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「ぼくとひつじ」

薄暗いライブハウスは、開演を待ちわびる観客達のざわめきで満ちている。

思い思いに語り合っているはずなのに言葉として認識されなくなった無数の声。

その向こう側で、静かな音楽が流れている。

正面を見れば、ステージの奥にあるスクリーンが目に入る。

映し出されているのは空の映像。

色々な街角から見上げた空が、ただ延々と流されていく。

ぼくたちが、日常的に見上げる空。


ぼくと、となりに立つ同行者は黙ってスクリーンを眺めていた。

前過ぎもせず、後ろ過ぎもしない、ちょうど真ん中。

けれど、彼らが現れればちゃんと正面に見ることが出来る、そんな位置。

横目に彼女が僕と同じようにスクリーンを眺めているのを確認して、ぶつからないようにほんの少しだけ距離をとる。

彼女はちらりと腕時計を確かめた。

その時の動作で、彼女のつけた香水がほんのりと香った。

季節外れの、キンモクセイの甘い香り。

開演時間は、あと少しだ。


『TZ Arietis』

ぼくたちが待っている五人組のロックバンドの名前は、そんなちょっと変わった名前だった。

別にイケメンぞろいという訳でもないし、見た目はごく普通の青年達といった表現がぴったりの彼らだけれど、ヴォーカルである古賀陽平の透明感がある歌声と、その歌声を引き立たせる音、そして聴く者の感情を揺さぶる歌詞を含めた楽曲の世界観そのものがリスナーの心を攫んで離さないのだ、とどこかの音楽雑誌に書いてあった。

