を当てた。
ええ?僕が、このコーナー、やるの?聞いて、ないよ。
あ、みなさん、こんにちは。『教えて!レピア君』の、コーナーです。
僕は、エドワード。レピアでは、ないですが、よろしく、お願いします。
今回は、僕の、ペットたちを、紹介します。
僕の、お気に入りは、アルミラージの、ニーナ。
角が、短くて、カワイイんだ。
1回、薬の材料に、父さんに、角を、切り取られそうに、なったけど、何とか、防げました。
次に、紹介するのは、ケツァルコアトルの、チャッピー。
きれいな、ヘビだけど、気位が、高い蛇。機嫌を、損ねると、面倒くさい。
でも、たまに、僕の首に、巻き付いて、来て、甘えます。
も、もう、僕無理。知らない、人と、話すの、苦手。
じゃあ、『教えて!レピア君』、終わり、です。