7. アルドの冒険者組合
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明くる朝、こがねの麦亭を出た僕たちは冒険者組合に向かって歩いていた。結局フルルが隣のベッドにいることが気になって熟睡できなかった僕は、少し寝不足気味だ。
横を歩くフルルをちらりと見る。僕と違って昨夜も平然としていたフルルは、ぐっすり眠れたみたいで機嫌が良さそうだ。顔はあんまり変わらないけど、なんとなく足取りが軽い気がする。
最近のフルルは、出会ったころと違っていろんな顔を見せてくれるようになった。初め誰に対しても刺々しかったフルルを少し思い出す。よく考えると、あのフルルと昨日のサシャちゃんの様子はどこか似通っていたような……。
そんなことを考えていると、いつの間にかもう目的地に着きそうだった。アルドの街の中心地、大通りを進んだ先にある広場の周りに、たくさんの建物が立ち並んでいる。公共施設や冒険者組合、商業組合なんかの建物だ。
僕たちは剣と羅針盤が重なったシンボルが掲げられた建物、冒険者組合に向かって進む。分厚い木の扉を押し開くと、むっとした熱気に出迎えられた。中にはすでにたくさんの冒険者がいて、カウンターで職員さんと話したり、掲示板で依頼を見繕ったりしている人でいっぱいだ。
僕はフルルに向かって言った。
「それじゃあフルルは先に登録してきてもらってもいい? 僕は依頼を見ておくよ」
「ん、わかった」
フルルはリディアでしか冒険者として活動していないから、まずファルタールの冒険者組合に登録する必要がある。僕はもう登録しているから、一人カウンターに進むフルルを見送って掲示板まで向かう。
掲示板の前には、僕と同じように依頼を見に来た冒険者がたむろしていた。みんな真剣に依頼書を吟味している。
僕は冒険者たちの隙間から貼られた依頼書を検分する。二人だけでも安全にできそうなのは、街の雑用や薬草の採取、ゴブリンの討伐、オークのコロニーの調査。変わり種だと水棲魔物の捕獲なんてのもある。
とりあえず生活費を稼ぐために、パーティを探すのと並行して依頼をこなそうと思ってるだけだから、ほんとに簡単なやつでいいかな。あとでフルルにも意見を聞こう。
僕はひとまずそう結論付けると、人が集まる掲示板を離れようとした。だけどその時。
「邪魔だ」
「うわっ」
後ろからどんと衝撃が走る。僕は横に押し飛ばされてしりもちをつく。いたた……。
押された方に視線を向けると、犯人が分かった。大柄な冒険者の男が、他の冒険者たちを突き飛ばしたり、凄んでどかせたりしているのが見える。被害を受けた冒険者たちは、迷惑そうであったり、怒っているように見えるけれど、大柄の冒険者に直接文句を言う人は誰もいなかった。
うわあ、こ、怖そうな人だなあ。
僕は内心でびくびくしながら、立ち上がってほこりを払う。僕を突き飛ばした男は二人の取り巻きを連れて、さっきまでの僕と同じように依頼書に目を通している。
「ガイさん、これなんてどうです」
「あん? ……オークのコロニーの調査、か。まあ戦わずに金がもらえるってのはいいかもな。これにするか」
ガイと呼ばれた男は依頼書を剥がすと、そのまま取り巻きを連れてカウンターへ向かっていった。残された冒険者たちがガイさんの背中を睨む。ぼそぼそと文句を言う声も聞こえた。
うーん、なんだかあの人評判が悪いみたい。見るからに強そうな戦士だし、絡まれないように気を付けなきゃ。後衛の僕なんかひとたまりもないよ。
冒険者というのは基本的に荒事を生業とする。だから、普通より気性の荒い人が多いものだ。だからあまり目に余る態度を取っていると、他の冒険者に目を付けられたりするはずなのだけど。きっとガイという冒険者はけっこうな実力者なのだろう。
僕はガイさんにはできる限り近づかないようにしようと心に決め、空気の悪くなってしまったこの場を離れた。そうして隅の方でアニマに魔力をあげていると、しばらくして登録を終えたフルルがやってきた。いつもの無表情で、冒険者証を掲げて見せてくる。
「登録できた。Eランク」
金属でできた冒険者証は、鉄でできた下位冒険者用のそれだ。名前とともに刻まれたランクもフルルが言った通りEである。だけど一番下のランクはFのはず。どうしてフルルはEランクなんだろう?
「リディアでのランクを考慮して、Eからにするって」
疑問に思っていると、フルルが答えてくれた。
「へえ、そんなことしてくれるんだね」
僕がリディアで登録したときは普通にFからだったけどなあ。僕のファルタールでのランクはEなんだけど、それじゃ足りなかったのかな。
昔のことを思い出して考えていると、服の袖を引かれる。顔を向けるとフルルが言った
「依頼いいのあった?」
「あ、うん。それなんだけど、二人でできるのがいくつかあったから見繕っておいたんだ。フルルの意見も聞こうと思って。あと、依頼を受注したら早速パーティを探してみない? ほら、そこ」
僕が指を指した先には、いくつかのテーブルと椅子を置いたスペースがある。横にパーティ募集の立て札もあった。
「パーティを探す人はそこでやるみたい。少し話をして良さそうな人がいたら、とりあえず一回一緒に依頼を受けてみるといいかも」
「わかった」
今は誰もいないけど、僕たちがそこに座っていれば、パーティを探してる人が声を掛けてくるだろう。よし、そうと決まればまず依頼を受注しよう。
「じゃあ、依頼がなくなる前に掲示板の方に行こっか。僕が見た感じだと、薬草の採取とかゴブリンの討伐とかがいいかなって思うんだけど」
フルルに話しかけながら掲示板へ移動する。さっきと同じように他の冒険者にまじって依頼を確認した。フルルと二人で相談して、結局初回は簡単なもので落ち着く。僕はゴブリン討伐の依頼書を手に取ると、フルルを連れてカウンターまで向かった。
「はい、たしかに受注しました。期限は本日の夕方の鐘がなるまでですのでお忘れなく」
「ありがとうございます」
受付を済ませた僕たちは、さっき話していたパーティ募集のエリアへ向かった。いい人が見るかるといいな。