まぁ、確かにその通りなのかもしれない。

とはいえ、ぼくが彼らのライブに足を運ぶのは、それだけが理由、という訳じゃなかった。


少し考え事をしているうちに、会場内が徐々に暗くなった。

あわせて、ざわめきも小さくなる。

音楽が、変わった。

全身に響くような重低音のリズムに合わせて、ぼくたちは手拍子をする。

ステージの脇からバンドのメンバー達が順番に表れる。

メンバー達は思い思いに観客側に手を振りながら、それぞれの立ち位置に向かった。

ぼくたちはそれに盛大な拍手で応えた。


暗闇の向こうで、彼らがわずかな明かりをたよりに定位置についたことが分かる。

音楽が止まって、ぼくたちはもう一度盛大な拍手を送った。

メンバーたちは動かない。

拍手が収まって、会場が静かになって、ぼくたちの注目がまっすぐにステージに集まったまさにその瞬間に、古賀は大きく息を吸って、そして歌いだした。

さぁ、魔法がはじまる。



TZ Arietisのメンバーのうち、ベース担当のタタラはぼくの高校の後輩でもある。

タタラと出会ったのは、高校二年生の5月のことだった。

「変わり者の弟だけど、よろしくね」

そうやって紹介してくれたのは、天文部の当時の部長だった。

当のタタラは「どうも」と挨拶したきり、別に興味もなさそうに部室の隅に座って、たまたま置いてあった週刊誌を手に取ってぱらぱらとめくり始めた。


校則ギリギリ、いや、アウトかもしれない長髪。

クセのあるその髪は、見るからに不良のイメージをぼくに抱かせた。

やせているとはいえ、180cmくらいはありそうな身長には十分な圧迫感がある。

ぼくは狼狽えるような表情をしてしまったのだと思う。

「まぁ、こんな風貌だから、友達もいないのよ」

苦笑しながら部長は言った。

「根は優しくておとなしい子だから、仲良くしてやって」

なんだか母親のような言い方をされて、タタラは少しふてくされた表情をしたけれど、すぐにまた週刊誌に向かってしまった。


正直「仲良くしてやって」と言われてもどうやって仲良くすれば良いのかきっかけが分からない。

ぼくもまた自分が読んでいた文庫本を鞄から取り出して、部室の隅で読むことにした。

部長は部長で、パソコンを開いて何やら作業を始めてしまった。

部長とぼくとタタラ、三人しかいない部室は、とたんに静かになった。

ただ、不思議と居心地の悪さは感じなくて、静かで平和な時間が流れていた。


それからも、タタラはよく天文部の部室に顔を出すようになった。

別に天体観測に興味がある訳ではなさそうだったけれど、時々部室の本棚にある天体の図鑑を見てみたり、星座早見盤をくるくる回してみたりしていた。

その表情はどこかぼんやりしていて、楽しそうという感じではなかったけれど、退屈しているというわけでもなさそうだった。

そろそろ期末試験という時期でもあったから、ぼくは自分自身の勉強に集中したくて、MDプレイヤーを取り出してイヤホンをつけた。


「先輩、どんな音楽を聴くんですか?」

そろそろ帰ろうと思って片付けをしている時に、タタラが声をかけてきた。

彼が声をかけてくれるなんて珍しい、と思った。

「色々だよ。結構激しい曲も聴いたりするし」

ぼくはちょうどその当時気に入っていたバンドの名前を答えてあげた。

その名前を聞いたタタラは、急に表情が明るくなった。

「先輩も、そういうの聴くんですね」

その食い気味の話し方が、普段の彼とずいぶんイメージが違ったから、ぼくは少しだけ面食らった。

「びっくりさせてすみません。でも、俺もそのバンド好きなんです。普段そういう話を出来る奴がいないから、うれしくて」

少し照れたように言うタタラの、それでも好きなものを好きだと言うその表情が思っていたよりも可愛くて、ぼくはもう少し彼とのおしゃべりに付き合うことにした。


それから、ぼくとタタラはよく話すようになった。

相変わらず、天体観測には興味がなさそうだったけれど、部室に遊びにきてはぼくと話をして帰っていく。

そんな弟の変わりようを、部長は喜んでいたらしい。

「弟が最近明るくなった。つきあってあげてくれてありがとね」

タタラがいないタイミングで、そう言った彼女の横顔は、なんだかいつもより優しげな表情をしていた。

「あいつ、家でも部屋にこもって楽器の練習ばっかりしてるからさ、あたしも何話していいか分からなくって」

「彼、何の楽器をやってるんです?」

「ギター?ベース?よくわからないや」


結局、タタラがやっている楽器はベースだった。

ぼくが何か楽器をやっているの?と聞いたら、すこし恥ずかしそうにしながら答えてくれた。

「先輩も聴いてたあのバンドの、ベースの人いるじゃないですか。あの人がむちゃくちゃかっこいいなって思って、それで始めたんです」

「あれ、あのベースの人が加入したのって、去年じゃなかったっけ?ベースを始めたのも去年から?」

「ああ、正式に加入したのは去年なんですけど、その前からレギュラープレイヤーって形で参加してたんですよ。その頃からだから、俺が中二の頃からですね」

「じゃあ、結構長くやっているんだね。今度聴かせてよ」


ぼくの希望は、ほどなくしてかなった。

文化祭の準備に追われていた土曜日に、タタラは大きなケースを背負ってやって来た。

ケースから取り出したのは、真っ白なベース。

「本当は、赤いのが欲しかったんですけどね」

少し照れつつそう言いながら取り出したベースを抱えて、プラグをミニアンプにつないだ。

それから、おもむろに演奏を始めた。


あの時の衝撃は、今でも忘れられない。

いつもおとなしくて、ぼんやりしていて、何を考えているのかよくわからないタタラが、ベースを構えた瞬間に、まるで武器を構えた戦士のように目つきが変わった。

ミニアンプはきっと安物で、音はお世辞にも良くはなかったけれど、彼が纏った雰囲気と、全身から絞り出すようにして演奏されるその気迫に圧倒されて、ぼくはただただ言葉を失った。

