18. セージたちの日常
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朝日に照らされるアルドの街を、活気の良い声が行き交っている。街を貫く通りは店の呼び込みや仕事場に向かう人でいっぱいで、こがねの麦亭の一室からもその様子がうかがえた。
――森の中の死闘が終わってから一週間。あれからも僕の生活は変わらず、依頼をこなす日々が続いている。
大通りのさざめきで目を覚ました僕は、今日もいつものように宿屋の一室で準備をしていた。
僕は隣のベッドに視線を向けて、穏やかな寝顔を見せるフルルに呆れる。
「ほら、起きてフルル。もう準備しなくちゃ」
少ししてフルルが身じろぎする。はだけた寝間着の隙間から、真っ白ですべすべなお腹が覗く。んん、と小さく声を漏らし、フルルはゆっくりと目を開けた。すこし間があって、その小さな口を開く。
「……まだ、ねむい。ゴブリンロードのせいで疲れがのこってる」
「もう一週間も前のことだよ。ほら、今日は一緒に出掛けるんだから早く起きてよ」
ぐずるフルルに僕は困り顔になる。
そう。今日は依頼をお休みして、フルルと二人で遊びに出かけるのだ。臨時の文字が外れたパーティメンバーのサシャちゃんたちと依頼をこなし、お金も溜まってきたからそろそろ気晴らしでもしようという話になったのである。
サシャちゃんたちも誘ったのだけれど、向こうは向こうでいろいろあるらしく断られてしまった。
とにかくそういう訳だから、いちおう予定も考えてあるし、早く起きてほしいのだ。
「おこして」なんて言って両手を突き出すフルルに、僕はどぎまぎしながら手を取って身体を起こしてあげる。やっと動き出してくれた。
僕はフルルの身支度のために一旦部屋を出て、朝ご飯を貰いに下の階に降りることにした。階段を下りて、厨房にいる女将さんに朝ご飯の用意を頼む。
ご飯が出てくるのを待っている間、僕はさっきのだらしないフルルを思い出してため息を吐いた。女の子なんだから、僕の前ではもうちょっと気を使った方がいいんじゃないだろうか。一週間前の疲れのせいなんて言ってたけど、ああいうのはやっぱりちゃんとした方がいいと思う。
でも、さすがにもう大丈夫だけど、たしかにあの依頼が終わった後はものすごく疲れてたんだよね。戦いの疲労もそうだし、その後のもろもろもすごく大変だったのだ。
あの後――ゴブリンロードを倒した後、僕は怪我人の治療に当たった。幸い死者はいなかったけれど、放っておくとまずい怪我の人もいて、魔力がすっからかんになるまで魔法を使うことになったのだ。
しかも街に帰った後も、依頼の聞き取り調査にすごく時間を取られてしまった。依頼自体がだいぶ特殊な状況になったのと、僕たちが戦闘の主軸となって動いていたから仕方ないのだけど。
あとは治療を後回しにしたガイさんとのいざこざもあって、もうとにかく大変だったのだ。
――それでも、あの依頼はすごく意味のあるものだったんじゃないかって僕は思う。怪我人はたくさん出てしまったけれど、それでも誰も命を落とすことなく、ゴブリンロードという大きな脅威を事前になくすことができたのだから。
……そういえば、途中で姿を消していた騎士さんは、ゴブリンロードを見て僕たちだけでは敵わないと一人撤退していたらしい。アルドの領主に報告をしていたらしいけれど、そのおかげか後からお詫びとして色を付けた報酬を貰えたし、ゴブリンロードの討伐報酬も別に貰うことができた。
サシャちゃんたちは、予想外に増えた報酬にずいぶん喜んでたなあ。アトラ君いわく、お家に面倒を見なきゃいけない子が何人もいるとか。もしかすると、二人は孤児院かなにかにいるのかも。
一週間前のことをとりとめもなく思い出していると、二人分の朝ご飯の用意ができたみたいだ。女将さんに料理を受け取って、僕は頭を下げる。部屋へ向かいながら湯気の上る皿を見て、お腹をぐうと鳴らした。
