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虚弱なヤクザの駆け込み寺  作者: 菅井群青
第三部
101/102

倦怠期……?


「おはようございます……」


「おぅ……おは──お疲れ様」


 起きると町田がいつもよりも顔色が悪く目の下のクマもひどい。しかも若干痩せこけているように見える。思わず朝から労いたくなるような顔だった。


 朝食を食べていると掃除を終えた光田が台所に現れた。


「おはようございます」


「おは──辛かったな」



 現れた光田は寝癖もそのままに顔色が真っ白だ。血の気がない……。低血圧の体で掃除はきつかったのか?


 同じく食卓についた町田と光田が同時に溜め息をついた。食べかけの食パンを皿の上に置くと組長も溜息をつく。


「やめろ、不味くなる──どうしたんだ二人して」


 組長の声に二人とも顔を上げるが生気を感じない。この図はさながら幽霊屋敷で朝食を頂いているようだ。


 光田は悔しそうに口を開く。


「すみません……実は、心の奴が変なんです──今まで先回りするように現れてたのにここ最近ぱったりで……電信柱の裏にもいないんです……暗闇から笑い声もしないし……」


「……それ尾行されなくなったってことじゃないのか? 普通の生活が戻った話だろう」


 いい意味にしか聞こえない。ストーカーからの解放だ。


 町田も絞り出すように声を出した。


「最近美英ちゃんが……忙しいからビデオ電話もやめようって言われて──ここ数日メールの返信も遅くて……やっぱり、【腎虚】だから……」


「いや、【腎虚】のせいにするな。そもそも後輩ちゃんは【腎虚】の町田を好きなんだから……いや、泣くなよ、朝っぱらから──」


 最近町田は涙脆い。 さすがに年齢を重ねてきて涙腺まで緩くなったようだ。頭蓋骨だけではない。

 朝から舎弟の恋愛相談に乗るのも大変だ。組長は冷えた食パンをかじった。


 俺だって、先生が経理処理が忙しくてそっけないんだぞ……お前たちがそんなんだと言えなくなっちまっただろうが──。


 龍晶会の朝食はお葬式のように静まり返った。その様子を一人ご機嫌で盗み見る爺の姿があった。




「組長、今日は男手がいるので町田さんと光田さんを連れてきてもらっていいですか?」


「ああ、分かった──」


 昼前に幸から連絡が入った。思わず組長は笑顔になる。


 死人のような二人を連れて院に向かった。院のドアを開けるとそこには段ボールが数個置かれていた。待合室には幸と心が座っていた。

 光田が一瞬驚いた顔をするがすぐに顔を逸らす。心は立ち上がると光田の目の前に立ち頰を包む。


「光田様……寂しい思いをさせてしまいましたか?」


「別に、寂しくない──別にええねん、けど……」


 そのまま心は光田の唇にキスをする。そのまま首筋にキスの雨を降らせてしっかりと赤い痣を残す。


「魔除けが無くなって不安にさせてしまいましたか?」


「……アホ──」


 その様子を幸は頰を赤らめて見つめていた。メロドラマを見ているような満足げな笑みだ。


「ところで、この段ボールはなんだ? すごいな──」


「ちょっとね……あ、町田さん。美英ちゃんと今ビデオ通話してたんだけど……」


「え!? 美英ちゃん!?」


 町田がベッドのそばに用意された丸椅子に座る。幸からタブレットを受け取るとそこには美英が映っていた。いつもの長白衣姿で治療所で通話しているようだ。笑顔で町田に手を振っている。


