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虚弱なヤクザの駆け込み寺  作者: 菅井群青
第三部
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今までありがとう


 組長が院に到着し、ドアを開けた。一気に賑やかな空気に包まれる。


「やだ、幸さんったら……」


「本当なんだよ? 試験の前の日にぎっくり腰になった──あ、いらっしゃい」


 待合でお茶会をしていた幸と心が振り返る。二人とも満面の笑みで組長と光田を見る。


「あ、ああ……」

「おう、お疲れさん」


 二人ともここに来るまでは空気が張り詰めていたがあまりににこやかな空気に拍子抜けしていた。


 あの男は誰だ?

 どうして親しげなんだ?

 何の話をした?


 聞きたい事があるのに二人の笑い話が盛り上がっていて声を掛けられない。ふと見ると丸椅子に町田が座っていた。組長と目が合うと一瞬顔が引きつったのが分かった。


 組長は幸に見えないように竜樹からもらった例の社員を胸ポケットから取り出し、町田に見えるように取り出す。その写真を見て町田はみるみる顔色を悪くした。


 光田は町田に向かってウインクをするが下手くそで両目が閉じてしまっている。このクオリティなら完全に喧嘩を売られているとしか思えない。俺の頭が眩しいか? 光田……。


「町田、タバコ休憩まだだろ──来い」


 組長に誘われて町田はノロノロと歩き始めた。その足取りはまるでゾンビのようだ。今の顔色なら特殊メイクなしで即座にエキストラ採用だ。


 院を出て廊下の奥へと移動する。町田は冷や汗をかきながら頭を下げる。


「く、組長……実は──」


「こいつはどこのどいつで先生にどの指を触れられたか答えろ」


「あーっと……組長、さすがに全部の指を落とすと生活ができなくなるって言うか……うん。触ってません。本当です」


 逆に組長のために嘘をつくことを決めた町田だった。


「……何があった?」


「それが……先生は一瞬誰か分からなかったようなんですがすぐに打ち解けた様子でした……剛さんも一緒にいたんですが……剛さんを見つめて微笑んでいたと──」


「剛の知り合いか?」


「知らないそうです……一応さりげなくどなたか聞いてみたんですが先生はにっこり笑うだけで何も──」


「そうか……分かった。俺から聞こう」


 院に戻ると心が帰る所だった。光田に屋敷まで送っていくように言うと嬉しそうに笑った。

 町田が外に出ると組長は待合に座った。


「「…………」」


 先生が黙り込み異様な空気が流れる。さっきまでの賑やかな空気が一変した。


 なんだ、なんだ……聞かなきゃ……先生に──アイツは誰だ? 特別な奴か? 俺を好きなままだよな?


 長白衣を着たままの先生の背中を見て俺は口を開く……。


 声が出ない──怖い。


 自分の中で先生がこんなに大きい存在なのだと再確認する。言葉を飲み込んでしまうほど先生のことが大切だ。


「先生、俺、先生の事──」


「……組長──」


 幸が治療ベットの下から段ボール箱を取り出すと組長の前に置いた。


「組長──今まで本当にありがとう。でも、こんな関係間違っているから──清算したいの。組長とは……そんな関係でいたくないの」



「…………え?」


 幸の顔は真剣そのものだった。その箱を組長の前に置く。


 箱の中身を見る余裕なんてない……。いま、別れようって言われたような気がした。先生が──離れる、のか?


 ようやく箱の中身を見てみる。そこには札束がきれいに並べられていた。


「……手切れ金か?」

「ん?」


「精算って、俺から、離れたいってことだろう……そんなに俺が嫌いになったのか?先生……でも、もう離せない……先生無しじゃ──」


 組長の手が幸の頬に触れる。幸の顔が真っ赤に染まる。


「なな、何言ってるの? これ、組長のお金だよ?」


「俺の、金?」


「一ヶ月に百万円貰ってたんだけど……あ、ごめんね、生活費とかで少し使っちゃったんだけど、あと治療費を計算してそれも収入に入れといたから──」




 数日前……町田の読んでいた節税の本で組長から貰っていた治療費を返し忘れていることに気が付いた。

 しかも町田が真剣に勉強していたので自分のせいで龍晶会の経営が厳しいと思ったようだ。


 考えた結果龍晶会のお金をどうにかして返すため数ヶ月分の帳簿をきちんと整理しようとしたらしい。自営業なだけに不透明な経理は良くない。

ただ、そんな簡単な作業じゃなかった──数学が苦手な幸にとって地獄のような日々が続いた。


『あー脳が溶けちゃうよぉ』


 机に並べた本とレシートの山に顔を突っ伏した。


 もちろんそんなややこしいことが幸に簡単にできるはずもない……。帳簿にどう記そうか悩んでいた時に電話無料相談の広告を見て電話で相談してみたり、直接その税理士さんに相談に行っていた。


 交差点で会ったのはその時担当してくれた税理士さんだった。


『あぁ! あの時の税理士さん! 命の恩人です……ありがとうございました!』


 幸が税理士の手を取り握手をする。税理士は交差点の向こうに佇む剛へと視線を移した。


『もしかして、あの人が大金を払う大富豪のファンですか? 凄く睨んでますけど……』


『あ、そうです……ははは……(その一味だけどま、いいか)』


 ヤクザのことは伏せて相談していた。どうやら剛のことを大富豪と勘違いしたらしい。どこの世界に首から数珠をぶら下げたサテンシャツのマッチョのセレブがいるんだ。その税理士はなかなかの天然らしい。


「組長……だから、もうこんなお金いらないから……お金なんて貰わなくったって組長の腰は私がちゃんと守っていくから──お金は、いらない。自立したいの……働かせて……」


 組長は幸を抱きしめる。幸の頰を包んで額を重ね合う。


「はぁ……ビビらせんなよ──」


「嫌いになるわけ、ないじゃないの。その、す、好きだし……」


「好き?」


「……大好き」


 組長は口元に笑みを浮かべた。幸の唇にキスをすると幸は嬉しそうに組長の首の後ろに腕を回した。

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