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虚弱なヤクザの駆け込み寺  作者: 菅井群青
第一部
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ストレッチ指導

「だから、ストレッチを教えますから」


「なぜだ。毎日来ると言ってるだろう?」


「来れない時のために覚えましょうと言っているんです」


「結構だ」


 町田と光田は二人のやりとりを目だけ右に左へと動かしながら見守っていた。平行線を辿ったままの状況に疲れた幸が大きな溜息をつきそっぽを向く。


「もういいです。まっちゃ……町田さんとしますから。町田さん、覚えておいてください」


 先日町田と光田から頼むからきちんと名前で呼んでほしいと懇願された。全く意味がわからないがヤクザの世界では大事なことと言われてしまえば仕方がない。


 幸がベッドに仰向けになり片足を持ち上げるように言うとなぜか町田が真っ青なまま動かない。青というより群青か……


「この太腿の裏の筋肉を伸ばすと、ギックリ腰防止になるんです、大事なんですよ。さぁ、やりましょう」


 幸が体を起こし自分の太腿に手を当てて説明するが町田は何かを訴えるようで目を大きく開け瞬きを繰り返す。隣の光田は立ったまま考え事をしているようで天井を向いたままこちらを向こうともしない。

 なんて、非協力的な人たちなんだろうか。組長の腰が大事ではないのだろうか。


 町田と光田は思った……今は組長の腰より、己の命を守りたいと──


「俺がやる──」


 幸が困ったように二人を見ていると、組長がなぜか悪そうな笑みをして上着を脱ぎ始めた。なぜかやる気満々で腕まくりをして幸が横になるベッドにやって来る。その背中を二人の舎弟は温かく見守るしかない。


「あ、やる気になってくれたんですね?」


「あぁ俄然、ヤる気だ」


 組長の言葉に幸の顔がパァっと明るくなる。知らぬが仏。


「じゃあ、組長が横になってください。その方が分かりやすいし」


 幸がゆっくりと組長の右足を上げていくと太腿の筋肉が伸びて、ある所まで行くと止まる。ゆっくり膝を曲げていくと少し顔が歪む。


「結構、固いですね」


「煽られたらもっと固くできるけどな」


「テメェの息子事情は聞いてないですけど」


 幸のツッコミに組長が嬉しそうに笑うと腰にズキンと痛みが来たようだ。


「あ、ごめんなさい、大丈夫ですか」


 曲げた足を戻そうとすると、ぐいっと幸の手を引き自分の太腿の間に引き込むとそのまま幸の唇を奪う。唇に感じる組長の粘膜と体温に目が大きく開かれたまま固まる。組長はペロリと名残惜しそうに唇を舐めてから離れた。


「この不届きものがぁっ!」


 幸は覚醒するとマウンドポジションのまま組長に殴りかかる。総合格闘技さながらの光景だ。幸の攻撃を上手くかわす組長はさすがとしか言いようがない。

 小さな声で舎弟の二人が「そこ、右!左!」とギャラリー化している。


「何しとんじゃ色ボケぇ!」


「先生、事故だ、わざとじゃない」


 幸の両手を掴むとそのまま上半身を起こす。ベッドの上で手を繋ぎ合う形になり至近距離に組長の顔がある。チュッと軽く触れるようなキスを落とす。さすがヤクザ……場数が違う。悔しいがキスが上手い。また固まっていると顔を覗き見た組長が口角を上げる。


「先生、もしかして感じて──」


ガンッ

 

 続きは言えなかった。幸の拳が組長のこめかみに入った。

 その日頭に氷嚢を当てながら組長は帰っていった。痛いはずなのにニヤニヤしながら傷を触る組長の後ろ姿を微笑ましく見つめる舎弟の姿があった。

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