第三話
窓から差し込む朝日に顔を照らされて、私はゆっくりと目覚めた。
昨日は結局授業日程を見ながら夕方には眠ってしまっていた。
もしかすると昨日のことは残暑という獣が見せた夢かと思っていたのだが、眼を開けて映る光景は何度眼をこすっても見慣れたアパートではなく、私の寮の部屋だった。
時計を見ると今は朝の6時頃。回復術師の記念すべき最初の授業は8時半からだったので、私はゆっくりと起きだした。顔を洗い、歯を磨き、髭を剃り、前の世界と変わらない朝のルーティンだ。ただ、髭をかみそりで剃るのはあまりなれていなかったので、少々恐る恐るではあったが。
一通り支度を終えると、朝食を食べに食堂へ向かった。
今日の朝食はサラマンダーの卵を使ったスクランブルエッグとトースト、それに雑多な果物を使ったフルーツポンチがデザートだった。
私がモッシャモッシャとトーストを頬張っていると、クラテが机の向かいに座ってきた。
「レピア君おはよう!今日から授業だね。」
「おはようクラテさん。そうだね。少し緊張するね。」
彼女は食堂の盆ではなく、何かを手に持って、それを食べていた。
「クラテさんは何を食べているの?」
「ああ、これは不和のリンゴ。沢山あるし、1つはあなたにあげる。大丈夫。これは人が食べても大丈夫なものだから。」
そう言うと彼女はその果物を私に放り投げてよこした。
食してみたが、どう考えてもただのリンゴな気がする。なんだか仰々しい名前で呼ばれているが。
だが、リンゴはもともと好きだったので、おいしかった。
「私、ダイエット中だから、今朝はこれしか食べないの。このリンゴにふさわしい美貌を手に入れて見せるわ!」
彼女は片目をウィンクさせながらそう言った。
教室につくと、アヴィはなんだか心配そうに私の顔をチラチラ見ていた。
だが、こっちもこっちでどうやって切り出していいかがわからず、困ってしまった。
ドン...
昨日と同じくけたたましく扉が開いた。
ルサス先生は絶対に戦士クラスの担任だろうと思う。この学校の人事は一体どうなっているのやら。
「さて、今日からいよいよ授業開始だ。とは言っても昨日渡した予定表のとおり、回復術師の授業は基本午前中のみ。午後からは一般教養の授業に行ってもかまわんし、午後から授業を行う他のクラスの授業に参加してもよい。様々な知識に触れ、存分に自分の道を選ぶがよい。」
そうだな。やってみなきゃわからないことだってある。今のうちにいろんな職業のクラスに行ってもいいかもしれない。
「では早速今日の授業を始めよう。今日は回復術がどういったものなのか。そして回復術の基本的な魔法について扱っていく。」
ルサス先生はものすごい筆圧で黒板にチョークをこすりつけながら板書をしていった。
それにしても便利な授業だ。
この教室には空間魔法が張られており、黒板に書いた内容がそのまま私の手元にあるノートに転記されていく。もちろん私だけでなく全員のノートにも同じように転記されていくのだが。
ゆえに必死に板書を写す必要がなく、講義に集中できる。是非前の世界でも欲しい技術だ。
さて、回復魔術講義が始まった。
授業を聞く限りでは、回復術と一口に言っても様々なものがあるらしい。
例えば外傷の治療に対して行う回復術と病に対して行う回復術は異なってくる。また、病と一口に言っても、それが体の組織の構造的な問題によるものなのか、機能的な問題によるものなのかによって変わってくる。さらには精神的攻撃に対する治療や精神的病に対応する回復術師も一定数存在するようだ。
聞けば聞くほど医者のような職業だ。
そして、それによって魔法適性が一口に回復術師向きといっても、さらにその中で細分化されていくようだ。
例えばアヴィのような再生魔法に適性があるものは外傷の再生に優れ、一方で同じクラスのシシリー(昨日最初に魔法適性をしたエルフの少女である)は対象の生命力を魔力を通じて上昇させ、病で弱った体を持ちなおさせることに優れる。まあ、彼女は逆に魔力で相手の生命力を奪って衰弱させることもできる。
これはかなり興味深い。元の世界の某有名RPGのホ〇ミみたいにアバウトにHPか何かを回復させるものだとばかり思っていた。
そしてどうやらこの回復術師のさらに細かな分類ごとの学習は、2年生以降らしい。ということはたぶん他の職業に関してもこのような細分化があるのだろう。
最後に生命力強化の魔法のみ教わった。しかしそれを実際に使えるようになったのは適性のある者か、よっぽど器用な一部のみだった。もちろん私にはまだ使えない。
さて、こんな感じで今日の回復術師の授業は終わった。どうやら明日は実習ということであったが、いったい何をするのだろうか。
午前の授業が終わり、私は学食で昼食をとっていた。
今日はバイコーンの肉のシチューとパンだった。
圧倒的に濃厚なジビエの風味が舌に絡みつき、人の原始的な本能をくすぐるような美味しさだった。
それを喉に流し込みながら午後はどの授業を取ろうかと考えた。
今日の午後に授業があるのは一般教養と商人、ビーストテイマーにクラフターだった。
他の職業は今日の午後には授業がなかった。
まあせっかくだし、クラフターの授業でも受けてみるか。もしかすると意外と面白いかもしれない。
まあ、私の高校の時の技術の成績は1だったのだが。
クラフターの教室には回復術師のクラスの倍くらいの人数がいた。
クラフターの一年生教室は代々前年のクラフタークラスの卒業生が作っているらしい。
木を巧みに組み合わせて教室がたてられている。外からもうまく日光が取り入れられていて、木の温もりと合わせてどこかほっとする安心感を与える教室だ。
「君、昨日はいなかったよな。他のクラスから来たの?」
見るとサイクロプスの男が立っていた。
「隣、いいかな?」
「いいよ。」
彼は僕の隣に座ってきた。
「もしかして君、回復術師のクラスの人かい?」
「そうだけどどうして知ってるんだい?」
「そうか、やっぱり。僕はエヴァンジェリスト。みんなにはジェリーって呼ばれてるよ。」
「僕はレピア。それで、どうして僕のことを?」
「ああ、ごめんごめん。昨日の適性検査で、すごい結果を出した子がいるって。たしかミニクロン適性があるって。」
「ミニクロン?」
「ああ!ミニクロンさ。ものすごく緻密なものを作ることができる。だから、繊細な装飾品とかを作る職人はミニクロン適性の持ち主が多いんだ。でも君はその中でもさらにすごい適性があるみたいなんだ。先生の間でも噂になってたよ。」
そうなのか。職業によっては、私はアヴィ並みに稀有な存在のようだ。
ドン...
