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3. 追われる少女

3*


 僕たちがもといたリディア王国の隣国、ファルタール共和国の街道を、一台の馬車が走っている。二頭の馬にひかれる馬車の外を、太陽に照らされる農村や山岳、草原なんかが流れていく。


「のどかだなあ」


 そう呟いた僕の頭上で、白く光る球のようなものが浮いている。光の球はちかちかと点滅しながら、僕の身体からにじみ出る魔力を美味しそうに吸収している。


「もうずいぶん遠くまで来たね」


 契約精霊(・・・・)に魔力をやりながら外を見ていた僕は、フルルに話しかけた。


 行商の馬車に乗せてもらっている僕たちは、商人兼御者さんが座る御者席の後ろ、荷物がたくさん積まれた荷台の後ろに詰めて座っている。足だけが馬車から出てぷらぷらと揺れている。横を見ると頬が触れそうなほど近くに可愛らしい、けれど表情のない小さな顔があった。


「もうすぐ街につく?」


 僕と同じように魔力を操っていたフルルは、こっちを向いて首をかしげた。銀色の細い髪がさらりと揺れる。


「うーんと、予定なら今日の夕方には着くはずだよ。街についたら、今日はすぐ宿を探そうね」


「セージにまかせる」


 フルルはそう言うと、魔力操作の鍛錬を中断して僕の頭に視線を向ける。なにか気になっているんだろうか。


 不思議に思っていると、フルルがおもむろに口を開く。


「いま、そこにアニマがいるの?」


 フルルはポーカーフェイスで小首をかしげる。その表情からは、一見ほんとに興味があって聞いてきたのか分からない。けれど付き合いの長い僕は、フルルが間が持たないみたいな理由で話しかけてくることがないと知っている。


「うん、今魔力をあげてるんだ。すごく嬉しそうにしてるよ」


「やっぱりみえない」


 フルルは小さく呟く。瞼を細めて、じいっと僕の頭を凝視している。


 今フルルが言っていたのは、僕の契約精霊であるアニマのことだ。アニマは命の属性を持つ珍しい精霊で、フルルはなんだか精霊というものに興味があるらしい。だけど、基本的に精霊は資質のある人しか見ることができないから、僕が魔力を操作しているのを見て聞いてきたのだろう。


「みえないから、もういい」


 フルルはそう言って僕から視線を外し、また魔力を練りだす。相変わらずマイペースだなあと苦笑いする。僕はすることもなくて退屈だったので、アニマの魔力補給を続けながらフルルの訓練を見守る。


 フルルは前衛で片手剣を使って戦う剣士だけども、魔法も使える。いわゆる魔法剣士というやつだ。だからこうして時間があるときは、スムーズに魔法を発動できるよう魔力操作の訓練をしている。


 僕はなにかの参考になるかとフルルの手元を見る。きれいに収束した魔力が、右手から腕を通って右肩、そして胴を経由して今度は左手に移動するのが見える。それ以外にも、魔力をぐるぐると全身に巡らせて循環させたり丹田にぎゅっと凝縮したりと、自由自在に操っている。


 やっぱりフルルはすごいなあ。僕より年下なのに、剣も魔法もあんなにうまく扱えるんだから。


 僕は感心すると同時に申し訳なくもなる。あのまま宿り木の剣で活動し続ければ、フルルはトウリ君たちと一緒にいつか有名な冒険者になるのだって夢じゃなかったはず。なのに、僕なんかのためにパーティを抜けてついてきてくれた。


「……申し訳ないけど、でも」


 やっぱり、嬉しいなあ……。


 僕はクールに訓練するフルルを見て、胸がぽかぽかと温かくなるのを感じた。ついてきてくれたフルルのためにも、街へ着いたら早くパーティを探してフルルに負担がかからないようにしなくっちゃ。


 決意を新たに、僕は体から魔力を引っ張り出してアニマに与える。


 さあ、いっぱい魔力を食べて。そしてまた僕に力を貸してね。


 アニマは心の声に応えるように明滅し、ふよふよと動きながら魔力を吸った。


 精霊術士としてはにわかな僕だけれど、こうして日ごろからアニマに魔力をあげてコミュニケーションを取っている。はっきりした意思疎通はとれないけれど、精霊は道具なんかではなくちゃんと自我を持った存在だから、こうして仲良くして大変な時に力を貸してもらう。今まで何度も窮地を救ってくれたアニマは、僕の大切な相棒なのだ。


