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Horror story…♰

落し物

作者: よた


 三ツ境駅のベンチで、A子はひとり座っていた。電車を待っているわけでもなく、ただ反対側のホームを眺めているのだ。財布もスマホもすべて鞄にいれていた。しかし、彼女は鞄を電車の中に置き忘れてしまったのだった。追いかけても追いつけるはずもなく、彼女は途方にくれていた。駅員に話しかけようにも、彼女には難しかった。


 A子は極度の人見知りだった。なぜそうなのかは、自分でもよく分からなかった。化粧や服装に気を使って、いくら自信をつけても、他人というだけで、できていたことができなくなるのである。家族や付き合いの長い友達とは気にすることなく喋れるのだが、赤の他人だと、どもってしまい、とにかく喋りづらい。一言で言えば、『性格』という言葉で片付けられるものであったが、もはやA子にとって、それは障害と言えた。いまどき公衆電話なんてどこにもないし、実家の電話番号だって昔と変わってしまって覚えていない。A子は溜息をついて頭を抱えた。


 待っていると電車がやってきた。彼女は家から一番近くの最寄り駅から離れるのはどうかと思ったが、とりあえず大和駅へ行き、友人が通りがかるのを待ってみることにした。友人にさえ会えれば、駅員に落し物が届いているかどうか聞いてもらうことができる。


 梅雨の湿気と室外機の熱気が渦巻く駅のホーム。時刻は十八時半を過ぎた頃だった。大和駅の改札口近くには小田急線から相鉄線に乗り換え、またはその反対。それと改札の外へ出る人たちでごった返していた。


 相鉄線から小田急線のホームへ行き、待合室のベンチに座ったA子は、知り合いが通りがかるのを待つことにした。そう都合よく出くわすことができる保証はどこにもなかったが、これがA子にできる精一杯のことであった。


 電車を何本か見送ったあたりで、目の前のベンチに一人の女性が座った。その女性はA子の大学時代の同級生――サクラであった。入学初日にはじめて声をかけてきてくれたのが、彼女であった。それから時が流れるにつれ、彼女は他の友達といることが多くなった。A子はどちらかといえば、人に好かれやすい容姿をしていたため、はじめのうちは人が寄ってくるのだが、その後は離れていくばかりなのであった。小、中、高、と似たような経験を重ねていると、それがプレッシャーとなり、さらに自分を閉ざしてしまうのであった。


 だからサクラとは、仲が良い、というわけではなかった。しかし、他に頼れる人がいなかったため、A子は声をかけることにした。


「あ……あの……サ……」A子の声はひどくかすれ、ほとんど子音だけで言った。


 サクラは、目の前にいる女性がなにかを言いかけたように見えた。とっさに自分の足元や洋服に、なにかついていないかどうか確認した。しかし、とくに変わったところはなかったので、もう一度、目の前にいる女性のことをみた。そして、彼女がA子であることに気がついた。


「もしかして……A子?……わー、ひさしぶり!」


「……さ……ぶ……《ひさしぶり》」


「え?……」A子の声があまりにもかすれていたので、サクラは聞き返した。「どうしたの?」


「そ…………」


「ご、ごめん、なんて言ってるかわからないんだけど……」


「うぅ……ん」


 気まずい空気が待合室の中に漂っていた。ちなみに言うと、たまたま居合わせた周りの人も、A子がなんと言ったのかは聞き取ることはできなかった。この雰囲気に耐えられず、何人かが席をたち、待合室の外へ出て行った。


 サクラは彼女がそういう人だと知ってはいた。しかし、昔よりも彼女のそれは、よりいっそう深刻になっているように見えた。


 それから二人は目も合わせず、じっとしていた。しばらくすると電車がやってきて、サクラは待合室を去ろうとした。去り際、サクラはA子に言った。


「ねぇ、もし困ってるならおいで」


 途方に暮れていたA子にとって、思いがけない誘いの言葉だった。しかし、悪いような気がしてA子は、首を横に振り、誘いを断ってしまうのであった。


 A子はそれから終電の時間まで待合室のベンチに一人でいた。最終列車のアナウンスが聞こえ、電車がやってきた。急いで階段をのぼって、混雑した電車の中へ体当たりしていく人々が待合室から見えた。すると、A子は急に立ち上がり、待合室から電車の中へ駆け込むのであった。あまりに急に駆け込んだので、車内アナウンスで注意されたほどだった。


 気まずいと思いつつ、A子は戸袋に近い席に座って、目を瞑った。汗がとまらず、ハンカチで顔を覆いたかったが、化粧がとれてしまうため、軽く添えるだけで我慢した。


 A子はどの駅で降りるべきかどうか迷っていた。そもそも自分はどっち方向の電車に乗ったのかもあまりよく覚えていなかった。扉の上にある電光掲示板を眺めると、『藤沢』と表示されていた。どうやら、自分が乗ったのは片瀬江ノ島方面の電車であるようだった。


 電車は藤沢駅で今までの進行方向とは逆に進みはじめた。そのあと終点に近づくにつれ、人はだんだんとまばらになっていった。


「あれ?……A子?」


 真横の戸袋のあたりからサクラの声が聞こえた。びっくりしてA子は上をむくと、サクラがこちらを見下ろしているのだった。


「あ……」A子はサクラになにかを言おうとしたが、うまくは喋れなかった。


「やっぱり困ってたんだ。なにがあったのA子?……」サクラはA子に質問したが、A子が答えるのをさえぎって続けた。「いや、待って……もしかして、落し物? 手ぶらだし……」


 A子は小刻みに何度か頷いて、答えた。


「そうか、それは大変だったね……代わりにわたしが駅員さんに話してあげようか?」


 A子はまた頷いた。


 電車は終点の片瀬江ノ島駅に到着した。サクラが電車を先に降り、A子はその後ろについて行った。電車の一番前の辺りまで歩いてきたとき、サクラはA子に言った。


「あ、ちょっと待ってて」


 A子は頷き、赤い柱の隣で立ち止まった。そのとき足元でなにかを引きずったような音が聞こえた。びっくりして足に引っかかったものの正体がなにか確認した。するとそこには、一束の花束が置かれていた。


 サクラは改札口へと向かい、端に立っていた駅員に話しかけた。距離があったため、話の内容は聞き取れなかった。駅員としばらく話し込んでいたサクラは、駅員から何かを受け取り戻ってくるのだった。


「A子、よかったね。親切な人が届けてくれたみたいだよ」サクラはそう言ってA子に差し出した。「もうなくすんじゃないよ……」


 A子は鞄を受け取ろうとしたが、サクラはなぜか鞄を放そうとしないのであった。どうしたのだろうと、A子は顔を上げると、どういうわけか、サクラは涙を流し、うなだれているのだった。


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