第四話
私はいろいろと考えをめぐらし続け、気が付いたら朝になっていた。
でも前の世界も含めて今までで一番頭はすっきりしていた。
胸を躍らせながらいつもの朝のルーティンをこなす。今日はかみそりも怖くない。
勇みながら食堂へ行った。
今朝はケートスの煮つけだった。なんだか久々に和のテイストのものだ。やはり私も大和の血が流れているのか、なんだかほっこりする。
クラテはなぜか今日は食堂には来なかった。
教室に行くと、そこにもクラテはいない。私はいつもの座席に座り、先生が来るのを待っていた。
ドン...
またけたたましく扉が開く。いい加減もう慣れてきた。
しかし視線を移すとそこには巨漢のオークではなく、クラテがいた。
「あぶなーい。ギリギリセーフかな?」
彼女はいつも通り私の隣に座った。
「いやー寝坊しちゃって。危なかったよー。」
彼女は笑っていた。
すぐに教室のドアが再びけたたましく開くと、ついにルサス先生が入ってきた。
もうやめて。扉のライフはもうゼロよ。
そんなことを叫びたくなるようなみんなのドアの扱い方である。
さて、授業が始まるとくじを引かされ、グループに分けられた。
私はシシリーとエドワードと同じグループになった。
シシリーはエルフで、前も言った通り生命力を操る適性の持ち主。一方エドワードは鹿型の獣人で、どんな動物とも会話ができるビーストテイマー向けの適性である。
クラテとアヴィは私とは別のグループになったが、2人は同じグループになった。
「よし、それぞれグループに分かれたな!では今からケージを渡す。」
そう言うとルサス先生は鼠が何匹か入ったケージを各グループに渡した。
「このケージにはとある病にかかった鼠が入っている。何もしなければ大体4日後にはすべて死んでしまうだろう。お前たちにはこのケージの鼠を1週間後まで生かしてもらう。今のお前たちにはとても難しいだろう。昨日の時点では生命力強化の魔法を教えた段階にすぎん。大多数のものはこの鼠を全滅させるだろう。だが、だがもしも1週間後に1匹でもこの鼠を生かすことができていたら、そのグループのやつにはこれをやろう。」
そう言うとルサス先生は懐から動物の角のようなものを取り出した。
「コルヌコピアだ。持ち主を導いき、夢を実現させるといわれている品だ!」
なんだか胡散臭いグッズではあるが、一応この国では前の世界でいうお守りのような存在だ。いや、わずかに魔力が込められているのだから、お守りよりは本当に効果があるのかもしれない。一応この世界では魔法具としてそれなりの価値があるものでもある。
教室がどよめいた。
「これを、鼠を生き残らせることのできたグループにやろう。では、今から1週間後、また会おう。その間授業は無しだ。」
そう言ってルサス先生は教室から出ていった。
「えっと、あの、その、シシリーです。エドワード君とレピア君ですよね。」
シシリーが口を開いた。
「そうだよ。よろしくね。」
私は答えた。
エドワードは黙ってお辞儀した。
「エドワード君は動物とお話ができるの?」
エドワードは首を横に振った。
「そうなんだ...」
シシリーは気まずそうだった。
「苦しいって。」
ふいにエドワードが言葉を発した。
「え?なんだって?」
私は聞き返した。
「息が、苦しい。胸が痛い。そう言ってる。」
「それってこの鼠たちが言ってるの?エドワード君。」
シシリーが聞いた。
「僕はまだ、鼠と、話せない。でも、昨日の、ビーストテイマーの、授業で、小動物の声は、少しだけ、わかるように、なった。」
変なしゃべり方をする奴だ。私はそう思った。
「とりあえずどうにかしてやらないとな。他になんて言ってる?」
「わからない。胸が痛くて、苦しい、これしか、わからない。」
「とりあえず私の魔法で生命力をできる限りこの鼠に吹き込むわ。」
シシリーさんはケージに手を当てた。
だが、どう考えてもこんなことでは全滅してしまう。これで何とかなるのであれば、コルヌコピアなんてそれなりに値が張るものを先生は景品にしないだろう。
どうすればいいだろうか。
私はしばらく考え込んだ。
エドワードは親指を加えながらケージを見ている。
ふと私は考えた。生き残らせようと考えるのではなく、治療しようと考えてはどうだろうか。根治させてしまえばいいのだ。
