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6. フルルとの相部屋

6*


 じいっとフルルを見つめていると、フルルはまるでサシャちゃんたちのことなんて何もなかったみたいに歩き出した。人通りが多いから体の小さなフルルを見失わないように、僕はぴったりフルルの横につく。横目にフルルの顔を見ても、なんの感情も読み取れない。


 なにも話してくれそうにないので、とりあえずさっきのことは忘れよう。僕はそう決めて、フルルと並んで通りを進む。


 そうして僕たちは、たくさんの屋台やお店なんかの前を通り過ぎた。まだ食べていない夕ご飯のことが頭に浮かんだけれど、今日はもう遅くなるし、宿屋でご飯も出してもらおう。明日からは屋台でなにか買ったり、おいしい料理屋を探すのもいいかもしれない。きっとフルルも喜んでくれる。


 僕は宿屋を探して通りを見渡しながら足を進める。歩幅の小さなフルルのペースに合わせてゆっくり歩いた。


 しばらくして、地面に立てられた古めかしい木の看板が目に留まった。「こがねの麦亭」と書かれている。どうやら宿屋みたいだ。建物は古いけれど、きちんと手入れがされていてむしろ趣がある。


「ここ、覗いてみよっか」


「わかった」


 僕はフルルに確認をとってから、宿屋の扉に手を伸ばす。きい、と木のきしむ音を立てて扉が開いた。


 中に入ると、活気の良い声がいくつも聞こえてきた。入って左手側に、料理屋のようにテーブルと椅子が並んだスペースがある。たくさんの人がいるのが見えた。テーブルには料理とお酒が並んでいる。


「人も多いし人気みたいだね。部屋は空いてるかな……」


 少し心配していると、奥から宿屋の主人がやってくる。白髪の交じった人の好さそうなおじさんだ。


「やあ、いらっしゃい。食事かな? それとも宿泊かい?」


 にこにこと笑いながら問いかけてくるおじさんに、僕は問いかける。


「できれば宿泊したいんですけど、部屋は空いていますか?」


「……うーん、見たところお二人さんのようだけど、あいにく今空いている部屋は一部屋しかなくてね。それでもいいなら大歓迎なんだけれど」


「一部屋ですか……。えっと、相部屋はさすがに……」


 僕は苦笑しながら答える。雰囲気のいいところみたいだけど残念だな。せっかくだしご飯だけでも食べていこうかな?


 どうしようかとフルルに問いかけようとして顔を向ける。するとフルルはとんでもないことを言い出した。


「いっしょの部屋でいい。ここに泊る」


 僕は一瞬固まって、大きく目を開く。


「え、ええっ!? 何言ってるのフルル! だ、駄目だよそんなのっ」


「なんで?」


「だ、だってそれは、僕は男で、フルルは女の子だし……。い、一緒の部屋に泊るなんてっ」


 僕は焦っていろいろ口走る。フルルはそんな僕をうっすら笑みを浮かべながら見つめている。


 あれっ。これってもしかして、いつも通り僕をからかってる?


「と、とにかく同じ部屋に泊るのはまずいと思うんだ」


「でも、セージはトウリとかサイと一緒に泊ってた」


「それは二人とも同性だから」


「……。それに、どうせセージはへたれの童貞だから安心」


「んなっ!」


 フルルは瞳に嗜虐的な色を浮かべて言った。


 た、たしかに僕はへたれだけど……。というか女の子が童貞って言っちゃ駄目だって!


 慌てる僕と平然としているフルルを見て、ずっとそのやり取りを見守っていたおじさんがまあまあと間に入ってくる。


「女の子にここまで言わせちゃったら、男は腹をくくるしかないんじゃないかい? 君も同じ部屋が嫌ってわけじゃないんだろう?」


「そそ、それはいやってことはないですけど……」


 僕はうーんと唸りながらフルルを見る。じいっと見つめ返されて、照れて視線をそらしてしまった。


 ふ、フルルはどうしてそんなにいつも通りなの。恥ずかしくないのかな? 僕を男として見てないのかな……?


 まったく平気そうなフルルは意見を変えるつもりもないらしい。早く決めろと言わんばかりの態度だ。いや、むしろこの状況を楽しんでいる節さえあるように見える。


 そうしてしばらくの間悩んだ僕は、とうとう観念した。


「……わ、わかりました。それじゃあ、一緒の部屋でいい? フルル」


「ん。いい」


「それなら……おじさん、僕たちここに泊ります」


 少し顔が熱い。変に意識しちゃ駄目だ。いつも通り、いつも通り……。


 僕の様子を見ておかしそうに笑ったおじさんは、鍵を取り出して差し出してくる。


「それじゃあ君たちの部屋は二階の一番奥だ。それと今晩の食事はどうするんだい? うちで食べるなら部屋代と合わせて少し安くしておくよ」


「ご飯もお願いします」


「なら、部屋に行って荷物を置いたらまた一階へおいで。厨房の妻に言って料理を用意しておくよ」


「ありがとうございます」


 僕はおじさんに頭を下げた。お金を払って、フルルと一緒に部屋へ向かう。恥ずかしくてフルルの顔を見れなかったから、ずっと前だけを向いていた。


 おじさんの奥さんが料理を作るんだね。一体どんな料理を出てくるのかな。たくさん人がいたし、きっとおいしいよね。


 僕は今夜フルルと同じ部屋で寝ることから目をそらして、湯気を上げる料理を想像する。そんな僕を、フルルが意地悪く笑った気がした。


 さ、さあ、今日は大変な一日だったから、早くご飯を食べて寝ようっと! 



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