13話-朝食は割れたガラス戸の隣で
ふかふかと雲の上に寝ているような感覚でした。
私は部屋は板敷で寝床は布を引いてあるだけです。
それなのにこのふわふわはなんでしょうか。
それにパンのとても良い匂いがします。
(ロイさん……もう来てる……?)
寝過ぎたと思い眠い目を擦りながら無理やり身体を起こしました。
「…………ひぅっ!?」
「リエ様おはようございます。姫様も起きてくださーい。朝ごはんできましたよー」
そうでした……鼠のような小さな脳の私でも一瞬で理解しました。
昨日フレイアさんと添い寝するという仕事を与えられたのでした。
恐る恐る隣を見ると、シーツにくるまったフレイア様が寝息を立てています。
寝巻きが少し乱れて、おへそが見えていたり、お胸が溢れ落ちそうになっています。
羨ましい……。
(はっ!? わ、わ、私はなんで不敬な……よりによって他人のものを羨ましがるなんて……しかもフレイアさんに対して……)
口にしていなくて助かりました。
危うく起きた途端、永遠の眠りにつかされるところでした。
「……リエ様? またなにか良からぬ事を考えてましたね?」
「!?」
やばいです。
メイドのシンシアさんは心でも読めるのでしょうか。
お城で働いている人たちはみなさん高スペックすぎて、少しでも気を緩める訳にはいきません。
「んん…………ん……おはよぉ〜……」
「おっ、お、おはよぅ……ございます……」
「リエ眠れたぁ〜?」
「は、はい!」
フレイアさんが起きてしまいました。
目を擦りながら、薄い桃色の唇をむにむにとしています。
可愛らしいです。
こんなに可愛い……美人なお姫様を殺そうとしたゴミが居るなんて信じられません。
ゴミは一つ見つけると近くにもあるものです。
それを生み出す大元があるのです。
私はそういうものを探して、見つけて、これ以上街が汚れないように大元から掃除をしなければなりません。
皮と肉、骨と液。
きちんと分類して処理しなければなりません。
街の人がゴミを見て嫌な気分になる前に私がお掃除するのです。
「リエ様? またですね?」
「――!?」
どうしてでしょう?
私は考えていることが顔にでも表示されてしまうのでしょうか?
「なぁにー? シンシアどうしたの〜?」
「いえ。それよりリエ様、こちらに靴と……リボンです。おつけしますね」
「ひっ……」
心を読むシンシアさんがリボンを持って近づいてきます。
あまり近づかれると、昨日の夜ロイさんのお店の掃除や屋根裏の掃除を少し手を抜いた事までバレてしまいます。
「んん……リエ、ほーら」
突然フレイアさんが私の身体を抱き抱えるとベッドへうつむせにされました。
ふかふかの枕が顔を覆い、なにも見えなくなります。
お尻を突き出したような格好にさせられました。
なにをされてしまうのでしょうか。
昔、お尻の穴から口まで槍を差し込む処刑方法があったという話を思い出しました。
尻尾が恐怖で丸まってしまいました。
「陛下……そういうのが良くないのです。ほら、今にも舌を噛み切って死にそうなほど震えています」
「え……えぇ……リエ、今度は何されると思ったの……」
「おっ、お尻から……や、槍を……ひぅっ……」
「…………や、槍!? なんでそうなるのよぉ〜っ!」
フレイアさんがなんとも言えない表情を向けてきます。
「ほら、陛下。慌てない、触れない、一つのことだけを言う。ですよ」
「ご、ごめんねリエっ、びっくりさせちゃったよね! ほら、シンシアが尻尾にリボン結んでくれるって!」
「ぐすっ……ぅぅ……」
「あーあ、姫さま泣かしちゃった」
「えぇ……リ、リエ? ほらほら、支度して朝ごはん食べましょう? ねっ?」
またやってしまいました。
フレイアさんに気を使わせてしまいました。
一国民として、なんと言う事をしてしまったのでしょうか。
もはや私の命は風前の灯に違いありません。
この食事の後か、フレイアさんをお仕事にお送りした後でしょうか。
きっとシンシアさんや、マーガレットさん、お付きの方々に詰められ、いたぶられ、ゴミのようにされてしまいます。
でもそれも当たり前のことです。
この国の王女陛下のお世話をする方々です。
王女陛下が気を使ったり、心配したりすることのないよう、身の回りを守るのが仕事の方々です。