シシリー以外のこのグループメンバーは現時点で回復術を何一つとして扱えない。だとしたらシシリーもいつか限界が来る。
それならば治してしまえばよいのだ。
「エドワード、鼠は息ができないって言っているんだな?」
「うん、そうだけど。どうして?」
「一匹だけ解剖してもいいかな?」
「かいぼう?」
シシリーもエドワードも何を言っているのかわからないようだ。
「体を切り開いて観察するんだ。そうすると何が原因で苦しんでいるかがわかる。わかればこの鼠の病気を治せるかもしれない。」
「でもレピア君、そんなことしたら鼠が死んじゃうよ。」
「そうだよ。生き残らせないと、いけないのに、そんなことをして、もし原因が、わからなかったら、どうするんだ。」
「僕にはある程度の病気を見極めることができる。だから信じてほしい。もしどうしようもできなかったら、本当に申し訳ない。それでも、今このままシシリーに全部やらせてても全滅は必至だ。だから何か少しでも足搔いてみたいと思うんだ。」
シシリーとエドワードは真剣に話を聞いていた。
2人ともしばらく考えていたが、エドワードから口を開いた。
「僕は、レピアが、正しいと思う。だけど、かいぼうするなら、一番弱ってる、この鼠に、するべきだ。」
「それはそうだ。そっちの方が病気の種類もわかるだろう。」
「その、ネズミさんがかわいそうだから、せめて楽に殺してから解剖してあげて。」
「ああ、わかってる。ネズミを苦しめたりしないさ。」
そう答えると、2人は黙ってうなずき、私にぐったりとした1匹のネズミを渡した。
「それじゃあ、解剖してくる。シシリーは引き続き魔法を使い続けてくれ。エドワードはネズミたちが言っていることで他にわかったことがあれば教えてくれ。」
私は教室から出ていった。
解剖するにしても、ネズミの体は小さいため拡大鏡が必要である。この世界では魔法道具として存在しているはずだが、それを何とかしなければ。
廊下を歩いているとアアルト先生が向かいから歩いてきた。
「おおレピア!どうしたんだ?そんなネズミをもって?」
「アアルト先生。このネズミを観察しようと思ったのですが、拡大鏡が必要なのです。この学校で貸していただける場所はないですか?」
「なんだそんなことか。それなら私のを貸してやろう。今日の午後もクラフターの授業がある。君、来るだろ?そこで返してもらえればよい。」
そう言うとアアルト先生は胸ポケットから虫眼鏡のようなものを取り出した。
「これはこのレンズの横のダイアルを回すと倍率が変わる仕組みだ。ワシのは宝石の鑑定にも使ったりするからな、他のよりも拡大できるぞ!たしか1000倍くらいまで拡大できたはずだ!」
これはすごい。普通の生物顕微鏡並みの拡大率だ。
「ありがとうございます。今日の授業でお返しいたします。それでは。」
「おお。頑張りたまえよ!」
私は自分の寮の部屋に戻った。
ネズミの解剖は、大学の生化学の実習で慣れている。
私は折り畳みナイフを取り出すと、まず風呂場でネズミの首を切り落とした。
そして今度は胸を切り開いた。
エドワード曰くこの鼠たちは胸痛と呼吸困難が主訴だ。しかもすべてが同じ病気にかかっているとルサス先生は言った。だとしたら感染性の呼吸器疾患が真っ先に疑われる。
様々なものが考えられるが、結核や肺炎、胸膜炎などだろう。もしかすると心疾患かもしれないが。
ナイフで肋骨を砕き、胸膜を割くと、肺が見えてきた。
右肺が全体的に変色している。左肺にも変色部位が見られた。
右肺を今度は切り開いていった。
肺はスポンジ状にはなっておらず、つまり線維化は起きていない。
間質性肺炎は除外できる。ウイルス性の肺炎疑いは薄い。
乾酪壊死も見られない。つまり結核ではなさそうだ。
つまりこれは細菌性の肺炎。それも多葉性の浸潤があるため、肺炎球菌による肺炎と思われる。
私はネズミの体の横にノートのページを1枚切り取り、敷いた。
前の世界でも実習で市中肺炎の患者さんでよく見た症例と一致している。
そうだ、ここだ。ここなのだ。
ここで私の能力が使えるのだ。クラフターとしても緻密すぎる適性と言われ、ましてや回復術師になんて全く向いていない。それでも私の適性はここで使える。
肺炎球菌感染症において治療は何か?