その瞬間、タタラは間違いなく輝いていた。

普段だったら気付けないような輝きを力強く放ち、その閃光のような強烈な印象をぼくに残した。

今にして思えば、あのとき感じた印象は、本物だったのだ。

でも、その輝きがずっと続くなんて、あのときのぼくたちの誰が信じることが出来ただろう。


オープニングから3曲立て続けに演奏したメンバーは、そこで一旦一区切りという形で演奏を止めた。

ヴォーカルの古賀が、小さく「ありがとう」と囁く。

だいたいいつものライブ通りの流れだった。

彼らは3曲連続して演奏して、MCを挟んで、また3曲連続して演奏する、というリズムを繰り返していく。

ぼくは彼らのMCが好きだった。

演奏ももちろん好きだったけれど、MCを目当てにしているといっても過言ではない。

なぜなら、MC担当はベースのタタラがすることが多かったから。


「えーっと、今日も集まってもらってありがとうございます。TZ Arietisです!」

会場の前の方から、黄色い歓声があがる。

タタラは相変わらずたどたどしい喋り方をするけれど、その甘さが残るルックスも相まってそんな喋り方も人気の理由らしい。

高校時代のタタラを知っているぼくは、変わっていないなぁと思いながら、いつも苦笑してしまう。

同行者もきっと同じようなことを思っているはずだ。

それでも、タタラの必死に何か伝えようとする喋り方はやっぱり好感が持てる。

だけど結局何を言いたいのだかよくわからなくて、観客に対する感謝なのだか、今回のライブにかける意気込みなのだか、これから演奏する曲にこめた想いなのだか、とにかくそういうようなことを熱く宣言して、結局MCはうやむやになって終わるのだろう。


TZ Arietisのメンバーたちは、そんなタタラを楽しそうに見つめている。

時々、メンバーの誰かがツッコミを入れる場面もあるのだけれど、今回はこのライブ最初のMCということもあってメンバー達はまだ黙っているようだ。

観客達も時々くすくす笑いながら、それでもその視線はタタラに集まっていた。

ぼくは、そうやってスポットライトを浴びているタタラを見ると、ふいに涙が出そうになる。

高校時代、友達も少なくて、好きなものを喋る人も周りにいなくて、ずっと周りからも何を考えているのかよくわからない奴と思われていたタタラが、こうやってみんなから愛されているというのが、ぼくからしたらとても崇高で優しい奇跡のようなものだった。


もちろん、そんな奇跡がただ手放しでタタラに与えられた訳じゃない。

彼もまた、多くの困難を乗り越え、今日あの場所に立っている。

それは決して、「才能」だとか「運」だとか、あるいは「努力」なんて単純な言葉だけで片付けられないような気がする。

それ以上の何か。

でも、決して「特別」という訳ではないそれ。

ぼくは今でもそれを言葉にできないでいた。



気がつくと、タタラのMCは収集がつかなくなっていた。

タタラは、今回のツアーを回りながらバンドに加入した当時の状況を思い出して、原点回帰した気分になったらしい。

あの頃はお金がなくてライブハウスの洗面台で髪を洗っていた、とかそんな話をとりとめもなくしているうちに、そもそも何を言いたかったのか、よくわからなくなっていた。

心無しか、いつもより緊張しているようにも見える。

「いや、まぁ、思い出話ばかりしてもねぇ」

ヴォーカルの古賀が苦笑まじりに助け舟を出したところで、ようやくハラハラするMCの着地点が見えた。

結局、原点回帰を果たしたからこそ、デビュー当時の曲をアレンジして演奏しようと思った、ということらしい。


ほの暗い力強さを湛えたベースリフ。

タタラが繰り返し演奏したフレーズは、どこかで聴いたような気がした。

そんなタタラの演奏にドラムのリズムが重なって、初めて何の曲を演奏しようとしているのかを思い出す。

TZ Arietisの1stアルバムの中でも異彩を放つ『反抗の羊』。

最近ではめっきりライブでも演奏していなかったその曲を、敢えてこの場でこのアレンジして演奏することに、ライブ会場内ではちょっとしたどよめきが起こった。


寄り添うように語りかける、優しくて柔らかいイメージの強い音楽が特徴のTZ Arietisにとって、この『反抗の羊』は珍しく攻撃的なイメージが強い楽曲になっている。

この曲の誕生にまつわるエピソードは、TZ Arietisのファンの間では有名で、とある雑誌のインタビュー記事で古賀がそのエピソードを披露していた。


そもそも、タタラはバンドの結成当時からのメンバーではない。

もともとのベーシストが他のメンバーとの方向性の違いで脱退した直後、たまたま一人のメンバーとバイト先が一緒だったというきっかけで、タタラはその後任候補として誘われた。

