01話-ゴミ掃除人のリエです
皆さんこんにちは。
私の名前はリエって言います。
街のゴミ掃除をしながら生活をしています。
年は多分来週で15歳になります。
“多分“というのは、私が孤児院に捨てられていたために正確な誕生日がわからないからだとシスターさんが言ってました。
12歳で孤児院を卒院し、このパン屋さんの屋根裏にご好意で住まわせてもらってます。
私なんかが食べ物を扱うお店で住むわけにはいかないと言ったのですが、ご主人は「気にするな」と笑いながら受け入れてくれました。
その時の泣きっぷりは私的に歴代二位ぐらいでした。
三位は12歳を迎え孤児院を出ることになった日。
一位は生まれる前の自分を覚えていたことに気づいた時でしょうか。
あの絶望感はいまだに忘れることがないですし、これからも忘れられないでしょう。
「ふぁぁぁ〜……そろそろ起きなきゃ……」
私の一日は水浴びから始まります。
裏庭の井戸をお借りして頭から水を被り身体中念入りに洗います。
こんな見た目だからこそ、人一倍綺麗にしておく必要があるというのが私の信条です。
冬場は身を切るような冷たさにへこたれそうになりますが、何事も我慢です。
「ロンさんおはようございます!」
「おう、リエおはよう! 今日も濡れ鼠だな!」
頭をタオルで拭きながら店へと戻ると、この店の主人ロンさんがいつもいじってきます。
最初は少し凹みましたが、これがロンさんの気の使い方なんだと気付いたときは心が温くなりました。
「今日もゴミ掃除行くのか?」
「はい、街が綺麗だと皆さん嬉しそうにしてくれますし、私にはゴミ掃除しか出来ません」
ロンさんに頂いたパンをお腹に放り込み、ゴミを入れる籠と袋、箒を持って店の裏口から外へ出ます。
「ふぅ……今日も頑張りますので、よろしくお願いします」
お店から出た先、この大きな街の中央に見える王城と、その近くにある大聖堂に向かって一礼してから私のゴミ掃除が始まるのです。
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「はぁ〜パン美味しい……」
お昼になると公園の隅の方でロンさんにもらったパンを齧ります。
公園には人間や獣人の人たちが運動したり散歩したりする姿がいつもあり、皆さん幸せそうです。
幸せそうな人を見ると私まで幸せな気分になります。
幸せエネルギーを補充させてもらっているんでしょうか。
この国……この世界にはいろんな人種の人がいます。
人間や森人族、犬の獣人や狐……手が羽になっている人だっています。
滅多に見かけない種族の方を見かけると、良いことがありそうな気持ちになれるんです。
私は芝生に座り、頭から生えた丸い耳をつまみ、腰から生えている細く長い尻尾を指先で弄ります。
クルクル……クルクル……
昔は友達と話ししている時、髪をこうやって指でクルクルする癖がありました。
灰色の体毛に覆われた鼠の耳に、殆ど体毛が生えていないみすぼらしい尻尾。
誰がどう見ても私は鼠の獣人。
どこに行っても、いつになっても、それは変えられない事実なのです。
『ドブネズミ』と虐められたこともありました。
こんなにいろんな種類の獣人がいる世界で同族を見かけたことがありません。
父親すら……母親すら……見たことがありません。
でも頭に鼠の耳が生えていたり、あまり可愛くない尻尾が生えていたりしますし、身長も同い年の女の子に比べると頭ひとつ分ぐらい小さいですが、顔は整っていると自負しています。
見たことのない両親に感謝です。
「さーて、お昼も頑張ろう!」
パンを全て平らげると、私はゴミの入った籠と袋を手に立ち上がり仕事に戻ることにしました。
あ、私がゴミ掃除を仕事にしている理由を言っておきますね。
別に差別されたからとか、鼠の獣人だからというのは関係ありません。
ゴミ掃除は立派な仕事だと思ってます。
その仕事ができることに感謝してるんです。
そもそもこの仕事がなければ街中ゴミだらけです。ゴミが増えると異臭がしたり、良くない病気が蔓延したりもします。
それに、カラスやネズミだって寄ってきちゃいます。
ある意味、街の美観を守る最前線の仕事なのです。
私がこの仕事を頂けたのは、私の能力のためです。
この世界の人たちは魔法が使えます。