 僕たちはまた心地よい静寂の中、それぞれ鍛錬と精霊との交流を続けた。


 ちらりと隣を見ると、ときおりフルルと視線がぶつかる。僕はなんだかこそばゆくってはにかんだ顔を見せるけれど、フルルはぷいっと顔をそらす。だけど、荷台からぶら下げた足は楽しそうに、子どもっぽくぶんぶんと振られていた。


 そうしてのどかな景色の中、しばらくはただ穏やかな時間が流れていた。けれど、それからどれくらいの時間が経っただろうか。突然、落ち着いた時間は終わりを迎えた。


「――あ、あれは!」


 僕たちの前方、幌で隠れた御者席から、突然焦ったような声が聞こえた。嫌な予感がして馬車の外に視線を巡らすと、遠くから狼の魔物を引き連れて走ってくる栗色の髪の少女が見えた。


 い、いけない!


 視線の先で、魔物に追われている少女がよろめいた。危ない!


 息をのむ僕の視線の先で、少女は飛び掛かってきた魔物を間一髪でかわす。そしてまた走り出した。あ、危なかった……。


 ほっと息を吐くけれど、それでも少女の危機はまだ去ってはいない。よく見れば彼女は人をおぶっている。どうやら走行の補助に風の魔法を使っているようだけど、あんな状態でたくさんの魔物から逃げ切るのは難しい。


早く助けなきゃ!


 僕は急いで荷物から弓を取り出す。僕は回復魔法使いだけど、後衛として最低限の攻撃手段は持っている。


「すみません、馬車を止めてもらっていいですか!」


 僕は幌を持ち上げて商人さんに呼びかける。


「な、なにを言っているんだ。そんなことをすれば私たちまで魔物に襲われてしまうじゃないか! 一刻も早くここを逃げなくては」


「そ、そんな」


 商人さんは僕たちを見もせずに馬に鞭を打つ。危険なことから早く逃げたいのは分かるけれど、それじゃああの子たちが。


 商人さんをどう説得しようかと焦っている僕に、フルルが一瞬視線を向ける。表情は変わらないけれど、その緑の瞳が「しかたないなあ」と言っているように見えた。


 フルルが口を御者さんに冷たい眼差しを向ける。


「あの魔物の数だと、逃げてる子たちだけじゃおなかの足しにもならない。二人の次はわたしたち。馬車を引いて走る馬なんか、すぐ追いつかれる」


 フルルは続ける。


「だけど、わたしたちがあれを倒せばだいじょうぶ。こう見えて、わたしたちけっこう強いから」


 フルルはそれだけ言うと、僕を安心させるように頷いて見せ、商人さんの返事を待つ。


 ああ、やっぱりこういう時のフルルは頼りになるなあ。情けないけど、僕はいつもフルルのお世話になりっぱなしだ。


 商人さんはフルルの言葉に頭を悩ませている。僕はフルルに感謝の言葉を伝えるのは我慢して、今は少しでも後押しになればと商人さんに言う。


「僕たち、これでもリディアの冒険者組合でCランクのパーティに所属していたんです。草原の魔物には負けませんから!」


「……う、ううむ」


「ぼ、僕たちを下した後は先に街へ行ってしまっていいですから。そうすればあなたは逃げ切れます。お願いします!」


 商人さんはぐっと眉を寄せて考えている。


 こうしている間にも少女は魔物たちに追い詰められていく。早く行かないと手遅れになるかも。


 危ないけど、もういっそ走る馬車から飛び降りようかと考えたころ、商人さんはやっと僕たちに言ってくれた。


「……分かった。君たちを下ろそう」


「あ、ありがとうございます!」


 商人さんはちょっぴり苦い表情をしている。だけど今は、あの女の子を早く助けに行かなくちゃ。


「だが私は行かせてもらうからね。……恨まないでくれ」


「帰りは歩いて街まで行くので大丈夫です。さあフルル、行こう!」


「うん」


 僕は止まった馬車から飛び降りて、フルルと一緒に少女たちに向かって走る。背後で馬車が走り去っていく音が聞こえた。


 視界には、たくさんの魔物が少女に群がるように駆ける光景が映る。急いで向かわなくちゃ。


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