バンド加入の前にタタラがベースをメンバーの前で演奏したとき、その激しい演奏がメンバー達の度肝を抜いたらしい。

出会った時には普通の大人しい奴だったのに、ベースを鳴らし始めたとたんに牙を剥いた獣みたいになったと、古賀はインタビューで語った。

古賀は続けて、こうもインタビューで答えている。


「正直、攻撃的すぎる演奏で、俺たちのバンドの世界観とは違うんじゃないかなって、演奏を聴いている時は思っていたんですよね(笑)。

切れすぎるナイフ、みたいな。

でも、演奏が終わったとたんの彼の眼を見たときに、思ったんです。彼は、俺たちと同じ側なんだって」

そうしてタタラは、正式にベース担当としてメンバーに迎え入れられた。

その激しい演奏が活かせるような楽曲をどうしても作りたくて、というわけで書かれたのがこの『反抗の羊』なのだそうだ。

だから、この曲のタイトルの『羊』とは、タタラのことであり、つまりTZ Arietisのメンバー全員のことを指している。


その、古賀に「俺たちと同じ側」だと思わせたタタラの眼がどんな眼だったのか、ぼくは何となくだけれどわかる気がした。

ぼくがタタラの演奏を初めて聴いた直後のその表情、全てをさらけ出してしまったことが良かったのかと縋るように問いかけてくる眼差しは、その演奏の強烈な印象とあまりにも対照的すぎた。

ぼくがタタラの演奏を上手だとほめてからは、少なくとも僕には安心したようでそんな表情を見せることはなかったけれど、おそらく、タタラがメンバー達の前で最初に見せた表情もそんな表情だったのだろうと思う。


