第一話
ガタンゴトン...ガタンゴトン...
私は帰りの電車に揺られていた。
お茶の水から中央総武線に乗りこみ、2回電車の乗り換えを終えると大体1時間半くらいで私の家の最寄り駅につく。そのころにはバスはなく、私は街灯の少ない真っ暗な夜道を、しとしとと降る細雨に髪を濡らしながらのそのそ歩いていた。
近所の子供が道路に石灰で書いたのであろう落書きが湿っていき、ゆっくりと洗い流されていく。
今日はいつも帰り道沿いにいる野良猫もどこかに隠れてしまったようだ。
どの虫ともわからない声だけが何もない夜道をかざる。
「ただいまー。」
私は家のとびらを開けた。
誰もいない家の中を私の声がむなしく駆け抜ける。
まだ残暑が厳しい今日この頃。私はテレビと冷房をつけ、冷蔵庫からタンカレーを取り出し、ロックグラスに注いだ。
そして昨日お隣さんからいただいた肉じゃがを温めなおし、それをつまみにちびちびと酒を飲んだ。
携帯に着信が入っていることに気付いた。見てみると教授からの学会へのお誘いのメールだった。
明日返せばいいや...
そう思い、スマホをソファーに放り投げた。
うつろな目で大して面白くもないバラエティー番組を見ていた。
明日は久々のフリーの休みだ。
最近は忙しくてなかなか休みが取れなかった。
将来医師になるものとして病院での実習に精を出し、勉強もし、コネクションのための教授へのおべっかもする。こんな日常に私は疲れてきていた。
私も21歳。一番人生で楽しい時期のはずである。だから、せっかくの休みは彼女とかを作って、その彼女と一緒に何か楽しむべきだと私は心底思うのだが、疲れてしまっていて休日はいつも寝てしまうのだ。あと、彼女を作る暇もない。
そんな状況を私はどうこうできるはずもなく、疲れとアルコールの相乗効果でどんどん重くなっていく瞼にあらがえないまま私は目を閉じた。
「やあ。起きたまえよ!」
男の子の声がする。
私が目を開けると、黒髪の小学生くらいの男の子が立っていた。
「ようやく目を覚ましたね。本当にお寝坊さんだ。」
いたずらっぽく男の子は笑っている。
男の子以外は何も見えない。真っ白な世界の中で私とその男の子だけが存在していた。
変な夢だ。
「さて、そろそろ僕も仕事をしなくちゃね。」
男の子は急に真面目な顔になった。
「君はついさっき死んだんだ。」
この子供は何を言っているのだ。いや、なんて夢だ。自分の夢で自分の死の告知を受けるなんて。というか本当に死んだとしてそもそもどうして死んだんだ?
私は自分の頬を思いっきりつねったが、痛みはなかった。
ほら、やはり夢じゃないか。
「あ、僕を疑っているな。これは夢じゃない。現実に起きていることさ。まあそれを確かめる術は君にはないがね。」
男の子は笑いながら言った。
「さあ話を戻そう。君にはいま、2つの選択肢がある。1つはもう一度同じ世界に生まれなおすこと。まあありていに言えば輪廻転生というやつさ。そしてもう1つは、別の世界に行くことだ。」
彼は言った。
別の世界に行った方が面白そうじゃないか。元の世界はお世辞にも面白い世界とは言えなかった。私は迷うことなく答えた。
「じゃあ別の世界で。」
すると男の子はニッと笑い、手を振った。
「新たな人生に祝福があらんことを。」
「うわーーーーーーーーーーーー!」
真っ白だった世界が崩壊していき、私のなかに記憶が流れ込んできた。それ以外にも見たこともない世界の情景や知識が一気に頭の中に情報の濁流となって入ってきた。
目まぐるしくあふれる情報で頭が焼き切れそうになった。
ドスン...
身体が何かにぶつかった。
いや、私は地面に倒れていた。
「大丈夫ですか?」
近づいてきた人が声をかけてきた。
「はい、大丈夫です。」
私は顔をあげると、オオカミの頭がそこにあった。獣人だ。
しかし私はさほど驚かなかった。
さっき頭の中にはこの世界の常識や、この世界での自分の情報が頭に流れ込んできていた。
この世界には獣人も、他の種族も存在している。
まさにロールプレイングに近い。私がこの世界の私として生きていくのだから。
私は立ち上がって歩き始めた。
自分の行くべき場所はわかっていた。アポロニア学園だ。
この世界では魔法が存在しており、魔法によって世界は発展してきた。
魔法にも様々な種類があり、例えば様々な物質を操るもの、呪いによって相手を苦しめるもの、構造を理解しているものについてそれを具現化できるものといったように、様々なものがある。
そして個々人によってどんな魔法に才があるのかが決まっている。
アポロニア学園は若者の魔法適性を見抜き、育てる場なのである。
さて、私は今日からここに入学するようだ。
また学校かと少しうんざりはするが、前の世界では見たこともないような世界がきっと私を待ち受けているのだろう。