今日は一日出歩くことになるから、しっかりお腹を満たしておかないと。
僕は部屋の扉をノックして、フルルの返事を確認すると中に入った。けれど、ベッドに座って身支度を整えるフルルを見て僕は首を傾げた。
「あれ? なんでまだ着替えてないの?」
青色の寝間着姿なフルルを眺める。フルルはそんな僕を半目で見つめ返した。
「……女の子の準備は時間がかかる。ご飯たべたら外で待ってて」
「ええ、いつもはもっと早くなかったっけ……?」
見たところ、まだ顔を洗って歯磨きして、さっと髪を整えたくらいじゃないのかな。今も手鏡を持っているし。いつも依頼に行く日は、もっとずっと早く準備できてたと思うんだけどな……。
そんなことを考えていると、フルルから無言の圧力を感じる。僕はちょっぴり冷や汗をかきながらフルルにご飯を渡した。
「じ、じゃあ僕は下でご飯を食べておくから、準備できたら降りてきてね」
「……ん」
ちょっと機嫌悪そうな返事に、僕は荷物を持って急いで部屋を出た。一人分の朝ご飯を手に、下の階の食事用スペースでテーブルにつく。
な、なんだか今日のフルルは妙に威圧感があったね。今までも宿り木の剣のみんなと遊びに行ったりすることはあったけど、その時はこんな感じじゃなかったのになあ。
僕は先ほどのフルルの様子を不思議に思いながら、なんとなく聞いたらまずそうな気がして考えないことにした。アニマを呼んで魔力をあげながら、いつも通りおいしいご飯を食べる。食べ終わったら空いたお皿を女将さんに返して、それからは帳場台につく宿屋の主人と雑談しながら待つことにした。
これからフルルと二人で出かけることを伝えると、おじさんは大げさに眉を上げて見せる。
「おや。それじゃあお客さん、今日はデートって訳だね」
「……ええっ! ち、違いますよ! そんなデートなんてっ」
おじさんの言葉に、僕はとっさに否定を返した。
だって実際デートってわけじゃないし、フルルだってそんな風に思われるのは嫌だろうし。そりゃあ可愛い女の子とお出掛けするんだから、まったくそういうことを考えなかったと言ったら嘘になるけれど……。
焦ってしどろもどろになる僕を見て、おじさんは苦笑する。
「あっちのお嬢さんの方はそういうつもりだと思うけどね。今だってきっと、おめかしするのに時間を掛けてるんだと思うよ。……これは経験則なんだけどね、女の子がお洒落してたら、まず一番に誉め言葉を掛けた方がいい」
急に神妙な顔で、おじさんは内緒話をするように言った。なんだかすごく実感がこもってますね……。
「わ、分かりました。そうします」
「うん、また困ったことがあったらいつでも相談に乗るからね。おじさん、これでも若い頃は女の子ともいろいろあって――」
おじさんの顔が固まる。どうしたんだろうと思ってその視線をたどると、僕の後ろに厨房から出てきた女将さんが立っていた。
「あんた、今のはどういうことだい? まさかあたしと付き合ってた時に、浮気なんてしちゃいないだろうね」
「ま、まさか! 昔からずっと、一番に愛しているのはお前だけだよ」
「一番ん? そりゃなんだい、二番や三番がいたってことかい?」
「そんなものいないさ! し、信じてくれよ」
すごい気迫の女将さんに、おじさんはだらだらと冷や汗を垂らしている。
二人の様子に、今度は僕が苦笑して距離をとった。おじさんに視線で助けを求められたけれど、ごめんなさい、僕にはどうすることもできません……。
それから女将さんに説教されるおじさんを見ないようにして、僕はフルルを待つ。
さっきのおじさんのアドバイス通り、フルルの服装を褒められるようにはしておこう。そ、そもそも僕なんかと出掛けるだけで、お洒落なんてしてこないかもしれないけれど。
姿を見せないフルルに悶々としながら、僕は大人しく立っている。それからまた時間が過ぎて、階段からやっと足音が聞こえてくる。僕は視線を向ける。
そうして、フルルが姿を現した。




