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虚弱なヤクザの駆け込み寺  作者: 菅井群青
第一部
8/102

ギックリ腰第二号

 青野鍼灸院はいつになく静寂に包まれている──。


 待合に置かれた茶色い革のソファーに深く腰掛けた町田も光田もいつになく真面目な表情だ。そしてそのそばで、普段幸が鍼を打つときに使う丸椅子で組長が腕を組み瞑想しているようだ。時折コツンと踵を床にぶつける音が響く。音が響くたびに舎弟たちがちらりと組長とカーテンで仕切られたベッドへと目をやる。


「思ったより固いですね……」


 幸の声が響きガチャリと金属音が部屋に響く。「どこから攻めようかしらね……」という幸の声に反応するように組長の踵が鳴る。


「初めてなんじゃが、思ったより痛くなかったわい。さすが名医じゃ」


 ──コツン


「よかった。……あ、まだ動かないで下さい。まだ入ったままですから……」


 ──コツンコツン


「うぅん……先生、そこはまずい──」


 ──ココココココッ


「いいかげんにしやがれこんのエロ爺っ!」


 組長が鬼のような形相でカーテンを開け放つ。ベッドの上で組長の祖父である爺が背中の大きな菊の花を散らして横たわっている。その傍で鍼を持ったまま固まる幸は驚き大きく目が開かれる。爺はさすがというか動じてもないようで呆れたように「余裕がないやつじゃの」と笑う。


「朝から動けねぇって言うから仕方なく連れてきてやったのになんだその音声実況は!」


「ふん、放置プレイごときで情けないのう」


「いや、プレイってか、ただ鍼刺して置いておく治療ですけど」


 幸の声は二人には届いていない。


「く、組長……我慢なさってくださいまだ治療が──」

「そうですよ、もう少しの辛抱ですから……」


 町田や光田が仲裁に入ろうとするが組長は今にも爺の首に噛みつきそうだ。


 今朝、爺はお気に入りの盆栽の手入れをしようとして中腰になり、久々のギックリ腰になったらしい。そのまま町田や光田に抱えられるようにして運ばれてきた。もちろん全身から不機嫌オーラをまきちらしながら組長も付いてきた。


「分かったら座ってるんじゃな」


 爺の言葉にこれ以上言ってもも無駄と分かったのか大人しく丸椅子に座る。幸が苦笑いを浮かべつつカーテンを閉める。

 先日見た時も思ったが爺さんは本当に筋肉がしなやかだ。おそらくカルテには七十四歳と書かれていたがそうは見えない。

 鍼を次々に刺していくと菊の花の部分で手が止まる。背中の菊の花は赤と紺と少し緑が使われていて綺麗だ。仕事柄刺青を見ることが多いので抵抗はない幸はその美しさに見惚れた。


「菊の花がお好きなんですか?」


「あー、これかい?ふふふ、まぁね」


 爺が思い出し笑いをしているようで背中が微かに揺れる。


「あぁ……たまらんねぇ。足先まで痺れた……先の方の筋肉がピクピク勝手に動いたぞっ」


 ──コツン


「あ、大丈夫ですか?抜きましょう」


──ゴツ


「盛大に抜いてくれ」


──ココココココッ


「殺す……」


 カーテンを開けて静かに爺に手をかけようとするのを町田と光田がしがみついて止める。


「離せ、いま俺が寿命を決めてやる」


 ボキボキと指の関節を鳴らしながら笑う組長に幸もヤバイ空気を察すると、慌てて鍼を抜き組長を止める。青野鍼灸院の静寂は終わり喧騒に包まれ続けた。


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