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閑話2. 残された仲間たちの不和

閑話2*


 風が吹き渡る草原に、魔物の群れの姿がある。灰色の丈夫な毛皮に、刃物のような爪と牙を持つ狼の魔物だ。単体なら特筆すべきところのない魔物でも、三十を超える数集まれば冒険者のパーティを崩壊させるに十分な脅威だ。


 そして、その群れと向かい合うたった三人の冒険者がいた。剣士が二人に魔法使い一人、全員が年若く、はたから見ればとても魔物をさばききれるとは思えない。


 けれど三人――トウリとマーチ、サイは、まったく気負った様子もなく、群れに向かって攻撃を開始する。


「――。『(はやて)の刃』」


 駆けだしたマーチとサイの後ろで、詠唱を済ませたトウリが大きな杖を構えた。杖の先に緑色の魔法陣が生まれ、そこから魔法が放たれる。


 若草色の髪を揺らし、目に見えない風の刃が撃ち込まれた。さらに、通常は一つ刃が放たれるところを、トウリはいくつも連続して放ち続けた。魔法は何体も魔物を両断し、他の魔物にも鋭い切り傷を与える。


 魔物たちは見えない攻撃におびえ、威嚇の鳴き声を上げた。そこに飛び込むのは、それぞれ剣を抜いたマーチとサイの二人だ。


「数だけ多くても、うっとうしいだけよ!」


 マーチは疾走しながら両手の剣を素早く振るう。すれ違いざまに二体の魔物から鮮血が散った。魔物の断末魔を置き去りに、マーチはすでに次の敵へ向かっていた。その後も魔物が追いつけない速度で動いて、一方的に魔物を狩り続ける。


 とても敵わないと見た数体の魔物たちは、マーチから反対方向へと駆けだした。そして進行方向に立つサイに、そのまま喰い殺して逃げると言わんばかりに襲い掛かった。


 けれど、サイはすでに攻撃準備を終えていた。両手で構える長剣は、少しも揺れずにぴたりと静止している。


 動きを見せないサイに、好機と見た魔物たちが飛び掛かった。


 そして次の瞬間、剣を振りぬいた姿勢のサイと、地面に落ちてぴくりともしない魔物とが残される。サイは魔物を見ることもなく、美しい所作で剣を鞘に納める。魔物の身体から、遅れて血が吹きあがった。


 それから同じような光景が何度か繰り返され、やがて草原に立つのは三人だけとなる。


 三人はその後、誰からともなく魔物の死体に近寄り、討伐証明部位の回収を始めた。セージがいた時とは打って変わり、全員が無言で重苦しい空気の中で淡々と作業を進める。


 こうして、平均的な冒険者パーティがやられるような群れを相手に、二人欠けた宿り木の剣は、それでも顔色一つ変えずに討伐依頼を終えるのだった。




 セージがいなくなってから、一週間が経った。


 依頼を終えて街に帰ってきた三人は、会話もまばらにすぐ宿屋へと向かう。これまでは依頼終わりにみんなで食事に行くのが普通だったのだけれど、セージとフルルがいなくなってからはずっとこうだった。依頼に出ている間に、セージたちが帰ってきていることを期待しているのだ。


 そうして宿屋に着いた一行は急いで部屋へと向かう。扉を開けて中を確認し、誰もいないことが分かって大きく肩を落とす。ここまでがこの一週間でお馴染みとなった一連の流れだった。


 暗い顔をしたトウリがため息を吐いた。


「今日も帰ってない……」


 沈んだ空気の中、三人は部屋の中に入ってベッドや椅子に腰かける。誰も言葉を発そうとしない。


 顔をうつむけたトウリが、ぎり、と歯を鳴らす。


「……マーチさんのせいだ」


 ぽつり、と。沈黙を破って呟いたトウリが、恨めしそうな目つきでマーチを睨む。マーチはそんなトウリを睨み返した。


「……うるさいわ」


 マーチは小さく、「どうして帰ってこないのよ」と呟く。サイが呆れた視線をマーチに向けている。


 トウリはそんな二人の様子を冷めた目で一瞥し、立ち上がる。つられて視線を向けるマーチとサイに向かって告げた。


「こうして待っていても、セージくんたちは帰ってこないかもしれない。だったら、もうボクたちの方から迎えに行こう」


 トウリは静かな口調に見合わない、強い意志の灯った眼差しを見せる。普段は温厚なトウリだけれど、この時ばかりは異を唱えることを許さない雰囲気があった。


 そんなトウリにたじろいだマーチは、けれどすぐに自分の調子を取り戻す。そして、セージたちを迎えに行くことの意味を考える。


 たしかに、このままではセージは帰ってこないのかもしれない。それは嫌だし許せない。自分の思うように動いてくれないセージに苛立ちを感じる。


 だけど、だからと言って。


「……セージに頭を下げるなんて、私いやよ」


 マーチの言葉に、トウリとサイは目を眉をひそめた。


「マーチさん……それ、どういう意味?」


「言葉通りよ。セージとフルルを迎えに行くのはいいけど、私はセージに謝ったりなんてしないわ。むしろ向こうの方から頭を下げて戻ってくるべきよ」


「……マーチ、意固地になるのもそれくらいに――」


「うるさい! 私は、いやなの!」


 見かねて口を出したサイに、マーチは子どものように言い返す。その剣幕にサイは何も言えなくなってしまう。


 また部屋に嫌な沈黙が降りる。マーチは自分に向けられる視線を無視する。


 セージに謝ることはできない。セージはずっと、マーチたちの後ろを追ってきていたのだ。回復魔法でも弓でも、パーティの一員として戦いには貢献していた。だけどマーチには、自分がセージを守っていたという自負がある。


 セージのことは大事な仲間だと思っている。信頼もしている。だけど、素直に自分から謝ることなんてできなかった。


 黙り込んでしまったマーチを見て、トウリは大きなため息を吐く。そして、抑揚のない声で言った。


「君が謝るかどうかは、とりあえず今は置いておいてあげる。だけど、セージくんとフルルちゃんを迎えに行くのはもう決定だよ。嫌なら宿り木の剣を抜けて」


「と、トウリ……お前も少し頭を冷やしてくれ。マーチも素直になれないだけで――」


「ボクは冷静だよ。とにかくそういうことだから、旅に出る準備をしておいて。明日にはここを出るからね」


 トウリはそう言って、部屋に置いた荷物を纏めだす。少し間をおいて、マーチとサイも自分の荷物の用意を始めた。


 こうして宿り木の剣の一行は、大きな不和の芽を抱えながら、とうとうセージの後を追い始めたのだった。


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