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虚弱なヤクザの駆け込み寺  作者: 菅井群青
第一部
17/102

治療できない



 朝から幸は町田に院から電話をかけていた。


「えぇ、ありがとうございます。では明日以降に──」


 電話を切ると幸は大きな溜息をついた。自分の左手の親指をみてまた大きな溜息をつく。もう何度目になるのだろうか……。


 今朝起きてみると自分の左の親指の関節が腫れ上がっていた。親指を動かすと酷く痛む。昨日倉庫の整理をしていて棚の上からアルコール消毒の入った箱を下ろそうとして落としかけた。咄嗟に支えた時に指が反り返ってしまったのだろう。俗に言う捻挫だ。


(やっちゃった……すぐ冷やして固定しておけば……)


 時すでに遅し……。こんな指じゃ鍼どころかマッサージすら出来ない。幸は治療できない旨を町田に報告していたのだった。とりあえず冷やしておこう。氷を手にすると院のベッドに横になった。炎症を起こしているのだろう、指が冷やされて気持ちがいい。幸はしんと静まり返った院の静寂と氷の冷たさでゆっくりと瞼が閉じ夢の中へと落ちていく。



「──んせい?」


 どれぐらい経ったのだろう──体が重い。誰かの声が聞こえたが今微睡んでいいところだ。邪魔しないでほしい。


「……チ、しょうがねぇ──」


 何か温かいものに包まれた。あぁ最高。


「きもち、いい──」


 ぽかぽかの陽だまりに包まれるようだ。



 俺の腕の中で再び眠りに落ちた先生はふにゃりと微笑む。いい夢を見ているのだろう。


 眠りに落ちる瞬間の言葉に内心焦ったが、そういう意味ではないと思い直し真面目に抱き留めたままだ。左手に巻かれた氷が落ちそうになり、指にしっかり氷が当たるように握ってやる。早く腫れが引いてくれなきゃ困る。腰のため、そして……俺のため。


 先生は小さい。ご飯を食べているか心配になるが、町田曰く栄養の良いものを摂ってはいると言っていたが大丈夫だろうか。

 女の健康状態まで気になってしまうのは初めてだ。初めてなんだ……何もかもが。


 こんな無防備な姿を見て、手を出さないなんて男としてヤクザとしてどうだ? 若い時なんて店の女全員を抱いたこともある。そんな俺が……笑っちまう。


 柔らかなほっぺを優しく触れると幸が目を開ける。ぼうっと焦点の合わない瞳に思わず欲望が湧き出しそうになる。軽く開けられた唇を塞いで全てを制圧したくなる。黒い欲望が一気に組長の中を駆け巡る。


「くみ、ちょ?」


 バーンッ はい、死ぬ


 直ぐに先生の唇に熱を持った口を押し付けると一気に目が覚めたらしい。先生は俺の腕を掴んで時折軽く叩く。


「んーっんぁ」


 先生の喘ぎ声に似た曇り声にゾクゾクする。これじゃ逆効果だ、煽っていることになる。離れるときに名残惜しくて舌を出しているとみるみる幸の顔が真っ赤に染まる。

 抱きかかえた体を解放した時には先生は俺を鋭い目で睨んでいた。目尻に少し涙が溜まっていたように見える。この人はそれが俺を欲情させると気付いていない。


「何しに来たんですかっ! 今日は治療できませんって町田さんに──」


「看病だ」


「労ってる素ぶり全くなかったですけどね」


 幸せな時間を潰されて幸はぷんぷん怒っていたが、いつのまにか指の腫れは良くなっていた。

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