4 兄side
私の妹は謎である。
まだ数百年しか生きていないはずのあの子は今、四天王と平然とゾゾリニを討った天使について話し合っている。
アメジストとサファイアを混ぜ込んだような瞳に感情の揺れは見えず、静かに奏でられるオルゴールのような声も普段通り心地よい。
先程ノアから受けた攻撃のことなどもう頭にはないのだと思われる。
だがあの攻撃は本来、あんな風に流されていいレベルの攻撃ではない。
無詠唱、それに加えノアほどの使い手となると魔法行使時の魔力の揺れはほぼなく、事前に感知するのは不可能といっていい。
威力もお巫山戯とは言えない程度には高められているものであった。
にも関わらず無傷。
いや本人にまで届かなかったが正しいだろうか。
なにかに守られているかのように、あの子に攻撃が届くことはなくただ火花を散らし消えた。
本人は驚いた様子も怒る様子もなく、会議を進めようという始末。
まるでこの程度騒ぐことではない、幼子の悪戯だといっているかのようであった。
妹という存在を口に出すことは禁止。
それは妹の初めての狩り後から我が家での暗黙のルールとなっていた。
あれは我が家の禁忌。
家族と思ってはいけない。
関わってはいけない。
誰にも存在を話してはいけない。
そうきつく言いつけられていたのだ。
なぜ急にそうなったのか、なぜあの日から何人もの使用人達がいなくなったのか。
疑問はもちろんあった。
だが深く考えることはせずに、ただ父母の言うことは絶対だった幼い私は、その約束も忠実に守った。
そして確かに今まで普通に一緒に生活していたはずの妹が生きていることは知っているのに、私の生には一切関わってこないという最低な生活を送ることとなる。
今なら父母の言っていたことがよくわかる。
妹は特別なのだ。
家族として扱うには畏れ多い存在。
初の戦闘で我が家の特別な訓練を受けた使用人を皆殺しにするなど、有り得ないほどの潜在能力。
しかし、父母はそれを喜ぶどころか妹を地下へ閉じ込めた。
世に放つのを恐れたのだろう。
いつか自分達ではコントロールしきれない脅威になると判断したのだ。
地下での生活は私には想像もできないが、陽の光を浴びれず、他者と関わることも無く、刺激のない生き殺しの生活であったであろうことはわかる。
幸いにも妹は穏やかな思考の持ち主であったが故に、無理やり出ることはしなかっただけである。
あの頃のことを妹はどう思っているのだろうか……。
父母が死に、妹への関与を許される立場になった私はすぐに外出許可を出したものの、妹は地下へ篭もり続けた。
もしかしたら力を使うことがトラウマになっていたのかもしれない。
使用人を皆殺しにした結果閉じ込められた。
自分の能力を悪だと勘違いしているのではないだろうか。
……なんてもったいない、なんて可哀想な妹。
魔族的に素晴らしい力に恵まれながら、自分達の保身に走った親によって心に傷を負っている。
これは兄がどうにかしてやられなばなるまい。
そう思った私は仕事という名目のリハビリをあの子に課すことにしたのだった。
私が命ずることによってこれは悪ではないのだと少しずつ理解していけばいい。
初めは戸惑った視線でこちらを見ていたあの子も、最近は少し慣れてきたようだ。
相変わらず時間が空けば地下に篭もってしまうが、いつかきっと兄の気持ちをわかってくれるだろう。
立派に独り立ちできるまで、世話してやろうと誓っている。
四天王として立派に話し合いをしているあの子を見てその時は近いのではないかと泣きそうになるが、魔王であるからに表情には出さない。
心の中だけに留めて、しっかりとあの子の成長を目に焼き付けるのだった。