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19話-押し倒された私は

「はぁ……」


 ベッドに腰かけたナザックさんが大きなため息をつきます。




 結局宿屋は見つかりませんでした。

 見つからなかったというのは半分正解ですが、半分外れですね。


 実に十三軒。

 全ての宿屋に空き部屋はありませんでした。


 二人部屋が人部屋。

 もしくは四人部屋やシェアするような大部屋は空いていました。


 ナザックさんは結局、二人部屋を一つ借りることにしたようです。




「リエ、ごめん。気になるなら俺適当に受付にあったソファーで寝るから」


 私は別の宿屋でも良いと言ったのですが「何をしでかすか分からない」と結局同じ部屋に泊まることになりました。


 これはなんでしょう。


 同じ部屋に泊まらされるとは思いませんでした。


 これは……フレイアさんやシンシアさんに心配されていたような事になってしまうのでしょうか。


 ナザックさんと同じ部屋……。


 逃げたほうがいいでしょうか。




「リエ?」


 私としては別に気にはしていません。

 ですがフレイアさんが気にしていたような、身体を触られたりという事になってしまっては大変です。


 その時は報告をしろと言われています。

 私が報告するとナザックさんがどうなってしまうかはわかりません。



「…………あっ」


 すでに手を握られてしまっていました。

 しかも抱き抱えられてここまで来てしまっています。

 忘れていました。


 これは報告すべき事項でしょうか。




「リエ? おーい……リエ?」


 フレイアさんが言っていた「すぐに」というのは直後という事でしたら急がなければなりません。

 仕事が終わってからでもいいでしょうか?




「おーい……」

「――!? ひっ、ひはひへふ……」


 ナザックさんに突然頬を引っ張られました。

 考え事に夢中になり過ぎていたようです。


「一応だけど、何考えていたか教えてくれる? 今後のために」


「……フレイアさんから……その……ナザックさんに身体に触れられたら報告するように言われてて……」

「触らないよ……!」


「すでに手を握られて抱き抱えられたので……報告しに戻ろうかと……考えてました」



 私は正直に考えていたことを打ち明けます。

 ナザックさんは「何言ってんの」というような表情を見せたあと頭を抱えてしまいました。




「んーーっ……んー陛下の言っていることはあれだよ、リエが嫌がっているのに無理やり触ったらってことだから!」


 私が嫌がってる時?

 無理やり?


 つまりこの間、路地に連れ込もうとした男のようなことをするつもりなのでしょうか。

 ナザックさんに……無理やり……?


 想像してみますが、よくわかりません。

 嫌な気持ちになるのでしょうか?




