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5. 不機嫌な女の子

5*


 僕はからかってくるフルルに狼狽える。年下のフルルこんな風にされるのはちょっと情けない気もするけど、僕はいつも彼女のいいようにされてしまう。こ、こういう時は逃げるのがいちばん。


 僕は視線で苛めてくるフルルから顔をそらし、先ほど治療したアトラ君を見に行く。


「ど、どうかな。傷はとりあえずふさがったから、もう命の心配はないと思うんだけど」


 アトラ君の側に座り込む少女は、初めは僕の声に気づいていないようだった。じいっとアトラ君を見て、傷のあった場所をたしかめ、撫でたりしている。長い栗色の髪に隠れて表情もよく見えない。


「いっぱい血を流したみたいだから、街に帰って目を覚ましたら、たくさん栄養のあるものを食べさせてあげてね」


 僕はそう言って、少女の横からアトラ君の様子を確認する。意識はなく目を閉じている。だけどまだ幼い顔に苦痛の表所はなく、穏やかな呼吸の音が聞こえる。


 うん、これなら大丈夫そうかな。


 アトラ君の容態に安心していると、僕の隣で少女が立ち上がる。視線を向けると、僕を鋭く見下ろすヘーゼルの瞳とぶつかった。


 少女は僕に向かってぶっきらぼうに告げた。


「……アトラを治してくれて、ありがとうございます」


「ううん、いいよ。君たちも冒険者だよね。困った時はお互い様だよ」


 僕はにっこり笑ってそう言った。だけど少女はどこか警戒した様子で、ひりついた雰囲気をまとっている。僕たちはしばらく無言で向かい合う。


 魔物に襲われたばかりで、まだ落ち着いてないのかな……?


 少女の緊張をほぐそうと、僕はとにかく柔らかい態度を心がけて声を掛ける。


「あ、えっと、自己紹介がまだだったよね。僕の名前はセージ。リディアで冒険者をやってたんだ。それでこっちの子は――」


「フルル。べつに覚えなくてもいい」


 僕の気遣いを無にするフルルに、僕はすこし責めるような視線を向ける。


「ち、ちょっとフルル。なんでそういうこと言うかな」


 僕の視線も言葉も意に介さず、フルルはつまらなさそうに足で地面の小石を蹴づく。まさに我が道を行くといった様子だ。


 僕は気まずくなって、あははと愛想笑いする。少女はそんな僕らを一瞥して、けれど口を開かない。し、失敗しちゃったかな?


 冷や汗を流していると、少女は僕から視線を外してしゃがみ込む。アトラ君の身体を起こして、服に付いた汚れを払っている。


 怒らせてしまったと焦っていると、こっちを見ないままに少女が言った。


「……サシャです。助けてくれたことは感謝します。それでは」


 不愛想にそう言って、抱き起したアトラ君をやりづらそうにおぶって、そのままここを去ろうとした。


 僕は慌てて彼女を呼び止める。


「ち、ちょっと待ってサシャちゃん。一人でいくつもりなの? 危ないよ!」


「平気です。ほうっておいてください」


「そんなわけにはいかないよ。それに僕たちも街に行きたいんだ。行先は同じなんだから一緒に行こうよ」


 僕はとっさにそう言った。意識のない人を背負った状態で、一人サシャちゃんを放り出すことなんてできない。どうせ同じ方向に行くんだから、一緒に行った方がいいに決まってる。


 僕は視界の端で、サシャちゃんを無視して遠くを眺めるフルルを見る。駄目だ、フルルはどう見てもサシャちゃんを説得してくれそうにない。


 僕はあきらめてサシャちゃんの返答を待った。彼女は僕を睨むように見ている。迷っているようだった。


 黙って少し後ろをついていこうかなんて考えていると、サシャちゃんは少しうつむいて僕たちに言った。


「……分かりました。なら、街までは一緒に」


「! うん、それがいいよ。ねっ、フルル」


「わたしはどうでもいい。いやなら別々にいけばいい」


「……うん、君はそういう子だったね」


 サシャちゃんが頷いてくれてほっとする。別々に行ってまたサシャちゃんたちが魔物に襲われたら大変だ。ちゃんと無事に街まで送り届けてあげないと。


 さあ、それじゃあ行こうか。サシャちゃんも早くアトラ君を休ませてあげたいだろうしね。


 僕たちは倒した魔物から素早く討伐証明部位を回収した後、みんなで街に向かって歩き出した。




 あれから二時間くらい歩いただろうか。太陽が遠くの山の稜線に沈んで薄暗くなってきたころ、僕たちはやっと街に到着した。


 一応冒険者だから二時間くらいはどうってことないはずだけど、なんだか妙に疲れたよ……。


 僕は左右それぞれに視線を向ける。右にはいつもどおり飄々としたフルルがいて、左に仏頂面でアトラ君を背負うサシャちゃんがいる。二人はどちらも前だけを見ていて、お互いなんの干渉もしない。せっかく一緒にいるんだから、もうちょっと和やかにしようよ……。