外科的手術だろうか?否。放射線治療等の大げさな機械を用いた治療だろうか?否。
治療は少しの物質でよい。そう、人が生み出した英知の一つ、抗菌薬である。
しかしこの世界に抗菌薬なんてない。だが、私にはきっと作れる。そんな気がするのだ。
手元の1000倍ルーペよりも小さな世界を創造する、つまり、分子単位でものをクラフトすればよい。抗菌薬の分子構造を再現すればよい。私ならきっと、それができる。
そう、元の世界で医学部に入り勉強をしている私は、薬物の構造式ぐらい空でもいえる。
私ならきっとできる。やって見せるんだ。創造系の魔法で一番重要なことはリアルに想像すること。
基本となるβラクタム環構造と、それに直接つながる硫黄と炭素の員環構造、そしてそこから延びる窒素、酸素、炭素、水素の枝、。どの共有結合の枝が2重になっているのか、立体構造でとらえるとどの枝が手前に飛び出て、どの枝が奥へと延びていくのか。すべてを正確に、完璧に、e-learningでひたすら見て学習した薬の立体構造を明確にイメージするのだ。
核があって、周りを電子が飛んで原子をなし、それが共有結合によって一つの分子へ、抗菌薬へとなっていく。そう、βラクタム系抗菌薬の1つ、セファロスポリンへと。
気が付いたらものすごい力で目を閉じていた。
ネズミの体の横にしいて置いた紙の上に私は手を置いていた。
どけると白い粉末がそこには乗っていた。部屋にある調理用のはかりで重さをはかると5gほどの重さがあった。
本当に完成したのだろうか。実際に試さなければわからない。
ふと時計を見るともう11時だった。
私が教室を出たのが9時半ごろだったので、1時間半ほどたったことになる。
私は角砂糖の入っていた瓶を空け、そこに完成した粉末を詰めて教室に戻った。
皆さんこんにちは。
『教えて!レピア君』のコーナーです。
今回は肺炎についてみていきましょう。
肺炎はその名の通り、肺の炎症です。
原因は多岐にわたりますが、細菌かウイルスが多いです。
中にはアレルギー反応によるものや、自己免疫による膠原病によるものなどもありますが、数は多くありません。また誤嚥や、免疫力低下による日和見感染によるものも存在します。
他にも定型肺炎と非定型肺炎、市中肺炎と院内肺炎などの様々な分類もあります。
症状としては発熱や胸の痛み、息苦しさがあります。また『ぜーぜー』という感じの、喘鳴という呼吸音が聴取されることもあります。
診断は聴診や胸部X線画像で行います。
この時、X線画像での影の様子などから、肺炎の種類を絞り込むこともできます。
肺炎の診断がつくと、次に原因と重症度を考えます。
必要に応じて、患者さんから採取した痰の培養による原因菌を特定や、血液検査を行います。
さらに、それでも原因が特定できなければ、肺組織の生検(組織の一部を切り出して、観察する)を行います。
今回私は、浸潤している肺野が多数にわたることや、結核やウイルス性肺炎に見られやすい所見がなかったことから肺炎球菌が原因と特定しましたが、はっきり言って少し不安なところでした。
いやー果たして肺炎球菌でよかったのか。もし違うと治療も変わってきますので、冷や汗ものです。
それではまた次回お会いしましょう
以上、『教えて!レピア君』でした。