しかもその魔法にも、固有の魔法を使える人もたまにいるのです。
私は幸運にも固有の魔法を使える方の人でした。
少し使い勝手が悪いですが、慣れれば楽チンなのです。
ちょうど目の前に、どこかのバカが捨てたゴミ袋の山がありました。
鳥に突かれて破れた袋から生ゴミや瓶や、よくわからないものが飛び出して芝生に散乱しています。
お腹も膨れたことですし、ゴミ掃除に取り掛かるとします。
「……『分別』」
私はゴミに手をかざすと魔法を発動させます。
この魔法は対象のゴミを宙に浮かせて、種類ごとに分けることができます。
「えっと……こっちは『焼却』」
紙系のゴミはその場でチリより小さな灰レベルまで燃やします。
焼却と言ってますが実際に燃やしているわけではなく、なんかこう、サーッとチリになるように消えるんです。
「こっちの瓶は……『洗浄』『拘束』」
フヨフヨと宙に浮いた瓶が水球に覆われ、洗濯機のように回転する水流で綺麗になると、白く光る紐のようなもので一纏りになります。
これで瓶は回収所に持っていって引き取ってもらうことができます。
瓶ゴミ百本で二日分の食材ぐらいは買える計算なので、街の綺麗を願ってゴミを掃除してますが、ゴミがないと私の仕事もなくなるので困ったものです。
「この……なにこれ? 鉄かなぁ……大事なものは無さそうだし……『溶解』」
鉄系は全部まとめて『溶解』をかけると、真っ赤になって立方体のインゴットのようなものに変わります。
残念ながら金属の分別は適当です。
ある意味合金ですし、いいでしょう。
こうやってインゴットにしておくと武器屋さんや防具屋さんが高く買ってくれるのです。
「ふぅ……あっ、生ゴミ……かぁ、もったいないなぁ……『分解』」
ベチョベチョとして悪臭を放っていた生ゴミが一瞬で砂のようになり芝生の隙間へと落ちていきます。
この『分別』『焼却』『洗浄』『溶解』『分解』『拘束』の魔法。
いつから使えるようになっていたのか覚えていませんが、気がつけば孤児院でもこの魔法を使ってゴミ掃除をするのは私の仕事でした。
今回は使いませんでしたが、分別したゴミの種類がわからない時に使う魔法もあります。
一見便利そうなのですがこれらの魔法は、『分別』を使わないと他の魔法が使いないのです。
そういう意味では一つの魔法ではなくゴミ掃除にしか使えない一連の魔法と言った方がいいでしょうか。
「今度はあっちかなぁ」
お世話になっているパン屋さんを中心に1キロ圏内……その辺りがこのだだっ広い王都での私の仕事場で、私の生活範囲なのです。
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「はい、リエちゃん今日もありがとね。リエちゃんの持ってくる空き瓶はいつも綺麗で評判いいんだよ。またよろしくね」
いつものゴミ集積所のおじさんに、集めたゴミを渡すと少しばかりの小銭を受け取ります。
あとはパン屋さんの周りと家の中を徹底的に掃除すれば今日のお仕事は終わりです。
私はなるべく人通りの少ない裏道を通って家に帰ります。
一日中掃除をしていると、綺麗好きの私でも流石に臭いや汚れが凄いからです。
ゴミで汚れた姿を見られるのが嫌ってわけじゃないんです。
晩ご飯の時間であるこの時間に、異臭を撒き散らす自分が私的に許せないだけなのです。
「んだょてめぇ! こんな店潰してやるよぉっ!」
「ひっ、やっ、勘弁してくださいっ!」
「ウルセぇ! うらぁ!」
「ひゅーさっすが兄貴、すげぇ!」
……ダース単位の酔っ払いです。
最近見かけなかったのですが、たまにいるんです……ああいうのが。
ただの酔っ払いなら適当に見て見ぬ振りをして通り過ぎるんですが、店の中で喧嘩しているらしく、通りの方まで壊れた椅子や酒瓶が転がり出てきてます。
店のおじさんがかわいそうです。
このバーのおじさんは男手一つで小さな男の子を育ててるのです。
「少し残業しますか」
私は箒を片手に、店の入り口から中をのぞきます。
「うわぁ……」
こじんまりとした店内の壊れっぷりは大変なものでした。
「…………『分別』」
「んだぁっ!?」
「うわぁぁっ!」
「う、浮くっ! な、なんだこれっ!」
店内で騒いでたゴミが宙に浮き、勝手にいくつかのグループに別れます。
「て、てめぇの仕業か! おろしやがれ!」
