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虚弱なヤクザの駆け込み寺  作者: 菅井群青
第三部
99/102

謎の男


「先生すみません……わざわざご足労頂いて──」


「いえいえ! 嬉しかったです。詰め放題って魅力的ですもの」


 昼間の買い物客で賑わう駅前に町田と幸が大きな袋を持って歩いていた。

 町田から駅前のスーパーで靴下の詰め放題のイベントがあると連絡があり、幸は気合十分で参加した。自分の足のサイズや好みのデザインもあるだろうと町田が連絡した。

 前回の詰め放題でも実力を発揮したが、幸は今回も素晴らしい記録を叩き出した。袋からはみ出した靴下は扇のような形でカラフルな色彩がさながら孔雀のようだった。


 同じ挑戦者からも歓声が上がるほどのクオリティだった。


 幸は袋を抱えてご機嫌で道を歩いていた。町田もそんな幸の様子を見て温かい気持ちになる。


 ピピピ


 携帯電話に出てみると電話の主は心だった。


「あ、心ちゃん? どうしたの?」


『幸さん外出中? 甘いもの買ってきたんです、近くにいらっしゃる?』


「あ、すぐ帰るよ──待ってて」


 電話を切ると幸は町田に声を掛けて慌てて走り出す。目の前の交差点の信号が点滅し始めた。幸は慌てて町田に声を掛ける。


「町田さん、渡っちゃおう!」


「はい!」


 町田が走り出し交差点を渡る。向こう側に到着した時に信号が丁度赤くなった。ギリギリ間に合った。


「ギリギリでしたね──あれ?……先生?」


 気づくと幸の姿がない。

 さっきまでいた交差点に目をやると、幸が誰かに腕を掴まれていた。


 スーツ姿の若い男のようだ。一瞬幸の顔が強張るが男の顔を見ると破顔した。

 幸が男の腕を掴むと目を煌めかせながら何かを話している。頰まで赤らめてさながら恋する乙女だ。


な、なんで!? なんでまだあそこにいるんだ!? 走ろうっていったのに!あ……しまった、組長にバレるとマズイ!


 焦る町田をあざ笑うかのように交差点を渡ろうにも車が行き交い渡れない……。その間にも幸と謎の男は何やら会話をしている。町田が慌てていると後ろから肩を叩かれる。


「おい──」


「ひぃ!!……なんだ、剛さんか……脅かさないでくださいよ!」


「一人で何慌ててんだ……なんだ? この靴下……サンタクロース気取りか?」


 剛は町田の持っていた袋の中身を覗く。


「あんなに髪も髭もフサフサなら良いでしょうけどね。あ、それどころじゃないですよ……先生が──」


 町田の視線の先を剛が追う。途端に剛の顔つきが険しくなる。


「ほう、先生に触れるとは命知らずだな……」


「いや、ベタベタ触ってるのは先生ですけど……まぁいいや……見慣れない奴ですね。あぁ、まだ変わらないのか、この信号は──」


 町田がイライラしながら信号を睨む。

 幸に優しく微笑む男はちらりと剛の方を見ると満面の笑みで微笑みかけてきた。


「ちっ……面倒くさい──宣戦布告か?」


 剛は奥歯を噛み締めたままその男を睨み続けた。



 その頃組長は事務所で恒例の事務作業を行なっていた。壁に掛けられた時計の針を確認すると机の上の印鑑や座判を引き出しに戻し鍵をかける。


 そろそろ時間だな……。


「光田……」

「了解です」


 組長は事務所を出るといつものように光田と共に院へと歩き出した。しばらくすると組長は立ち止まり後ろを振り返る。


 自販機に向かって声を掛ける。


「……おい、いるのは分かってんだ──出てこい」


「……バレちゃいましたか」


 自販機の裏から綺麗な顔が覗く。黒のスーツを着込んだ竜樹は楽しそうだ。


 組長は呆れたように息を吐く。同じ歩調で後ろを尾けられている気配を感じた。すかさず光田が組長の前に立つ。その瞳は鋭い──。


「……組長に何の用や」


「やだな……いい情報持ってきたんですよ?」


「怪しいもんだな……」


 組長が凄むと竜樹はふわっとした笑みでこちらを見上げる。その笑みは無垢な印象を与えている。


「先生が今から一時間前に不審者に遭遇しましたよ」


「……お前、また先生を尾行したのか?」


 竜樹は首を振って否定する。


「通りすがりの偶然ですよ。ちょっと望遠で写真のピントが甘いんですけど……見ます?」


「どこの世界に三脚と望遠持ち歩くヤクザがいるんだ。ずいぶん長い通りすがりだな、オイ」


 竜樹は一枚の写真を取り出す。

 そこには男と楽しそうに話す幸の姿があった。幸が男の手を握り顔を綻ばせているのを見て組長は目を細めて歯軋りをする。


「……この男……何者ですかね?……」


「……行くぞ」


 組長は写真を胸ポケットに入れると院へと向かった。

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