壱 すべての始まり
更新が途切れてしまい申し訳ありません
加筆・修正しました
創世神と始祖神が互いにお造りなさった世界の狭間にて、二つの世界の天秤を司る唯一の神鬼、紫清華は互いの世界で同時に起きている変異について頭を悩ませていた。
互いの世界で起きている変異は、磁場の乱れの他に神鬼でも原因が特定できない不審死、突然の暴動と急な沈静化など、取るに足らぬことから神鬼が介入しなければならなくなるほどの事態まで多種多様なことが起きている。明らかに可笑しいにも関わらず天秤は一寸の狂いも見せていない。最早、後手に回るには限界と言ったところか。しかし、干渉するにしては大義名分が足りない。どうしたもんか。
先ほどから清華の思考は同じところをぐるぐると循環し抜け出せなくなっている。此処、世界の狭間である小異空間では時がゆったりと進む。しかし、時間は有限。限りあるものである。悩んでなどいられないのも事実。
またも、思考の渦に嵌まりそうになったとき、廂で衣を擦る音がした。清華がいる本殿に自主的に近づいてくるのは一人しかいない。御簾に影がかかると、男性とも女性とも判断のつかない中性的な声が聞こえてくる。
「失礼致します。主様、そろそろ休憩をかねて御茶でもいかがですか。たまには休息も必要でごさいましょう」
困ったような、はたまた怒ったような声音は心配されているであろうことが手に取るようにわかる。幼少の頃から側仕えをしている柳葉には時より敵わないなと思えることがある。こういう時なんてまさに逆らえない。素直に許諾の意を伝え休憩場である燕室へと居を移す。
柳葉が用意した茶葉は私が好んでいる茶葉である。しかし、ふわりと香る爽やかさの中にいつもと違う香りが混じっているのもわかる。おそらく、先日に宮中生活をしている同期から贈られてきた疲れを癒す効果があると云われる茶葉を混ぜたのだろう。そこまで、心配させていたのだと思うと苦笑を禁じ得ない。
「柳、礼を言う。感謝する」
「恐れ入ります。主様を労ることも私奴の役目でございますれば、当然のことと存じます」
「だからこそ、伝えられるときに感謝を伝えることも上位者の役目だろう。それよりも、旧友からの手紙がきておらんか」
茶を含み舌上で転がしたあとゆっくりと嚥下する。そして、とある情報を握っている柳葉の同期であり旧友のことについて聞く。
「主様……。もう少し御休みいただいてもよろしいのでは……」
先ほどとまったく同様、怒りとも心配ともとれる表情を浮かべながらもの苦しそうに言う。「柳葉」と、強く厳しめの口調で名を呼べば、苦渋の表情を崩さず「届いていらっしゃいます。只今、お持ちいたしますので、御待ちください」と言って一旦室から下がっていった。
あのように苦々しい表情を見せるのも無理なくない。だが、仕方がないのだ。今は休んでる暇すら惜しい。御茶があと少しというところで、柳葉は瑠璃色の文を持って戻ってきた。下界に下った鬼で瑠璃色を使うということは先代神鬼の下君に仕えていたあの者だろう。
封を切り、中を改める。上位に対する回りくどい言い回しと前後を飾る長ったらしい頭語と結語によって紙三枚分にもわたる長文は要約すれば半分も満たない内容である。宮中生活をしているためについてしまったものだろう。人間の習わしは面白いものばかりだ。
柳葉の旧友曰く、『此度の変事には鬼がの関与がある可能性が多大にあり』とのこと。
「やはり、今回の事象は直接干渉すべきか」
ひっそりと風に溶け込むほど小さく呟いた。しかし、御茶を入れかえるため近くに寄っていた柳葉には聞こえてしまっていたらしい。休憩してほしいのに仕事ばかりで呆れた表情から一変、驚愕の表情を浮かべる。
よくもまぁ、コロコロと表情が変わるものだ。
「……なっ、主様、何をおっしゃいますか!危険です」
「このままでは取り返しのつかないことになる」
「ならば、餓鬼どもに働きかければ……」
「餓鬼どもでは手に余る。だからこそ、私が赴くべきだ」
「しかし……」
どこまでも食い下がり、言を曲げないのは、心の底から心配しているからで悪い気はしない。だが、ここで「わかった、餓鬼に任せよう」と言えれば苦労はしない。その事も十分にわかっているのであろう。柳葉はまたも、苦悶の表情を浮かべたあと、ゆっくりと目を伏し、強張っていた表情を緩める。すでに柳葉な瞳には危地へ身を投じようとする主を止めるべく食い下がる心配げな光はなく、只々、何があっても着いていこうと決意の宿る光で私を見据える。
「主様……。畏まりました。どうかご無事で」
「今は何を言ったところで無理難題であろうがあまり心配するな。それに目的の場所は陽の国なのだ。だから──」
最後は音にせず、飲み込んだ。
それでも、柳葉には何が含まれていたのか、わかったのだろう。面を伏しており表情は伺えぬが纏う雰囲気がやや柔らかいものとなっている。先ほどまでは私を案じ苦言を呈していた癖に少々腹立だしい。
さっさと行動に移すべく、燕室をでれば、察しの良い守護獣が佇んでいた。
『主よ、下界で我々は御供できますまい。然らば我々の覇気をどうか着做し、あれかしと思う。故に、御許しを』
息の揃った声に微笑を浮かべながら了承の有無を伝える。すると、麒麟の金糸雀色の覇気が、鳳凰の銀朱の覇気が、天を舞い自身を祝福するかのように身体中をくるくると旋回する。双方の覇気が安定し落ち着くと幾分か心が安らいだような気がした。
釣殿をわたり、湖上に浮かぶ舞台で黒扇を一振り。
「転移」
後に残ったのは淡く光る蛍のような煌めきが漂うのみである。
やっと、主人公の名前が出せました!
ただ、この世界だと色々と呼称が有りすぎて、同じ人物なのに人によって呼び名が違うなど多々ありますので
読みにくかったら教えてくださいませ
登場人物一覧を載せますので
何もないようならこのまま突っ走ります