「このガキ! 潰すぞ! さっさと下ろせ!」
「今日のゴミは生きが良いです――『審判』」
あまり使うことのない『審判』という魔法ですが、これは分別したゴミがそれぞれ違う色に淡く光ってどういう種類のゴミかが解るようになるので、良く観察出来ないゴミを掃除する時に便利です。
「そっちの青いのは『洗浄』」
「ぎゃぁぁぁっっ」
「ひぃぃぃっっ」
「…………これでよし。生きが良いゴミはやっぱり時間がかかりますね」
「…………あ、あれ……おれ……なにしてたんだっけ」
「うっ……いてて……なんで酒場にいるんだ?」
殆どが青色のゴミだったので、まとめて『洗浄』をすると数日の記憶を洗浄された酔っ払いたちが正気を取り戻します。
「あなたたちは酒場に迷惑をかけたので、壊した分も含めて弁償すると良いと思います。次は黄色ですね」
黄色のゴミが一番面倒です。
何しろ、捨てるかもう一度使えるかの判断が難しいからです。
「少し青色が混じっているのは『洗浄ー分解』。赤色が混じっているのは『洗浄ー分解ー拘束』」
『分解』を人に使うと、良くないことをした部分の記憶が分解され、罪悪感に変化するみたいなんです。
たいていのイキっている小悪党はこれで泣いて謝り始めます。
泣きながら謝るなら最初からやらなければいいと思います。
「あと、真っ赤なのは問答無用で『洗浄ー溶解ー拘束』」
『溶解』は頭がパーになるわけではなく、なんと言いますか……一応真人間になります。
たぶん……。
作用は分かりませんが、自分のやった罪に対して死ぬまで泣きながら懺悔するようになるので、作用はよくわかりませんがそんな感じです。
頭を丸めて、刑期を終えて出所してからも死ぬまで地面を舐めて綺麗にし続けるようになった人もいました。
不思議な作用です。
「この真っ赤なゴミは衛兵さんに引き渡しですね」
問題は残り……。
「……真っ黒なんて見かけたの五回目です」
真っ黒の光を放つ粗大ゴミ。
これはリサイクルすらできず街に悪影響しか及ぼさないと判断されたゴミです。
誰が判断しているのか解らないのですがそういうものなんです。
最初はどうすれば良いのかわからなくて衛兵さんを呼んで相談したこともありました。
基本的に生かして捕まえても良いですが、見つけたらなるべくその場で処分してくださいという手配が回っているゴミだそうです。
拘束して引き渡しても逃げる可能性や、衛兵さんに危害が及ぶ可能性もあるそうなのでなるべくその場で処分してほしいらしいです。
「てめぇ! おれを誰だと思ってやがる!」
「はいはい、騒がしいですよ……『分別ー焼却』」
分別された粗大ゴミをさらに分別して、使えるものと証拠になる部分に分けます。
黒色の光を放っていた粗大ゴミからベリベリと嫌な音がして、色々と分別されていきます。
装備品やお金、髪の毛やその人物だとわかる包装部分ですね。
残りは粉になるまで焼却して終わりです。
「ほら、貴方たちは店に弁償してさっさと帰るのです。それともさっきの人みたいに焼却されたいですか?」
「ひっ、ひぃぃぃっっっ」
有り金をその場で投げ出し店から逃げるように出て行く元客を見送り、店の中の壊れたゴミや汚れを掃除します。
「よし、お掃除完了ですっ」
「リ、リエちゃん! ありがとう! ありがとう……助かった……」
「いいえ、気にしないでください。報奨金もちゃんとおじさんがもらってくださいね?」
むしろ営業中の店の中でゴミ掃除を始めてしまい申し訳有りません。
それにこのおじさんには、返しきれない恩があるのです。
孤児院を出たばかりの私が、雨の中彷徨ってた時に頂いた一宿一飯のお礼はこんなものでは返しきれないのです。
私はおじさんに衛兵を呼んでもらい、黒い粗大ゴミの分別品を袋に詰め、元お仲間だった男に持たせておきます。
分別品を手渡された男は気が狂いそうなほど泣き叫んでましたが、私にはカンケーありません。
店のおじさんに挨拶をして、店にいた他のお客様に騒いでしまったお詫びを伝え、私は下宿先へと帰りました。
次は12時頃更新します!
二日か三日に1回ぐらいは更新したいなぁ……
そこまで長くはならないと思います。
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