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4. 退治と治療と

4*


 僕は襲われている少女の方向へと駆ける。フルルはもう僕よりはだいぶ先を走っていて、少女とすでにすれ違っている。剣を抜いて魔物に斬りかかるところだった。


 僕はある程度まで近づいたところで立ち止まり、突然の闖入に驚く少女に呼びかけた。


「大丈夫ですか! 魔物たちは彼女、フルルに任せてこちらまで下がってきてください。援護します!」


 少女が僕の言葉に反応したのを確認し、弓を構える。


「アニマ、腕の強化を」


 頭の横を浮遊するアニマに、少しの魔力と引き換えに協力を頼む。アニマは返事をするようにくるっと旋回し、ひときわ強い光を放った。僕の両腕が魔力をまとう。命属性の魔法による筋力の強化だ。


 僕は強化された力を確かめるように、ぐっぐっとこぶしを握る。そうして弓に矢を番えると、弦をぎりぎりと引いた。


 視線の先では、フルルが身軽な動きで魔物たちを翻弄している。四方を囲まれながらも、背中に目がついているかのように攻撃をかわし、隙をついて魔物に斬撃を浴びせる。靡く髪が、まるで流れ星のように銀色の尾を引く。


 魔物たちの数は瞬く間に減っていく。だけど、さすがにフルル一人ではあの数すべてをカバーできなかった。


 こっちに向かって走ってくる少女を追って、三体の魔物が背後から駆けてくる。僕は少女の姿を意識の端で捉えながら、追う魔物たちに焦点を合わせる。


 よく狙うんだ。一射で倒す必要はない。ただあの魔物たちが自由に動けないように……。


 僕は弓を引いたまま落ち着いて魔物たちの位置を確認し、すっと息を止める。意識が研ぎ澄まされ、周囲から音が消えた。


 僕は脳裏に描いたルートに沿って、そっと矢から指を離した。


 弓から飛び出した矢は、細い音を鳴らしながら空気を裂いて飛ぶ。強化された筋力が矢に余すところなく力を伝えていた。


 凄まじい速度で飛翔する矢が走る少女の横を通過し、一番前にいた魔物の飛び掛かろうと力を込めた足の前に突き刺さる。矢は激しい土煙をあげながら地面をえぐった。


 魔物は衝撃に驚き、とっさに回避行動をとる。僕の誘導した通り、こっちから見て右奥の方向だ。そしてその先には少女を追うもう一体の魔物がいる。二体の魔物は思惑通りにぶつかって、もつれあい転倒した。その隙に二体の魔物から視線を外し、素早く矢を番えて第二射を放つ。


「キャオンッ!」


 速射で放った一矢は、少女に迫る残った一体の胴に刺さった。深く刺さった矢は狙い通り内臓を傷つけたのか、魔物は血を散らしながら転倒して動かなくなる。これであとは……。


 僕のもとまでたどり着いた少女と、彼女がおぶっていた少年を背に、僕はまた矢を弓に番える。だけど、たぶんもうこの矢を放つことはない。


 僕が目を向けた先では、あらかたの魔物を倒し切ったフルルが、先ほど僕が転倒させた魔物に向かっていた。魔物たちが逃げる間もなく、鮮やかな剣閃が二筋走る。


「……ふう。いい運動になった」


 フルルは剣を振るって血を払い、腰の鞘に納めた。


 一仕事終えたフルルが僕たちの方へと歩いてくる。僕はいつものようにフルルへ労いの言葉を掛けようとして、まだすべてが終わったわけじゃないことを思い出した。


 あの男の子、おぶられてたってことは怪我をしてるんじゃ……!


 後ろを振り返ると、少女が懸命な表情で地面に横たえた少年の手当てをしている。


「アトラ、しっかりして! 気を強く持って! ……あぁ、血が止まらない……!」


 少女は必死にアトラと呼ばれた少年の太ももを抑える。けれど手の隙間からは真っ赤な血が流れ出てくる。かなりの出血量だ。アトラ君は意識が朦朧としているようで、開いた目は焦点があっておらず、その幼い顔は青白くなっている。


 まずい、早く血を止めなきゃ!


