兄弟喧嘩
突然、朝に来客があった。
遅い朝食中に光田が慌てて組長の元へと飛んできた。
門の前に神妙な面持ちの剛とじっとこちらを睨む明徳会会長の徳永純一郎の姿があった。
この男は剛と心の叔父であり、剛に組長の跡を継がせた明徳会の前組長だ。剛に似ていてガタイがいいがパンチパーマに黄色味がかったサングラスを掛け、茶色いスーツを好んで着る事が多い。
「……急に邪魔してすまねぇな。お祖父さんはご在宅か?」
「ワシならここにいるぞ……よく来たな」
玄関にはいつのまにか爺が立っていた。いつもの白いパッチにラクダ色の腹巻で仁王立ちしていた。正直すっごく恥ずかしい……。
そのまま大広間の座敷へと通した。
部屋の中央にポツンと置かれた杉の机を囲むようにして四人の極道たちが胡座をかいたまま目の前に座る人間を睨み続けている。
「どうぞ……」
「…………」
会長の前に湯のみを置く舎弟の手が震えている。無理もない、俺ですらこの距離でも威圧感がひどい。
給仕が済むと舎弟はいそいそと部屋を出ていく。
「「…………」」
沈黙が長すぎて呼吸がしづらい。
向かい合って座った組長と剛が目で会話を試みている。いや正しくはメンチを切っている。
──おい、何黙ってんだ。人間の言葉忘れたか
──てめぇ、絶対今俺のこと使えねぇゴリラって思ったろ
極道二人の背後にドス黒い炎が見える。もう一組はただじっと見つめ合っているだけだ。まるで仏像のように動かない。やはり経験値のなせる技なのかもしれない。
組長が仕方なく口を開く。このままだと永遠に平行線な気がした。
「明徳会会長さんがウチの組に何の用ですか……こんな時間にわざわざご足労頂いたということはそれなりの理由がおありだと存じますが……」
「あ、うむ、実は心の婚約者がこちらの組の若い者だと聞いてな。それで──」
「ふん、そんな取ってつけたような口実聞きたくないわい。詫びを入れたいならそう言えばいい」
爺が子供のように腕を組みそっぽを向いた。
「ふん、そういう人の話を聞かないところは変わらんな」
会長も急に腕を組みそっぽを向いた。急に旧知の仲のような会話に驚く。
組長と剛は顔を合わせ小声で話す。
「おい、司、この二人知り合いか?」
「いや、俺知らねぇし……会話している所すら見たことねぇよ」
爺が湯呑みをぐいっと飲み干すと目の前の会長を睨みつける。
「ワシはまだ許しとらんぞ、兄弟だからってして良いことと悪いことの区別もつかんやつは嫌いじゃ」
「先に壊したのはそっちだろう。俺だって唯一無二の兄弟と思っていたのに、相談してくれたって良かっただろうが」
兄弟……え? まさか……。
この二人、兄弟の契りを結ぶほどの仲だったらしい。まさかの新事実に二人は顔を見合わせる。
「ちょ、ちょっと、叔父貴……俺そんな事聞いた事ないけど」
「お前らと同じ年頃の時に兄弟になった。まったく……嫌になるな」
会長は黄色のサングラスをくいっとあげると眉間にしわを寄せた。ヤクザにとって兄弟の契りをするということは家族、いや、それ以上の仲だ。命を預けるということだ。
そんな二人がそっぽ向いてお互いの話を聞こうとしない。一体何があったのか……。
どうやら、顔を合わせば口論になるので極力会わないようにしていたらしい。
「仲違いの原因は何です?」
俺の言葉に爺と会長が俺の方を見て叫ぶ。お互いを指さすのも忘れない。
「「女を壊したからだ(じゃ)」」
ん? 変な言葉がシンクロした気がする。
ん? 女?
「ワシのお気に入りのくるみちゃんを抱き潰し故郷に帰らした。まったく……」
「いや、違う。タケちゃんが俺の後に抱き潰したせいだろ。俺の時はまだ手足が動けていた」
「なに!? ワシのせいだと!? ジュンちゃんのせいじゃ!」
「前から気をつけて扱えって言っていただろう! 女が痺れ出したら壊れる前兆だって……」
あー……うーん、同じ女抱いてたって意味の兄弟ね。
ってかこの二人ただのヤリ友達か?
俺は冷めた目で二人のやりとりを聞いていた。
要は二人がかりで女を潰し、何十年もお互いのせいにしあっているらしい。なんてくだらないんだろう。
前に座っていた剛を見ると、公園で我が子が遊ぶ姿を見守る母親のような顔つきだ。うん、そうだろうな、そうなるよな。
「剛……縁側でラムネアイスでも食うか?」
「あぁ、そうだな……ちゃんとラムネの粒入りを頼む」
俺たちは立ち上がり自然と肩を組むと部屋をあとにした。
その後部屋の兄弟達はすったもんだの末仲直りをしたらしい。帰る頃にはお互いをタケちゃんジュンちゃんと呼び合い、別れの挨拶なのか二人して拳を空へと突き上げていた。
まるで有名漫画の世紀末覇王のようだ。
わが◯◯に一片の悔いなし!的な感じで笑い合う姿を俺たちは呆然と見ていた。
世の中の女性たちに警鐘を鳴らしたい。再びこの二人が力を合わせていくようだ。
「俺、早いけど先生んとこ行ってくる──」
「あぁ、俺は川の土手にでも行ってくるわ」
俺と剛は歩き出した。