 僕は疲れを意識しないよう頭を切り替え口を開いた。


「や、やっと着いたね、みんなお疲れ様! サシャちゃんはずっとアトラ君を背負ってたけど大丈夫?」


「……。平気です」


「そ、そっか! 体力あるね、あはは……」


 サシャちゃんに言葉を掛けるけど、相変わらず返事はつれない。鋭い視線を向けられて僕は冷や汗をかく。


「ふ、フルルはどう? 戦闘した後あんまり休めなかったと思うけど、大丈夫かな」


「ん、だいじょうぶ。あんなの大したことない。戦ったうちにもはいらない」


 フルルは意図してかそうでないのか、サシャちゃんを煽るような物言いをする。案の定サシャちゃんは僕とフルルを気に入らなさそうに睨む。なんで僕まで……?


 ここまでの道中も、サシャちゃんはずっとこんな感じだ。気まずくて話を振ったりもしたけれど、彼女は不機嫌そうに一言二言返すだけだった。


 ついでに言えば、なにが気に入らないのか、フルルもなんだかサシャちゃんをよく思っていないように見える。単純にサシャちゃんの態度が原因なのかもしれないけど、普段のフルルはそんなことを気にする子じゃないと思うんだけどな……。


 とにかく、サシャちゃんとはろくなコミュニケーションもとれなくて、会話もすごく少なかった。分かったことといえば、姉弟で冒険者をしている二人が手に負えない数の魔物に襲われ、逃げていたところを僕たちが助けたということくらい。


 アトラ君を背負うの代ろうかと聞いたときは、ものすごい剣幕だったなあ……。街について、やっと気まずさから解放されると少し安堵したのは内緒だ。


 僕たちは魔物対策の簡易な外壁にあいた街の入り口へと進んでいく。今日はそれほど混んではいないようですぐ街に入ることができた。街道はそのまま壁の向こうまで、街の大通りとして続いている。


「アルドの街は久しぶりだなあ。やっぱり立派だね」


 街並みを見て感心する。実は僕はこの街に一度来たことがある。ファルタールには僕の親戚がいて、その関係で冒険者として活動していた時期が少しだけあるのだ。宿り木の剣を抜けて隣国のファルタールに来たのも、その親戚がいるからというのが理由の一つだ。


 僕はアルドに初めて来たはずのフルルに顔を向ける。フルルは特になんの感慨もない様子で、ぼんやりと通りを眺めている。


 相変わらず感情表現が少ないフルルに苦笑していると、後ろにいたサシャちゃんたちが進み出てきた。


 街に着いたんだから、彼女たちとはお別れかな。


 僕はサシャちゃんに声を掛けた。


「僕たちはこれから、今日泊まる宿を探しに行くよ。大丈夫だと思うけど、もしアトラ君の足の調子が悪かったりしたら言ってね。たぶん冒険者組合に来れば会えると思うから」


「……いえ、大丈夫です。そのかわり、アトラの治療費はいずれ払いに行きます。――だからもう、これ以上私たちに関わらないでください」


「え……?」


 サシャちゃんは最後に僕を睨みつけると、足早に立ち去って行った。背負ったアトラ君の重さに少しふらつきながら、けれど誰も寄せ付けないとがった空気をまとって。


 ぼ、僕なにか怒らせること言っちゃったかな……?


 サシャちゃんの言葉に動揺していると、フルルが口を開く。


「あんなのほっとけばいい。まわりみんなが敵だって思い込んでるだけ。……人の善意もうけとれない、ただのあまったれた子ども」


 思いがけず辛辣な言葉に、僕は目を見張る。


 ど、どうしたのかな。口は悪いけど、いつもはそこまで言わないのに。


 普段と様子が違うフルルに心配になる。僕はフルルの顔を覗き込んだ。


「なに」


「……な、なんでもない」


 意気地なしの僕は、思わず口を閉じてしまう。だけど、フルルの表情の乏しい顔を見て僕は思った。口ではあんなことを言ってるけれど、フルルはサシャちゃんたちをほうっておけないと、そう思ってるみたいに見えた。



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