18話-泊まるところを
「しかし、まさか王都に戻っているとは思わなかったなぁ」
「……ぐすっ……うぅ……ごめんない……」
結局、戻らない私の場所を確認し驚いたナザックさんも審議所に転移してきました。
それから二人してもう一度出発して森の中腹までやっと戻ってきたのです。
ごめんなさい。
「あっ、ごめん、責めてるんじゃないよ。失敗は誰だってあるし、使い方を教えていなかった俺が悪い。そ、そうだ、まだ大丈夫か? 眠いならちょっと休むけど」
「だっ、大丈夫です! 行きましょうっ!」
「ぉぉぅ……元気な声初めて聞いた……んじゃ、行くかリエ」
私はコクンとうなづき、カップをナザックさんへと渡します。
カップを受け取ったナザックさんはポケットにカップを入れると、また私を抱き抱えます。
三回目にもなると流石に慣れました。
私はぎゅーっとナザックさんへ抱きつくと、ふわりと身体が浮く感覚に包まれました。
「じゃぁ、夜明け前ぐらいには近くまで到着したいから――行くよっ!」
ナザックさんは先ほどまでより速い速度で北へと向かい始めました。
今まではゆっくりと飛んでくれていたのでしょうか。
周りの景色が見る見るうちに後ろへと流れていきました。
「リエ、慣れたか? 少しスピード上げるぞ」
これ以上スピードを上げられると尻尾がちぎれそうです。
凧の足のように、先ほどから尻尾が風にバタバタと吹かれ根元がちぎれそうなのです。
「ナザックさんっ…………尻尾がっ……あのっ!」
「んー? どうしたーーっ!?」
私が何かを言おうとしているのに気付いてくれて、飛行するスピードが落ちました。
「はぁっ、はぁっ……はぁ……あ、あの」
「すまん、流石にあの速度だと声が聞こえ難くてな」
「尻尾がちぎれそうです」
「…………ぷっ、あはははっ」
笑われました。
ナザックさんにはわからないと思いますが、付け根がジンジンと痛むのです。
しかもフレイアさんにもらったリボンだって解けてしまったらどうするのですか。
「えっと、どうすれば良いかな。腰にでも巻きつけられるか?」
私の尻尾は細くて紐のようですが腰に巻けるほど長くはないのです。
「じゃあ、俺の太ももとか?」
太もも……。
この男、尻尾を自分の太腿に巻き付けろと言いました。
確かに誰も見ていませんが、いくらなんでもそれは恥ずかしすぎます。
「……なぁ、ちょっと聞きたいんだけど、その尻尾って、どれぐらい感覚あるんだ?」
「腕と同じくらいにはあります」
そうなのです。
尻尾を巻きつけるということは、そこに抱きつくのと同じぐらいの感覚はあるのです。
「じゃあ、ゆっくり飛ぶかー痛くなったらまた言えよ?」
ナザックさんは会話が聞こえる程度の、街を出発した頃と同じぐらいの速度に落としました。
でも流石にこの速度だと、お仕事が間に合うのか心配になります。
スピードには流石に慣れてきたので、もう少しぐらい速度を出してくれても……あぁでもそうするとまた尻尾が。
ジレンマです。
私がパンツの中へ隠せば良いのでしょうが、この抱き上げられた格好で、しかも空中にいる今はそんなことできそうもありません。
「あっ、あの……その……速度出して大丈夫……です……」
結局は私は自分の感情より仕事を優先します。
よく考えれば当たり前のことでした。
恥ずかしいとか恥ずかしくないとか、そんなことを言っている時ではないのです。
私はそっと尻尾を動かし、ナザックさんの足へと触れさせます。
そしておっかなびっくり、尻尾の先だけをクニっと曲げ、ゆっくりと足に沿って巻きつけます。
「〜〜〜〜っ」
ものすごく恥ずかしいです。
どこかの世界の人が「くっ、殺せ」とセリフを吐いてしまう気持ちがよくわかりました。
「おぉ……ちょっとこそばゆいな」
笑い事ではありません。
私は必死なのです。
服越しなのに尻尾からナザックさんの体温を感じます。
「じゃ、何かあったら、それキュッと締めてくれればいいから」
ナザックさんが苦笑しながらスピードをぐんぐんと上げていきます。
もはや自分の身体が自分のものではないような感覚に襲われ、目も開けられなくなってきます。
帰りはバッジで戻れるなら、今だけの辛抱です。
私は荷物のように心を殺しながら早く着くように神様に祈り続けました。
――――――――――――――――――――
貿易都市シンドリ――
この街は他の大陸からの船が商売のために商人さんがたくさん来るそうです。
朝日に照らされるシンドリの街は王都とは違い、小さな、それでいて活気に溢れていました。
「人が……多いですね」
まだ朝日が顔を出したばかりだというのに、街の中は人で溢れかえっていました。
「漁業が盛んだからね。市場が朝しか開いていないから。とりあえず今夜の宿を確保して、対象の情報収集といきますか」
私ははぐれないように、人で溢れかえる大通りをナザックさんの背中を追いかけます。
はぐれたら街の正門で待ってるように言われてます。
それにしてもゴミが気になります。
綺麗な街ですが、やはり人が多いとゴミも増える。
あちこちに積まれたゴミの山に猫や野鳥の姿が見えます。
猫……。
奴らがいる以上、ゴミに手出しするとどんなひどい目に合わされるかわかりません。
なるべくゴミを見ないようにします。
「あ…………」
少し目を逸らした隙に黒いスーツの後ろ姿が見えなくなってしまいました。
「いた」
少し焦りましたが、すぐ先でナザックさんが待っていてくれたようです。
「ほら、手出して」
「…………?」
「はぐれるから」
そう言ってナザックさんは私の返事を待つことなく手を握ってきました。
「…………」
少しムズムズしますが、仕方ありません。
ナザックさんに引っ張られながら、街の中心部へと向かっていきます。
港には大きな船。
あれに乗れば他の国に行けるのでしょうか。
大通りの左右には露店がたくさんあって、お魚や貝が並べられています。
その後ろの家々の屋根には猫……猫……。
至る所から私を狙っているかのように目を光らせています。
私がネズミだからですか?
それともサイズ的にヤれると思われているのでしょうか。
「リエ?」
「…………あ、はい?」
気がつくと、一件の建物の前で止まっていました。
軒下にぶら下がっている看板を見ると宿屋のようです。
「ちょっと聞いてくるから、待ってて。勝手にフラフラして迷子にならないようにね?」
ナザックさんが扉を開き中へと入っていきました。
手持ち無沙汰になった私は、とりあえず玄関前の階段にちょこんと立ったまま待つことにします。
さらさらと風が吹いてきて前髪に当たりました。
これが潮風というやつでしょうか。
生臭い魚の臭いがします。
「ダメだったわ」
一分も経たないうちにナザックさんが出てきました。
「次行くか、あとは向こうのほうにあった気が……」
そうして私は再びナザックさんに手を引かれ雑踏の中へと戻りました。