夏恋物語
ミーン、ミンミンミー、ミーン、ミンミンミー。
蝉の鳴き声が五月蠅い7月の下旬、僕は近所の公園のベンチに一人座っていた。
その日の最高気温は38度の猛暑日で公園のベンチに座っているだけで汗が噴き出してくる。僕は家に帰れば涼しい部屋で過ごせるにも拘わらずこうして公園のベンチに座っているのには訳があるのだ。
「こんにちは、ごめんね、待たせちゃったかな?お詫びにこのお水をあげよう。」
そう言って僕にペットボトルに入った水を差し出しつつ声をかけてきたのは僕がこの公園にいる理由でもある一人の女性だ。
「僕も今しがた来たところですよ。それにこうして陽と風にあたりながらぼうっと過ごすのも悪くないですしね。」
僕は彼女から水を受け取りながらそう返した。
彼女との出会いは二週間ほど前になる。僕は夏休みの宿題を終え暇をしていた。家でぐぅたらと過ごすのも何か味気なく近所の散歩に出かけたのだ。そうして一通り歩いたところでこの公園が目に入ったのだ。その時の僕は大分歩いて少し疲れていたためこの公園で少し休んでから帰ろうと立ち寄ったのだ。
僕は公園のベンチには先客がいたため、先客とは少し離れたベンチに座った。その先客こそが彼女だった。
僕がベンチに座り空と流れる雲を見つめながら休んでいると彼女が話しかけてきた。
「こんにちは、良ければ私と少しお喋りしませんか?」
彼女は僕の隣に座りながらそう屈託のない笑顔を浮かべて話しかけてきた。よろこんで。僕はそう答えて彼女とのお喋りに花を咲かせた。それから僕と彼女は毎日昼過ぎにこの公園でお喋りをしている。
「最近は君とこうしてお喋りしているおかげで仕事がとても順調に運んでいるよ。根を詰めすぎるのは人間良くないね、定期的に息抜きをしなきゃダメだね!」
彼女はそう伸びをしながらそう言った。
「そういえばここ2週間毎日昼過ぎに公園に来てますがお仕事って何されているんですか?」
普通の社会人ならこの時間帯はオフィスなりどこかで仕事中のはずだ。しかし彼女の服装は完全にラフな私服で外回りの休憩みたいな服装には見えない。しかも僕たちのお喋りは大体一時間程だ。そんなに長く休憩していたら流石にまずいだろう。しかしそれを二週間続けている現状彼女はそれができる状態だ。ならば彼女の仕事はなんなのだろうか。そう疑問に持つのは不思議なことではないはずだ。
「なになに?私に私生活が気になるの?どうしよっかなー。おしえちゃおっかなー、やめちゃおっかなー」
彼女は心底楽しそうにニヤニヤと笑いながらそう言いた。
「先ずはあれだよ。人の事を聞く前に自分から、だよ。君は普段何をしている人なのかな?」
人に尋ねるなら自分から、それはおかしい事じゃないし僕は自分の事は話すのが特段嫌いなわけでもない、また彼女の事が少し気になっているのは否定できないため僕は自分の事を話した。
「分かりました。そういう事ならば。といっても何も特別なことはありませんよ。近所の高校に通うただの高校生です。今は夏休み中で夏休みの宿題もすべて終わらせて暇つぶしに散歩をしていたらこの公園に、延いては貴女に出会い、今に至ります。」
「え?まだ7月だよ?もう夏休みの宿題終わらせたの!?早くない?私なんか夏休み終了一週間前に急ピッチで友達に助けて貰いながら終わらせてたんよ!今の子ってそんなに早く終わらすの?それとも量が少ないとか?」
僕は小学生の頃から夏休みの宿題は7月中に終わらせ8月は自由気ままに過ごしている。彼女から見たらそれはとても驚きの事らしい。
「いや、宿題の量は他の学校とそんなに変わりませんよ。それよりも夏休み最後の一週間まで宿題を残すってズボラ過ぎません?もう少し計画的にやろうとか思わないんですか?」
「うぐっ。その言葉は今とても胸に刺さるからやめてぇ。」
何故か彼女はとても苦しそうに胸を押さえながら小さい声でそう言った。
なにか無計画に行動して失敗したのだろうか。流石にかわいそうなので突っ込んで聞くのはやめておこう。
「気を取り直して私の事が知りたいのだったよね。私はここの近所に住んでいて、仕事は小説家をしているの。決してすねかじりニートとかじゃないから。昼過ぎにラフな格好をして出て来られるのはこれが理由ね。ちなみに先ほどの無計画云々はずーーっと昔から担当編集に言われてる言葉です。私って締め切りが近づかないとやる気が出ないっていうかできないのよね。それで締め切りぎりぎりになるか一回締め切りを破ってから原稿が完成するからその度にもっと計画的にしなさいって小言言われてるんだよねー。」
彼女はそう教えてくれた。
「へー小説家さんなんですか、どんな作品書いているんですか?」
僕は普段本を結構読む方だ。でも最近は興味ある本は手を出し尽くしていて読む本が無い状態なのだ。推理、恋愛、SF、ラノベなんでもござれだ。
「私は恋愛小説だよ。聞いたことない?桜恋って小説。」
桜恋、たしか今10代女子からの人気の恋愛小説だ。朝のニュース番組とかでも取り上げられるほど人気絶頂の作品だ。
「知ってますよ、朝のニュース番組とかでも取り上げられてましたよね。クラスの女子達でも話題になってましたよ。」
「本当!それは嬉しいなぁ。なかなか生の声ってのは聞けないからね、新鮮だよー。」
そう彼女はニコニコ笑いながら嬉しそうに言った。
それから2、3の話題を話しているうちにもう2時間も経っていた。
「あ、もうこんな時間か。」
彼女はそう言って立ち上がった。
「貴女とお話しするのはとても楽しいですから時間があっという間に過ぎてしまいます。」
僕もそう返しつつ立ち上がった。
「じゃあ帰り道には気を付けるんだよ?」
「ええ貴女もお気を付けて。桜恋は今度本屋にでも行って買って読んでみます。感想楽しみに待っていてください。」
僕はニヤッと笑いそう告げた。
「直接感想言われるのは照れますなぁ。いやまぁ、うん!感想も待ってるよ!」
彼女は照れくさそうに言いながらニヘらと笑った。
「では、また明日いつもの時間に」
「うん、また明日。」
そう言って僕たちはそれぞれの帰路に就いた。
また明日、同じ場所、同じ時に彼女と会える、彼女と過ごせる。それを楽しみに僕は家へ帰るのであった。