『兄さん……ごめんね。ネット環境じゃなかったからどうしてもビデオ通話できなくて──』


「いや、いい、いいんだ──」


 町田は瞬きを繰り返している。組長と光田は町田が泣いていたのを知っているので心配そうに見つめている。さすがに院で泣くのは我慢しているようだ。


「さてさて……みんな揃ったことだし、発表します──」


「「発表?」」


 男たちの反応を見て幸も心も笑顔になる。タブレットの美英は首を傾げて笑っている。


「この院を鍼灸院として営業を再開します! 青野鍼灸院再出発します」


「は──?」


 一番に組長が反応した。一気に機嫌が悪くなりダークなオーラを撒き散らす。すかさず幸が組長の袖を掴む。


「いや、だから……ちゃんと考えてるから! 従業員を雇いますから」


『なるほど……先輩は組長さん専属ってことやね?』


 美英が腕を組み頷く。


「司さんは嫉妬がひどいですもの……以前もハッキングを──」


「心、やめとけ……」


 すかさず光田が心の口を手で塞ぐ。


「もうすぐ来るはずよ? 新しい従業員……」


 幸が手を組み嬉しそうに話す。


 一番奥の治療所のカーテンが動いた……。光田と組長の顔が引きつっている。幸と心は町田を見つめて微笑む。町田の背後から足音がする。


 いつのまにか町田の持つタブレットから美英が消えていた──。



 え?


 丸椅子に座る町田が温かいものに背後から抱きしめられた。町田の視界に白の長白衣の肘から先が見える。よく知っている香りがする……。


「兄さん──」


 耳元で囁かれたその声に町田の体が震える。町田は振り返ることができない。座ったまま固まっている。


「あ、あれ? サプライズ──」


 美英は意外な反応に瞬きを繰り返す。てっきり町田が驚いて丸椅子からひっくり返ると思っていたのに石のように動かない……。


 美英が顔を上げると幸も心も鼻をすすっていた……。

 町田は声もなく涙を流していた。涙の雫が落ちていく。光田も組長も町田の泣き顔を見ないようにそっぽを向く。美英は町田の泣き顔を見ると顔を歪めて同じように泣く。

 町田を前から強く抱きしめた。


「ごめん、兄さん──遠くて、我慢できんくて、ヒデに院をまかせて、こっち来ちゃった」


 そう言って笑った。町田はその言葉に泣き笑う。ちょうど幸からの誘いがあり弟の英樹は鍼灸学校を卒業して間もないが、姉と町田の幸せを祈って送り出してくれた。


「じゃあ、院に来れば美英ちゃんに会えるんだな……」


「あ、それはちょっと……」


 幸と心は目配せをする。心が町田の掌に鍵を置く。


「……私が少し家財道具等を準備しましたわ。二人の愛の巣を──大変でしたわ……」


「え? えぇ!?」


「嘘やろ!? まじか!?」


 これには町田も組長も光田も驚く。女性陣がその反応に満足げに微笑む。


「美英さん、皆いい反応ですわね……頑張った甲斐がありましたわ」


「心ちゃんのおかげで良かったわ。人生で一回サプライズしてみたかってん」


 美英と心はいつのまにか仲良くなっているようだ。


「ってなわけで、この院でお世話になります、山崎美英です。よろしくお願いします」


 美英はみんなにお辞儀をする。


「え、でも……今から引っ越し?」


町田が急展開に戸惑っている。感動の波から未だに抜け出せない幸のために組長がテーブルのティッシュを数枚取り幸に手渡す。幸が豪快にティッシュを丸めて涙を拭く。


「ぐすっ、万代さんにお願いしています。今頃もう荷物全部新居に運ばれてますよ? 万代さんが新居の費用を出すとおっしゃってくださったんですよ」


 治療所にある段ボールは全て町田の【腎虚】グッズらしい。


「爺が?──あの野郎、楽しんでやがったな……」


 組長が舌打ちをする。裏で爺が糸を引いていたと知り組長は面白くない顔をする。その腕を幸が掴む。


「……この院は()()()の院になります。みんなを、笑顔にしたいんです……働かせてくださいね」


 幸の言葉に組長は頷く。幸の頭を引き寄せると額にキスをする。


「我儘で、悪い── 先生がみんなを治療しても、我慢できるように努力していくから、先生の力でみんなを笑顔にしてやってくれ……」


 幸は頰を赤らめて組長の頭を撫でてやる。その感覚に組長が目を細めた。

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