既に何回か聞いたようなけたたましさで教室の扉が開いた。
見るとごついドワーフが入ってきていた。
どうやらクラフタークラスの担任らしい。
ここの教師はゴリラばかりなのだろうか。
「よーし貴様ら!授業を始めるぞ!お前らを全員立派なクラフターになるまでしごき倒してやる!覚悟しろよ!」
そう言うと先生はぎょろりとした目で教室をなめまわすように見た。
そして私と目が合った。
「おい貴様!お前がレピアとかいうやつか?」
名指しだと?
「は、はい。そうですけど。」
「後で職員室に来い!」
ひぇー。いったい何をされるんだ。こんなゴリマッチョに折檻なんてされたら死んじまうぞ。
そんな心配はどこ吹く風。先生は平然と授業を始めた。
教師の名前はアアルト。彼は現役のクラフターで、特に建築をメインで行っているらしい。
クラフターにも案の定様々な種類のものがいるようだ。
大きな建造物を建てることができるもの。私のように繊細なものを作れるもの。魔法道具を作れるもの。様々だ。
また、物質を無から生み出す創造魔法と、既にある物質を変異させる錬成魔法を用いて様々なものを作っていく。
そしてクラフターは1日に作れるものの上限があるらしい。大雑把にものを建てるビルダータイプのクラフターは何トンもの物質をクラフトできる。しかし私の適性、ミニクロンのような緻密な適性の者は、1日にクラフトできる物質は1キロにも満たないこともあるらしい。
だとすると私は一体どのくらいの物質を1日にクラフトできるのだろうか。
こっちには魔法の種類もひったくれもないらしい。ただ、魔力を込めながら強く想像したものを実体化させるか、同じく強く想像して物体を思い通りの形に変えるかしかないようだ。
こんな感じで授業が終わると、私は言われて通りにアアルト先生のもとに向かった。
部屋に入ると、先生は適性判断の水晶をもって待っていた。
「レピア、よく来たな。お前の話を聞いて、一度会いたいと思ったんだ。」
どうやら冷静に話をするだけのようだ。私はどうやら生きながらえた。
「もう一度この水晶に手をかざしてくれ。」
私は言われたとおりにした。
水晶は昨日と同じく力強く茶色く輝いた。
「ふむ、やはりか...」
アアルト先生は考え込んだ。
「その、どうしたんです?」
「君はミニクロンなんかよりもよっぽど細かなものを作ることができる。それはもう目に見えないレベルに細かいものだって作れるだろう。」
彼は言った。
「しかし、問題は通常そのレベルのものをイメージすることができない点だ。魔法道具を用いて拡大して見える範囲はせいぜい我々の体の細胞くらいの大きさまでだ。しかし君はどうやらそれより細かくものを創造できる。しかし、作るにはイメージが必要だ。そしてその細かさでものをイメージすることは今の我々では概念的に不可能だ。」
なるほど、私の適性は尖りすぎているのか。
「しかもこのレベルの適性となると、クラフトできる上限は100gかそこらといったところだろうか。もちろんこれは訓練で少しずつ挙げていけるがね。なんとももったいない適性だ。」
先生は少し残念そうに言った。
しかし私は逆だった。この世界でこの能力は唯一無二だ。
私は前の世界、電子顕微鏡まである世界からやってきたのだ。
この能力はいくらでも使えるぞ!
私は嬉しくなった。
「何を笑っているんだ君は?」
アアルト先生が不思議そうに言った。
「いえ、大丈夫です。今日は時間を取ってくださりありがとうございました。」
そう言うと私は興奮して駆けだしながら自分の寮に戻った。
何々?このコーナー?
『教えて!レピア君』っていうの?ふーん。
私はクラテ!よろしくね。
そうね、じゃあ、私のお気に入りの食べ物なんてどう?
私が一番好きなのはユグドラシルの若葉よ。
すごく健康にいいし、おいしいの!
ただかなりの高級品で、めったに食べることはできないの。
あ、あと、人面樹のシロップは大好きよ。
ただ甘いだけでなくて、枯草のほのかな苦みがあるの。
ハーブティーに入れると体が元気になるは。
食べ物の話をしてたら、なんだかお腹すいてきちゃったわね。
あなた美味しそうだし食べちゃおうかしら?
アハハ!冗談だって!食べやしないよ。
それじゃあ、また今度ね!
『教えて!レピア君』おっしまーい。