原因は大元から掃除する。
私と同じお仕事です。
「こほん……陛下?」
「えっ、えぇ……? こっ、これでもダメなのっ!?」
「そう……ですかね……いえ、これは矛先が変わっていますね」
「ほ、矛先……?」
「リエ様?」
「はっ! はいっ!!」
「うわっ、リエそんな大声出せるんだ」
「…………リエ様、次のお仕事です。陛下と一緒に食事です」
「食事……」
一緒に食事をするのが仕事。
フレイアさんは一緒に食事をする相手を、わざわざお金を支払って呼んでいるということでしょうか。
王族とはそんなにも辛いのでしょうか。
お友達も作れず、気を許せる人もいない。
食事も一人で、相手が必要な場合は人を雇い……そこにあるのは愛情や友情ではなく金銭の契約だけ。
そんな人生、私に耐えられるでしょうか。
私は毎朝、ロイさんが一緒に居てくれています。
食べているのは私だけですが、たまに一緒にパンを食べます。
その時は一人で食べるより美味しい気がするのです。
フレイアさんはそんな感情すら、気軽に味わうことができないという事でしょうか。
「少し飛びすぎた気がしますが……まぁ犠牲は陛下だけなのでよしとしましょう」
「シンシア? どうして私の方をかわいそうな子を見る目で見るの? 私何かした?」
「いえ、私が少々目測を誤りました」
「……??」
「それより食事ですよ。陛下、リエ様。どうぞ。食べやすいようにサンドウィッチです」
シンシアさんとマーガレットさんがテーブルに真っ白いクロスをかけ、その上にお皿に乗ったサンドウィッチを並べていました。
飲み物には昨日も頂いた紅茶の香りがしました。
「はい……ふ、フレイアさん、ど、どうぞ」
「〜〜っ! うんっ、リエもほら! 座って座って!!」
私はフレイアさんが椅子に座るのを待って、隣の席へ座らされました。
王女陛下の隣で食事。
うまくできるでしょうか。
サンドウィッチはそこまで難易度は高くありません。
いままで一度だけ食べたことがあります。
挟んである具材には気をつけなければなりません。
大きなものならいいですが、炒り卵のような細かいものだと溢してしまう可能性があります。
いざとなれば『分別』して素材別に分けてしまえば溢すことなく食べられるはずです。
ですがそうすると、粉になってしまった小麦を飛ばさずに吸えるでしょうか。
「リエ様、マナーは気にしなくて良いですよ。こぼしても誰も怒りません」
「…………は、はい」
隣をチラリと見るとフレイアさんが片手でパクパクとサンドウィッチを頬張っていました。
私も一つ、一番小さいものに手を伸ばしお皿のに持っていってゆっくりとかぶりつきます。
「……美味しいです」
「よかったわ」
頂いたサンドウィッチはふわふわのパンに食べたことのないような瑞々しい野菜が挟んでありました。
(……トマト……と胡瓜?)
そもそもこの世界でサンドウィッチなんていう名前、違和感しかありません。
この世界にもサンドウィッチ伯爵がいるのでしょうか。
(……なんとかギュー伯爵でしたっけ)
最近、ますます昔のことを思い出せなくなっている気がします。
意識して思い出そうとしない限り思い出してしまうことが減ったのは、ありがたい話です。
私にとって昔の記憶を思い出すのは辛くなるだけなのです。
「リエ。よく食べるわね。一杯食べてね!」
「………………!?」
フレイアさんの声を聞いて我に帰りました。
考え事をしながら食べていたらいくつも食べてしまいました。
フレイアさんの朝食を……食べてしまいました。
サァーっと血の気がひいていきます。
「ぁ……」
「大丈夫ですよ? まだまだありますから。いつも陛下は食べきれないので食べていただかないと残り物が出て大変なんです」
シンシアさんが颯爽とフォローしてくれました。
結局フレイアさんは三つ。
私は四つも頂いてしまいました。
「そーいえば、リエ」
「はっ、はいっ」
「ナザックからお仕事の話聞いた?」
お仕事……そういえば『俺が一緒に行く』とだけは言われた気がします。
「はい……一緒について来ていただけるようです」
「そっかーあのナザックがねぇ……リエだからかなぁ?」
フレイアさんが指先を唇に当て「んー」と何やら考え始めてしまいました。
