表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/18

04_#timestamp:0000-02-12 23:59:59

#timestamp:0000-02-12 23:59:59



今日、クラスメイトの子が自殺をした。


自殺者を目撃してしまうことは非常に珍しいが、自殺自体は近年の死因を考えれば別に珍しくもない。


老衰を除けば、死因の中で最も高い割合を持つのは自殺だからだ。


こんな情報は、PALSを用いて医療セクタにアクセスすればだれでも手に入れることができる。少なくとも、今の時点では。


ただ、実際にアクセスする人間は一握りだっていないだろう。そういう社会なのだ。


だからというわけではないが、私はその生徒の自殺は不思議には思わなかった。何故なら、その子ならいずれ自死を選ぶだろうとさえ思っていた。その子はいつも追い詰められていたから。


原因は恐らく、他人の優しさを享受できなかったこと。善意を受け入れられなかった。ただそれだけの理由。


その子は生まれつき足が悪かった。クラスメイトも教師も、良かれと思ってだろう、その子を特別扱いしすぎたのだ。登下校の送り迎えから始まり、荷物持ち、移動の補助、体育は特別メニューを組まれ、果てにはお手洗いの付き添いまでされていた。優しさを、善意を、素直に喜ぶことのできる人間ならばどれだけよかったことか。


意思のない優しさは、単なるシステムに過ぎない。


好意のない行為。


本人がどれだけ嫌であっても、他人の優しさを断ることはできない。無下にすることは許されない。なぜなら、幸福を乱すようなことは許されないからだ。人間は、幸福でなければならない。しかしそれは、決して個人の幸福を指すのではない。人間の幸福とは、人類全体の、社会全体の幸福のことなのだ。


遠慮はよくない。それは幸福ではない。


他人の助けを断るのはよくない。それは幸福ではない。


他人の善意を受け取らないのはよくない。それは幸福ではない。


幸福でないことはよくない。それは幸福ではない。


その子が自殺したことは公には伏せられ、私を含むクラスメイトや、その子の両親、親族はメンタルケアを受けた。幸福のために。


たとえ子供が自殺したところで、親は一週間もすれば子を失った悲しみを忘れてしまう。なぜなら愛する者を失った哀しみは精神衛生上よくないから。幸福ではないから。


それでは幸福とはなんだろう。


死んだ子供を忘れることは果たして幸福なのか。


翌週には、足の悪かったあの子など、初めから存在しなかったように振る舞うクラスメイトの中で、私は考える。


幸福について考える。


恐らく、私だけが。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