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虚弱なヤクザの駆け込み寺  作者: 菅井群青
第一部
39/102

幸は人気だ


 ゴゴゴゴゴゴゴッ


 ダークなオーラを撒き散らす組長が院内の待合に座っている。脚を組み目の前に居座る邪魔者たちを睨みつける。


「よかったですわ……さ、光田様……退院祝いのエビチリですわ」


「いや、中華はちょっと重いわ、もっと優しいの──」


 その隣で剛が幸に胸筋の鍛え方を聞いている。メモまで取り出し真剣だが、剛の目は幸に釘付けだ。


「大胸筋の下の小胸筋がポイントかな? あ、このくぼみの下の──」


「あ、せんせ……胸は俺弱い──」


 ブチ


「てめぇら、いつまでここに居座る気だ……用が済んだら出ていけよ!」


 組長の剣幕に一瞬動きを止めるもそこはヤクザ同士慣れたもので譲る気は無いらしい。


「あら、幸さんの大好物ですよ? ね? 幸さん」


「先生に体のことを相談してるんだ、邪魔すんな、先生……この乳首の位置を上げたいんだ」


 黒嶺会の一件以来なぜかみんなが院に入り浸っている。町田ですら今まで以上に先生のために精がつくものをと言って隣町まで買い出しに出かけた。


 皆変な口実を使って幸のそばにいるらしい。

あの心ですら連日幸の好きなショートケーキを持って現れている。


「太っちゃう……」


 そう言いながらショートケーキにかぶりつき「幸せぇ」と口いっぱいに頬ばり、もぐもぐさせる先生を見て俺も癒される。それは俺だけではないらしい、ここにいるみんな微笑ましい顔で先生を見ている。


「餌付けの醍醐味……」


 心が小さな声で囁いたのを俺は聞き逃さなかった。


 黒嶺会に至っては女神である幸を一目見ようとこのあたりをほっつき歩く輩もいる。


──俺だけの先生が……。


 組長がため息をつく。あれからちゃんと二人っきりになれない。項垂れる俺を見て先生は腕を掴んで優しく微笑む。


「すみません、おまたせしました。治療したいんですよね?」


「ああ、したくてしたくておかしくなりそうだ……」


「あぁ、頭もおかしいんですね。どうぞ」


 幸と組長はベッドへと向かった。


 その背中を三人が見つめている……。小声でこそこそ話す。


「あの二人……進展ねぇのか? いや、無くていいけどよ」


「ないですね、お二人が入り浸っているからでしょうね……」


「いじらしいですわね……光田様私たち追い抜きませんか?」


「あー、おれ電車とかちゃんと並んで待つ人間なんで」


 カーテンの中では鍼が始まったのだろう。組長の曇るような声が聞こえてきた。三人は顔を見合わせるとゆっくり院を出て行った。


 幸は組長の青龍に触れる。

鍼を刺してやると青龍が動き出しそうだ。


「先生……口の中は治ったか?」


「んー、まだちょっとですね」


「ちょっと味見──」


「……ダメですよ。血が──」


「厳しいな」


 幸が股関節に鍼をする。この間黒嶺会の事件の時に暴れたせいで組長の腰はまた悪くなってしまった。幸は責任を感じていた。


 鍼を抜き終わるとシャーレに鍼道具を置く音が聞こえた。いつものように組長が起き上がろうとすると幸がその背中を手のひらで撫でた……。


 どうしよう、私組長のこと、触りたいと思ってる。


「せ、せん、せい……」


「あ、ごめんなさい、なんか落ち着く感じが……」


 幸の言葉に組長の心がドクンと脈を打つのが分かった。組長はそのまま寝返りを打つと幸を胸の中に閉じ込める。そのままキスをしたいのをぐっとこらえる……。口の中の傷がまだ治らないから我慢だ。


「先生……俺の名前を──」


「お疲れさまです! 皆さんスッポン鍋買ってきました……よ?」


「チッ……」


 町田がスッポン鍋セットを持って院内にやってきた。みんなで食べようと買ってきたらしい。恐らくは幸のために買いに行ったものだろう。


 幸が慌ててカーテンから出てくる。顔が赤いのを見て町田の顔が一気に青くなる。


「わ、わぁ、すごい……わたしスッポン鍋初めてです! 嬉しいです……町田さんありがとうございます」


「いえ、調子乗って本当にごめんなさい」


 町田の謝罪の真意を幸にわかるはずもない。


「冷蔵庫に入れますね、あとみなさんに連絡しましょう」


「あ、待ってまだ一人に──」


 カーテンから不機嫌オーラ全開の組長が現れた。


「町田、おまえスッポン好きだよな? ん?」


「あ、亀頭はちょっと恥ず……あぁああ!」



 その日みんなでスッポン鍋を食べた。ただ、みんな町田の頭の形に触れなかった。スッポンが二匹もいる贅沢な鍋になった。


 町田は多くの人から「卑猥」だの「リアル」だの貴重なご意見を頂戴した。

 子供の目を覆い足早にその場を去る母親の顔がピンクに染まっていた。少し誇らしかった。

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