 僕は急いで二人の元へ駆け寄ってしゃがみ込む。アニマも心配そうにアトラ君の周りを飛んでいる。


「僕は回復魔法を使えます。今から彼を治療するので少し離れてください!」


 余裕のない表情で僕を見た少女に、何か声を掛けられる。だけど僕もそれを気にする余裕はなく、急いで練った魔力をだいぶ多めにアニマへと渡した。


「アニマお願い、できるだけ強力なやつを、できるだけたくさん!」


 あいまいな頼みをくみ取ってくれたアニマは、ちかちかと輝いて僕の代わりに回復魔法を発動してくれる。さあ、ここからは僕の仕事だ。


 精霊術士というのは、いくらかの魔力と引き換えにして、魔法の発動を精霊に肩代わりしてもらう。そうすることで、術士が使った魔力以上の、本人の能力を超えた魔法を扱えるようになる。


 それだけ聞くと精霊魔法には良いところしかないように思うけれど、基本的に精霊たちというのはおおざっぱだ。どれだけ細かい指示をしてもその通りの魔法が発動することはあんまりなく、下手をすれば違った効果の魔法になることだってある。


 そこで僕たち精霊術士の出番だ。術士は精霊と契約を結んだことで、ある程度発動したあとの魔法に干渉することができる。他者が使った魔法をいじるのは独特の難しさがあるけれど、あとは自分の思う通りの形、威力、範囲の魔法になるよう手を加えてやればいいのだ。


 ここからが踏ん張りどころだ。


 僕はアニマが連続して発動する回復魔法を、逐一制御してアトラ君へかけていく。人体に作用する魔法というのは基本的に扱いが難しく、連続して複数となると困難を極める。


 だけど、まだ精霊として成長途中のアニマじゃそこまで強力な回復魔法を使えない。だったら数を用意するしかない。あとは僕が頑張りさえすれば……!


 回復魔法の白く優しい光がアトラ君の足の上で何度も瞬いた。深く大きく抉れた太ももは魔法が発動するたびに癒えていく。


 目に汗が流れる。それでもけして集中を途切れさせてはいけない。回復魔法の失敗は、むしろ患者を傷つけることさえある。だから僕は、アトラ君と魔法の制御以外のすべてを思考から追い出す。一回一回、全力で制御して魔法をかけ続けた。


 そしてもう十何度目かの魔法を発動し終え、僕は大きく息を吐いた。


「……ふう」


 汗を拭う僕の前にはすっかりすべすべの皮膚を見せる太ももがある。足の怪我を治癒しきったのだ。僕はアトラ君が大丈夫そうなことに安堵し、緊張を解いた。


「よかった、これで……」


 少女がアトラ君に駆け寄って怪我の様子を確認している。すっかり足が治っているのを見て涙を浮かべている。


 ああ、無事に治せて本当に良かった。安心して顔を緩める少女を見て、僕は心からそう思う。頑張った甲斐があった。


 同じ色の髪をしているし姉弟なのかな。だったらなおさら心配だったよね。


 助けた二人の様子を見て微笑んでいると、隣から声が掛けられた。


「セージ、おつかれ」


 いつの間にか隣にいたフルルが、いつも通りの無表情で僕を労う。アトラ君の治療に必死で、側に来ていることに気づかなかったみたいだ。


 僕は魔物を倒してくれたフルルにお礼を言う。


「フルルもありがとう。ほとんど一人で魔物の相手をさせちゃってごめんね」


「あんなの、なんてことない。でもセージ、その女にいいとこ見せようと張り切るのはいいけど、ちゃんとわたしも褒めなきゃダメ」


「い、いいとこ見せようなんて、そんなこと思ってないよ! 僕はただ、彼女たちが危なかったからっ」


「ほんとに? セージ、焦ってるのあやしい」


「ほ、ほんとだってば! 信じてよ!」


 情けない声を上げる僕を見て、フルルは意地悪そうな笑みをうっすら浮かべる。


 ほ、ほんとにそんなことは考えてないよ。僕はただ必死だっただけだから!


 変な誤解をして欲しくなくて焦る僕を見て、フルルは満足そうに鼻を鳴らす。


 こ、これはもしかして僕をからかってる……? もう。僕で遊ぶのはやめて欲しいんだけれど!


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