「あの……」

「…………なに?」


「よく分からないので、ちょっと試してみてくれませんか?」

「…………はっ?」


 ナザックさんの表情がさらによく分からないものになってしまいました。

 でも私だってよく分かりません。




「あのなぁ、そう言うことは好きな男に……あー、違うな、もしかして俺がそう言うことをしたとして、気になるのかどうか試したいだけか」


「……? だからそうお伝えしている通りですが」

「………………はぁ」


 ナザックさんは長い間じっと私の方を見つめてきて何かを考えているようでした。

 もしかして私はまたおかしなことを言ってしまったのでしょうか。




「わかった……試すだけだからな? 泣くなよ?」

「はい……どうぞ」


 そう言った途端、座っていたベッドに仰向けに押し倒されてしまいました。


 両手首を押さえられ、動きません。

 見上げるとすぐにナザックさんの顔……表情のない真面目な……顔がありました。


 両腕を片方の手で掴み直され、ナザックさんの右手が私の首筋へ触れました。


 なんでしょうかこの気持ち……。

 今から私はどうなってしまうのか分かりません。

 命を取られるようなことは無いのは分かります。



 男女の付き合いというのは、すっかり記憶の引き出しの奥深くに入ってしまっているのか、思い出せません。


 ですが……今、怖いかと聞かれるとどうでしょうか。

 少なくとも恐怖は感じません。


 どうなってしまうのだろうという不安はあります。

 ナザックさんの指先がゆっくりと首から鎖骨の方へと下がっていき、服の襟元から少しだけ奥へ入ります。




「………………」


 開いたままのカーテンが気になり顔を倒すと、ナザック人の指が離れました。


「……?」

「ごめん……やり過ぎた」


 私が視線を戻すと、ナザックさんは既に隣のベッドへ座っていました。




「…………そうですか」

「どっ、どうだった?」


 私が試して欲しいと言ったからには感想を求められるのはおかしなことでは無いでしょうが……。


 なんと答えればいいのでしょうか。


 怖かったか、怖くなかったか。

 ――怖くはありませんでした。


 なぜあの時の酔っ払いのときは怖くて、ナザックさんだと怖くなかったのでしょうか。

 もしかしたら、手つきや表情が優しかったからでしょう。


 あの時の酔っ払いは無理やり私の腕を掴んできて、私は即座に腕を『分別』してしまいました。

 今回は優しく触れられたので、そんな考えにすら至らなかったのでしょう。




「…………リエ?」


 私からお願いしたのに感想すら言えないなんて申し訳ないです。

 ですが、どれだけ考えても言うことが思い浮かびません。


「怖くなかった……です」


 結局私は思った通りのことだけを伝えました。




「そっ、そうか……」


 ナザックさんはそういうと黙り込んでしまいました。

 部屋の中に沈黙が流れます。


「あー……そ、そうそう、今回の目標について教えておくよ」

「……はい」


「今回の目的はこの街の端、貴族街に居を構えるとある男爵だ」


 ナザックさんの話では、王都で住んでいたその男爵とやらがこの街に飛ばされ、謀反を起こしたという身もふたもない話だった。

 おそらく私に分かりやすいように教えてくれたのでしょう。


 理由がどうあれ、やってはいけないことをやったのですから報いは受けなければなりません。




「でもなー男爵本人をあの屋敷から探し出すのも苦労するんだよなぁ」

「…………?」


「ほれ、『審判』は近くにいないと使えないだろ? まず本人や関係者を探し出すところから始めなきゃいけないんだ」


 そのための一週間という期間だそうです。

 ここまで1日と掛からず到着したので、ほかにもすることがあるのかと思っていた。




「ナザックさん」

「……ん?」


「お屋敷がわかるなら……家ごとまとめて燃やせば……」

「悪魔かっ!?」


 悪魔呼ばわりされてしまいました。

 ですがどうせ処分するなら、ゴミ箱の蓋が開かないなら、ゴミ箱ごと処分してしまえばいいのです。


 普通のゴミでは分別しないと怒られますが、社会のゴミなぞそれで十分なのです。




「あのなぁ、使用人たちは関係ないかもしれないだろう? それに、なるべくなら証拠を見つけたい」

「…………なるほど?」


「まとめて『審判』してしまえば……」

「だから、それができれば苦労しないっての」


「…………」

「…………あぁ、すまん、考えがあるなら聞くからゆっくり話してくれるか?」



 ナザックさんが「ふぅ」と息を吐き、身体の力を抜いたのが分かりました。



「『分別』……は、結構広いところに……使えます。使うと全員浮いてきます」

「屋根があるときは?」


「……力の入れ具合ですが……突き破って出てきます」

「…………なんちゅー魔法だそれ」


「『分別』です」

「あぁ、ええっと、それで?」


「あとは自分の方へ引き寄せて『審判』です」


「つまり俺が『審判』を使うなら、全員探して集める必要があるが、リエなら『分別』で全員強制的に集められるというわけだな?」

「…………はい。多分?」



 矢継ぎ早に確認されましたがその通りです。


 昔、ゴミ屋敷と呼びたくなるほどの家が気になっていたことがありました。

 毎日毎日通るたびに気になり続けて、最終的に家ごと『分別』したのです。


 ――夜中にこっそりと。


 住んでいた人が居なかったのが幸いでした。

 きっと毎日の小さなイライラが爆発してしまったのだと思います。


 家の壁や屋根を突き破って飛び出してくる大量のゴミ。

 もう少し魔力を入れていたら家ごと浮いていたかもしれません。


 結果、その家のゴミは全て素材へと分別され、綺麗さっぱりしました。

 未だにあの家のご近所さんの間では謎の事件として語り継がれています。


 私は勝手に人様の家のゴミを感情任せに掃除してしまった罪悪感で、数日教会に通ったことを今でも覚えています。




「ふむ……つまりそれが成功すれば1日で仕事が終わることになるのか……どれ、ちょっと偵察に行ってみるか」

「わかりました」


「いいか? 一応決まりだから改めて言っておくぞ?」


 ナザックさんが特別審議官としての心構えのような何かを説明してくれました。



「俺たちは超法規的な役割を持っている。だから当人や関係者以外には立場がバレないようにするんだ」

「……わかりました」


 誰にも知られることなく、お仕事を完遂する。

 それが決まりだそうです。


 関係者というのはどこまでの範囲でしょうか。

 親族や同じ組織の人間なら問題ないでしょうか。


 こういうのは結局「本人の判断に任せる」という玉虫色の決まりなのでしょう。


「じゃあ、行くか」

「わかりました」


 私たちは宿を出てナザックさんが言う貴族街へと向かったのでした。


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