07話-失敗
「気絶グセを治そう。まずはそこからだね。正規の仕事の時は最初は僕と一緒に行こう」
そう言いながら、そんな私を気遣うセリフを吐きながらナザックさんは笑顔で手を振り『早く行け』と私の背中を押します。
こうなったらヤケです。
たとえどうなろうとも初めてのお仕事です。
震える足をぺしぺし叩いて何とか動かして、いつも遠くから眺めるだけだったお城へと向かいます。
ロイさんごめんなさい。
今日は帰れないかもしれません。
明日もその次の日も帰れないかもしれません。
でも初めてのお仕事なのです。
ゴミ掃除以外のお仕事なのです。
社長室へ稟議書を持っていくようなものです。
だいじょうぶ。私は大丈夫です。
そんな事を考えていると目の前には大きなお城へと続くお堀と石橋が見えてしまいました。
橋の入口と出口、その先の城門には槍を持った衛兵さんがいっぱいいます。
あれに刺されるときっと痛いです。
どうせなら心臓を一撃で狙ってほしいです。
「あっ、あのっ……あのっ……」
「はい、どうしましたか?」
全身鎧を身に着けた私の倍ぐらいの身長の衛兵さんが、見た目とは裏腹な優しい返事をくれました。
そうです。いつもゴミ掃除をした後に衛兵さんを呼んだときはちゃんと話せるのです。
最初はこんな気分でしたが、最近は大丈夫になりました。
きっと慣れます。
私の経験値が足らないから怖いのです。
「あっ、あの……その……」
ですがなんて言えば良いのかわからず、言葉が出てきません。
でも衛兵さんはじっと私が話すのを待ってくれています。
「お嬢ちゃんどうしたんだい? お城には入れないから遊ぶなら広場にいくといいぞ」
この格好が遊んでいる格好に見えるのでしょうか。
形だけはシャツとスカートですが、ロイさんに貰ったお古を頑張って縫い合わせたボロです。
しかもゴミを入れる籠と箒を手にしているのです。
封筒は狙われないように服の中へ、お腹にピッタリとくっつくように隠してあります。
びっしょりと冷や汗をかいてしまっているのでふやけているかもしれませんが、成功率を計算した結果これが最善という判断になったのです。
「お届け物が……王女様にお届け物があって」
「ん? はははっ、お嬢ちゃん、そういうことを言われても許可書を持っていない人は通してはいけない決まりなんだ。陛下に陳情がある場合は、法務局に行くと良い。大丈夫、我らが王女陛下はどんな国民の声にもお耳を傾けてくださる」
衛兵さんはそういって私の手を引き、お城から遠ざけようとします。
だめです。
初めてのお仕事が失敗に終わると私の命も終わってしまいます。
「ちっ、ちがっ……わ、わたしっ、そのっ」
「おい、エリック、なにしてんだ?」
せっかく落ち着いて説明をしようとした瞬間、別の衛兵さんが声を掛けてきて私の言葉は見事にスルーされました。
「あぁ、この嬢ちゃんがなぁ……」
「ん? 変わった耳だなぁ……嬢ちゃん、お父さんかお母さん……は……」
私の身長が小さすぎるせいで、すっかり迷子の子扱いされました。
ですが、この衛兵さんは私の頭の先から足の先まで眺めたかと思うと、もう一度私の顔を見てから私の胸に視線を固定しました。
もしかして私は衛兵さんに捕まって……身体を……。
つい先程、人生で初めてそういうことがあったせいで、私は良くない方向へ考えが傾いてしまいます。
だめです、この人にも家族がいてとてもいい人のはずです。
見た目で判断していいのはゴミだけです。
「お……おま……そのバッジ本物か……?」
「あん? あ……え? 審議官証? お前それ何処で拾った?」
そんな事を考えていたら、勝手に話が進んでいました。
しかも私がこのバッジを拾ったことにされそうな展開になっています。
「こ、これは昨日、王女陛下より……賜りました……っ。きょ、今日は陛下にお手紙をお持ち……し、しましたっ」
カミカミですがなんとか言えました。
足がガクガク震えて体中から汗が吹き出します。
「……エリック確認してこい」
「あぁ。照会してくる。嬢ちゃん名前は?」
「リエ……です」
私が名前を言うと、衛兵さんが橋の向こうへと走っていきました。
一人残った衛兵さんと二人、気まずい時間が流れます。
せめて気を紛らわせるためにお堀に流れる水面を見つめて衛兵さんと目を合わせないように気を紛らわせます。
こういうお堀は水が停滞していて緑色に染まりそうなのですが、このお城はお堀まで綺麗です。
水面が太陽の光を反射してキラキラと輝いています。
「あっ……」
外から水を引いているのでしょうかと思っていたら、プカプカとゴミ袋が流れてきました。
こんな綺麗なお堀にゴミを流す人が居るようです。
でも風で落ちたのかもしれません。
この沈黙が耐えられず、せめて気を紛らわせようと目についたゴミを掃除しようと思いました。
しかし、私は直ぐにお堀へと向かおうとしてハッと気づきました。
流石に勝手にお堀に入っては釣り上げられた魚よりひどい目に会うことは明らかです。
「あの、あそこのゴミ拾ってもいいですか?」
「んあ? ゴミ? あ、あぁ、別に構わんが……って、嬢ちゃん! そこ深いぞ!」
私は箒と籠を岸に置いてお堀へザブンと入りました。
見た目から誤解されがちですが、鼠獣人は泳ぎが上手いのです。
それはもう犬獣人の人よりも、狐獣人の人よりもうまいのです。
流石に人魚族の人には負けてしまいますが……。
私はじゃぶじゃぶと水をかいてスグにゴミに手を伸ばすと岸へと戻りました。
「あーあ、嬢ちゃんびしょ濡れじゃないか……」
「すいません、ゴミが流れていたので……せっかくきれいなお堀なのに……」
「そ、そうか……」
衛兵さんがドン引きしているような気がします。
目すら合わせてくれません。
「あっ…………」
白いシャツが濡れたせいで肌にぴっとりと張り付いていました。
それはもう、年頃の乙女としては見られてはいけないところまではっきりくっきり見えてしまっていました。
ですが……
「封筒……濡れ……ぁ……ぁぁ……」
なんてことをしてしまったのでしょうか。
大事な陛下へのお手紙を事もあろうに私が濡らしてしまいました。
言い訳すら出来ないほど私のミスでした。
「ぅぅっ……ふぇ……うわぁぁぁぁぁっんっっ」
「おっ、おい、嬢ちゃん! 泣くなって! おーいっ! ほら、これで身体拭いて!」
衛兵さんがタオルで頭から拭いてくれるのですが、そんなことで泣いているのではないのです。
初めて経験してしまった自分の凡ミス。
その判断を呪わずにはいられませんでした。
王女陛下やナザックさんに申し訳なくて、どうお詫びすれば良いのかわからなくて。
私はその場に座り込んでしまい、立つことも、涙を止めることも出来ませんでした。