閑話4. 宿り木の剣、国境にて
閑話4*
リディアのとある小さな町に、若い冒険者二人が立っている。
一人は若草色の髪に華奢な体のトウリ。魔法使いらしく、木でできた大きな杖を持っている。そしてもう一人は豪奢な金髪を垂らす少女マーチで、二振りの剣を細い腰に下げて腕を組んでいた。
二人はファルタールとの国境近くの町の、小さな冒険者組合の前で睨み合っている。サイが組合でセージのことを聞いてくるというので、その間に今後の予定を話していたのだけれど、その内容でもめているのだ。
マーチは眉を吊り上げてトウリに言った。
「――私は、この国の外に出られないのよ。しょうがないじゃない!」
「そんなこと言っても、セージくんがリディアを出た可能性が高いんだから、ボクたちも行くしかない。どうして出られないのかも言ってくれないんじゃどうしようもないよ」
「私はっ」
マーチはぎりっと歯噛みして黙り込む。トウリはそんなマーチに言った。
「まだ確定じゃないから分からないけど、それでもたぶんセージくんたちはファルタールにいる。たしか親族がそっちにいるって聞いたことがあるし、それでだと思うけど。セージくんの行先がはっきりしたら、ボクたちはこれまでみたいに彼を追うからね」
それだけ言うと、トウリは反論は聞かないと言わんばかりに口を閉ざした。放っておいたら一人でも行ってしまいそうな様子だ。マーチはなにか言い返そうとして、けれど結局なにも言えずに黙り込む。
またセージたちと一緒にパーティを組むためには、トウリの言う通りファルタールに行かなければならないだろう。けれど、マーチは家に無断で国を出るわけにいかない。そして、頼んだとしてもそれが叶うかは分からない。
セージたちの行先を追うにつれ、もしかしてリディアを出たんじゃないかと、少し前から薄々気づいてはいたのだ。できればそうであって欲しくはなかった。どうしようもないことだから、そこから目を背けることしかできなかった。だけどそれは今、マーチの前に避けることのできない問題として突き付けられている。
気まずい沈黙が二人の間に流れた。マーチは顔をうつむけ、悔しそうに唇を噛んでいる。
そうして空気が悪くなる中、組合の扉が音を立てて開いた。二人が視線を向けると、その先に話を聞き終えたらしいサイがいた。
マーチたちの様子を見たサイは、「またか」と言いたそうにため息を吐く。
「……聞いてきたぞ。やはりセージとフルルはファルタールに向かったらしい。ちょうどセージたちを運んでやったという行商に会うことができた。二人はアルドという街で活動してるはずだと言っていたな。……なんだかその商人は、すこし気まずそうにしていたが」
その行商が途中でセージたちを置いていったなどと知る由もないサイは、不思議そうにそう言った。
トウリはサイの言葉を聞いて「そっか」と頷くと、目を輝かせてすぐに動き出した。
「やっと会えるんだ……。それじゃあ、ボクたちもすぐアルドに向かおう! あっ、けどその前にいくつか消耗品を買い足さなきゃだから、すこしお店を周らなきゃっ」
弾んだ声で言ったトウリは、町の通りに並ぶ店へと向かって歩き出す。もうすぐセージたちと再会できるとあって、その足取りは軽やかだ。
マーチはサイと並んでその後に続いた。いくつかの店を巡り店主と値段交渉をしているトウリをしり目に、マーチは少し沈んだ様子で考え込む。
セージとフルルを追うのはいい。二人をパーティに連れ戻すには、直接会わなきゃいけない。だけど、予想していた通り二人はすでにリディアにはいないという。そうなると話が難しくなる。
――というのも、実はマーチはリディアで貴い身分を持つ少女なのだ。
訳あって家を出たマーチは冒険者になり、偶然出会ったトウリと「宿り木の剣」を結成した。その時、従者として家からついてきた騎士であるサイも、素性を隠したままパーティメンバーとなっている。セージはマーチとサイの仲を邪推していたようだけれど、実は二人にはそういう事情があった。
とにかくそういう訳だから、マーチは無断で国を出るわけにはいかないのだ。
マーチは隣に立つサイをちらりと見る。
何気ない風に立っているけれど、サイはいつもこうしてマーチの周りを警戒している。小さな頃から一緒にいて、いつもマーチの願いを聞いてくれた。
こうなってはもう、サイに頼るしかない。
マーチは意を決し、無理を承知でサイに頼みを伝えることにする。いくらサイでも厳しいかもしれないけれど、そうするくらいしかマーチには思いつかなかったのだ。
マーチは、自分よりすこし背の高いサイを見上げた。
「――サイ。あの、お願いがあるの」
サイの目がマーチに向けられる。
「……私たち、セージとフルルを迎えに行くなら、ファルタールまで行かなきゃいけないじゃない。だからその、難しいかもしれないけど……――」
マーチはすこし言いよどむ。はっきり無理と言われることを想像すると、自然と言葉が止まってしまう。
そして、マーチが次の言葉を告げる前にサイが言った。
「マーチ……いえ、お嬢さま。そんなことを気にしていたんですか」
トウリが近くにいないので、サイの言葉遣いが昔に戻っている。
マーチは驚いて目を見開いた。
「――えっ? だって私、そんな簡単に国を出られないわよね……?」
「それはそうですが、だからこそなにも手を打たないなんてことはありませんよ。安心してください、すでに話はついています」
驚くマーチに、サイは二人の時にしか見せない優しい笑みと口調で言った。
「お母上様にこっそり連絡を取っていたんです。先ほど冒険者組合経由で返事も受け取りましたよ。いわく、『サイの言うことをよく聞くのよ』、だそうです」
「サイ、あんたいつの間に……」
「さあ、これで心配はないでしょう? セージたちをみんなで迎えに行きましょう」
マーチはサイがついてきてくれて助かったと、もう何度目にもなる感謝を抱く。今回はさすがにどうしようもないかと思ったのだけれど、サイは本当になんとかしてくれたのだ。きっとマーチの母を説得するのも、それなりに大変だったに違いない。
サイは昔から、いつも困った時に助けてくれる。いつかちゃんとしたお礼をしなければ。
マーチはサイへの感謝を胸に、力強く頷いた。
「よくやったわ、サイ。……待ってなさい、セージ。勝手に出てったことを謝らせてあげる。戻ってきたら散々こき使ってやるんだから」
マーチは素直でない感謝の言葉を告げ、不敵な笑みを浮かべた。アルドにいるセージたちのことを想像する。
きっとセージとフルルは、二人きりで苦労しているに違いない。マーチたちに会えば泣きついてくるだろう。そうしたら、寛大な心で受け入れてあげる準備をしておいてあげよう。
(お詫びは、どこかお店で甘いものを食べさせてくれればいいわ。それでみんな元通りに……)
心配事もなくなったマーチは、自分も買い出しに参加しようとトウリの後を追う。先ほどまでと比べ、明らかにその足取りは軽い。彼女の中では、セージたちが戻ってくることはもう決まったようなもののようだ。
それを見たサイは、まるで生意気な妹を見るように頬を緩める。マーチの後ろについて、荷物持ちを買って出た。
そうして準備を整えた三人は、とうとうリディアを出て隣国ファルタールへと旅立つ。
セージとの再会が果たされるのは、それからおよそ一週間が経った後のことだ――