カチャカチャとシンシアさんが食器を片付ける音がわずかに聞こえます。
「ナザックね、いつも私が人を増やそうねって言って新人を入れるんだけどさ」
「……はい」
「いつも一人で勝手に仕事に行って一人で終わらせてくるのよ」
「……?」
「なんというか、一匹狼気取りたいのか知らないんだけど、若い子が育たないからちゃんとお仕事教えてねって言っているんだけどね」
総じて男の人はそういうものだと思うのですが、たしかにゴミ掃除は一人でやるより複数人の方が効率がいいのは確かです。
「でも、そんなナザックがさ、珍しく『入れたい人がいるんです』って言ってきたのよ」
それは、あれですね。
よくある『こいつなら部下になっても自分を抜くことは無いだろう』という捻くれ者特有の謎推しだと思います。
目をつけられた人はかわいそうだと思いますが、社会とか会社というのはそういうものです。
究極的には、フレイアさんレベルの方から見れば従業員はまさに歯車。
うまく回ればいいのです。
回すのは社長や偉い人の仕事です。
回るのは下っ端の仕事なのです。
「…………リエの事よ?」
「…………?」
「…………だから、ナザックが初めて自分で部下が欲しいってリエを指名したのよ?」
なるほど。
私ですか。
かわいそうな歯車は私でした。
しかしそれも致し方ない話です。
たった15歳の、女らしさのかけらもない浮浪者にしか見えないのです。
弄り虐め倒すための歯車にはちょうどいいのではないでしょうか。
なぜ私が選ばれたのかと謎でしたが、納得できました。
歯車は何も文句を言わず回ればいいのです。
それがきっと管理監督者にとって一番嬉しいことなのです。
「…………そうですか」
「なんだかまた違うことを考えている気がするけれど…………リエから見てナザックどう?」
「どう、というのはどういう意味でしょうか?」
「男としてとか、先輩としてとか、なんかこう……どう?」
何を聞かれているのかよくわかりませんでしたが、特に考えたことも有りませんでした。
ナザックさん。
黒髪短髪の少し垂れ目の優男。
酒場での仕事を覗き見していた人。
初対面で赤紙……出頭命令を突き出し無理やり私を連れてきた男です。
そのあと、裏路地ではバッジのストーキング機能のおかげで助けてもらいました。
私が半分掃除が終えていたのに、強引に掃除の役割を奪われましたが……あの時は気が動転してたので感謝はしています。
「最初は覗かれてて……結局は無理やりでしたね。次の日は後ろをつけてきて……いきなりで強引でしたけど……あ、でも、血で汚れた服は洗ってくれました」
「え、ちょっ、え? ちょっとリエっ!?」
「え? あ、はいなんでしょうか?」
「あっ、あな、あなっ、貴女、ナザックに何かされたのっ!?」
「何か……?」
「そ、そ、そのっ、リエのっ、て、て、てて……貞操……がっ……」
「陛下、落ち着いてください」
「姫さま混乱中ですね!」
「いやいやいや、シンシアもなにを落ち着いているのっ! ナザックを呼び出しなさい! 即刻諮問委員会を……いえっ! 諮問無しの処分で十分よ!」
「……?」
これは大変です。
ナザックさんの告げ口をしてしまったような形にってしまいました。
このままではナザックさんが大変なことになってしまいそうです。
ですが、なんと言えばフレイアさんは解ってくれるのでしょうか。
「あの、フレイア……さん」
「っ! な、なになにっ!?」
バッと私に抱きついたフレイアさんに後頭部を撫でられます。
しかもすごい形相でした。
とにかく今はナザックさんのフォローをしなくてはなりません。
かと言って、まだ二回しか会っていないのでどういうフォローをすればいいのか判りません。
つまりこういう時は当たり障りのない事を、占いの結果のように誰が見ても『だよねー』というような事を言うしかありません。
「その……ナザックさん、私に優しくしてくれました」
「〜〜〜〜っっ!! ナッ、ナッ、ナザァァック!!」
フレイアさんの絶叫のせいで廊下から大量の騎士さんたちが雪崩れ込んできたのはその直後のことでした。
なかなかの反応の速さでした。
次話は明日8時頃公開予定ですっ
お気に召していただけましたらブクマとか評価よろしくお願いしますっ!