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マチュリーが用意した最後の一脚に、先程までいなかった全身黒で包まれた男が偉そうに足を組み座っていた。
メメメは嫌そうな視線を向け、マチュリーは紅茶をそっと用意する。
男はそれを一気に飲み干すと、最後の一枚であったクッキーを口の中へと放り込んだ。
突然現れた男に誰も警戒を示さないのは、彼が私たちの同行者だからである。
姿が見えなかっただけで、彼はずっとここにいたのだ。
「け、喧嘩なら買うけど。けど。」
メメメの羽根が嫌な音をたて始めている。
デブに反応したのか、虫に反応したのか、それとも最後のクッキーを食べられたからか。
もしかしたら全部かもしれない。
どうも私の周りは沸点が低すぎる。
ほとんどが流すということができないから、喧嘩はしょっちゅうだ。
「喧嘩?虫と?」
男は手で羽根を作りブーンと口にした。
メメメの威嚇音を聞いて尚、男はニヤニヤと嘲笑うことが生き甲斐かのような嫌な笑い方をし、更に煽る。
どちらもいつの間にか立ち上がっていつでも戦闘にはいれる体勢にはいっていた。
マチュリーがいそいそと割れそうな物を仕舞っている。
あーもう。
何回心の中でついたかわからない溜息をもう一度吐き出すと、私は強めに言葉を発した。
「マクロ、止めなさい」
私の声が洞窟に響く。
それを待っていたかのようにマクロはコロッと先程までの嫌な雰囲気を一瞬で蹴散らし、にちゃっとした笑顔をこちらに向けた。
「はーいママ!」
こんなデカくて面倒臭い息子はいらないし、そもそも産んでない。
相手もいないのに、これでは遠ざかるばかりである。
だが、マクロは私を頑なにママと呼ぶ。
否定するとかなりめんどくさいことになるのでしない。
「メメメに謝りなさい」
そして私に叱られるのが好きという特殊な性癖を持っている。
ただ、私に嫌われたくはないらしい。
そのためによく私の周りにちょっかいをかけるのだ。
毎回変態プレイに巻き込まれた方はたまったものではないが、スルーはできないので私が止めに入るしかなく、大体いつもマクロの希望する方向へ話は進む。
「あはっ。悪ぃメメメ」
長い前髪の隙間から恍惚とした顔を覗かせ、私を穴があきそうなほど見つめながらメメメに謝るマクロ。
「こ、これで許す。許す」
そんな態度には目もくれず、メメメはそう言うと、マクロの右頬を思いっきり殴った。
先程のマチュリーへの攻撃とは威力が違う。
物凄い音はするものの、マクロの顔は変わらず恍惚としたままだ。
皮膚が歪みすらしないのだから、その異常性は際立つ。
「や、やっぱり駄目。駄目」
メメメはオリーブ色の頬を膨らませ、口を軽く尖らせた。
少し悔しそうだがこうなることは分かっていたようだ。
ストレスを発散したかっただけなのだろう。
このくらいで済ませるなんてメメメも少しは大人になっているということか。
私はこのマクロという男に攻撃が効いたところを見たことがない。
それもそのはず、このマクロこそ私の『攻撃が効かない』噂が広まった原因なのである。
噂は困るものの、激弱な私が今まで生きてこれたのは完全にマクロのおかげだ。
条件によっては完全無敵という訳では無いので、敵にそれを看破された時は潔く死のうと思う。
とにかくこのふざけ倒した性格や言動を許容する程度には、役に立つ能力の持ち主なのだ。
この短時間でここまで騒ぎを起こす仲間達と、どこにあるかもわからないゾゾリニが討たれた場所を探さなければならない。
外の吹雪はどんどんと強くなっており、すぐ先の景色もわからなくなっている。
時間がかかりそうだと思うと、胃が少し痛くなった。