ステージの上では、サビに向かって演奏がさらに激しくなっていた。

メンバーの一人一人の演奏がせめぎ合いながらも、うねるようなメロディーを奏で、それに応えるようにライブハウス全体が揺さぶられていく。

もはや地響きのようなベースの重低音にかき消されないように、力強く古賀は歌う。

その歌声はもはや叫び声のような鋭さで、拳を振り上げながら声を張る。

その閃光のような輝きが例えこの一瞬なのだとしても、僕たちはこの暗闇には決して屈しないのだと、そのストレートすぎる言葉を響かせた。

その力強い宣言のような歌詞は、ぼくたちの心を強く揺さぶった。


そもそも、TZ Arietisというバンド名も、タタラ加入後に新しいバンド名で再スタートを切りたいというメンバー達の希望もあって、決まったバンド名だ。

公式にはそんなメンバー達の希望もあってバンド名を相談している時、タタラが提案したのがTZ Arietisだった、ということになっている。

ただ、そもそもタタラがそんな言葉を知っていたのも、元をただせばぼくが教えたからなのだ。


「俺がバンドを組むとして、バンド名になりそうなかっこいい言葉知らないですか?」

例によって天文部の部室で週刊誌を読んでいたタタラが、思い出したように唐突に話しかけて来たのは、ぼくたちが知り合った年の秋だった。

「どうしたの急に。バンド組むことになったの?」

「いや、別にそういう訳でもないんですけどね。でも、いつかバンドを組めたらなってのは思っていて」

ふとタタラの方を見ると、いつになく真剣な表情をしていた。

真剣に答えてあげなければいけないような気がして、ぼくは少し考えてみることにした。


「閃光星、とかはどう?」

ぼくはとっさにタタラのイメージから浮かんだ言葉を挙げてみた。

タタラは少しぼんやりとした表情で考えていたみたいだけれど、そのネーミングセンスのなさにツッコミを入れたのはその場に居合わせた部長だった。

「いや、バンドの名前なんだからもうちょっと横文字みたいなのがいいんじゃないの?」

「そういうものですかね」

ぼくはせっかく思い浮かんだ言葉が気に入ってもらえなかったようで少し残念だったけれど、もう少し考えることにした。


「じゃあ、TZ Arietis、牡羊座の閃光星」

「てぃーぜっと…?」

タタラはちょっとポカンとしながらも、ちょっとだけ嬉しそうな表情をした。

「てぃーぜっと ありえてぃす。閃光星だけど、肉眼で見えない十二等星って、バンド名としてはどうなの?」

部長は相変わらずぼくのネーミングセンスに呆れた、という表情で笑った。

それでも、タタラはその響は気に入ったようだ。

「それ、なんかいいっすね」

タタラは嬉しそうに笑った。



ライブはそのまま勢いを失うことなく中盤を迎えようとしていた。

序盤は激しいアレンジの曲を中心に演奏したメンバーは、一旦ヴォーカルの古賀のMCを挟んで、しっとりと聴かせるナンバーを中心に演奏を続けている。

ゆったりとしているけれど、美しいメロディーに乗せて、古賀はその美声を響かせる。

その歌声は、ぼくたちを鼓舞するようでもあり、落ち込んでいる人に寄り添うようでもあり、その優しげな力強さにぼくたちは酔いしれる。

ステージ後方のライトに照らされて、その姿は後光が射した天使のように見えた。

タタラをはじめとした他のメンバーたちも、奥行きのあるメロディーとリズムを奏でながら、ライブハウス中に響かせている。

その表情は、本当に楽しそうだ。

そうやって奏でられる音楽が、ぼくたちの胸にじんわりとしみ込むように伝わってくる。


TZ Arietisの最大の魅力は、やはりこの楽曲の世界観を伝える力だと思う。

例えば、『アストロノート』という曲のサビで、古賀は「ぼくたちはどんな距離だって超えて進んでいける」と歌う。

その瞬間、ぼくたちは気が遠くなるほど遠くまで旅をする宇宙船をイメージする。

悲しみも、苦しみも、息苦しさも、生きにくさも、どんな距離を超えても切り開いていける力をロケットに積んで、彼らが歌う宇宙船はぼくたちに届くのだ。

ぼくたちは手をかざして、全身で応える。

聞こえているよ、届いているよ、応えているんだよと、その瞬間にライブハウス中は文字通り一つになる。

この一体感に身を委ねているその間は、普段感じているどんな困難も忘れていられる。

そんな安心感が、ライブが終わった明日からを生きていく力になるのだ。


ステージ上のタタラも、キラキラとした表情でロック少年のようにステージ上を飛び跳ねながら演奏を続けている。

あんなに楽しそうな表情が出来るなんて、高校生の時には想像もできなかった。

ぼくがタタラと一緒に高校生活を送ったのは、実質一年だけだった。

タタラが天文部の部室に遊びに来ていたのは、姉である当時の部長が在籍していた一年の間だけだったからだ。

「お姉さんがいないからって遠慮しなくていいよ?」

「いや、気にしますって。俺、全然天文部員らしいことしてないですし」

笑ってぼくに応えたタタラは、少し悲しそうな表情をしている気もした。

けれど、結局タタラはその日以降部室に来ることはなかった。


だからこそ、ぼくが東京に来てTZ Arietisのメンバーになったタタラと再会した時は本当に嬉しかった。

そのころはまだ結成したてで、小さなライブハウスで細々とライブをしていた彼らだけれど、あの本当に楽しそうな表情はずっと変わっていない。

あの、本当に楽しそうな表情。

タタラが、TZ Arietisのメンバーたちが今日の今日まで音楽を続けてくることが出来たのは、この空気が本当に好きだったからなのではないかとぼくは思う。

心の底から仲間だと信頼できるメンバーがいて、大好きな音楽をずっと続けていられる場所があって、その音楽を聴いて一体感をともに感じるリスナーたちがいる。

そんな結束は、途方もなく広すぎて寂しい宇宙の中でもお互いをつなぎ止めておく引力のように、タタラをこの世界につなぎ止めて、前に進み続ける力になったんだ。

だからこそ、彼が今ここに立っているのは、才能とか、努力とか、運とか、そんな単純な言葉で表せる何かだけのおかげなんかじゃないんだ。


二度目のアンコールのためにもう一度ぼくたちの前に現れたメンバーは、多少息はあがっているものの、まだまだやれるぞという表情をして配置についた。

「アンコールありがとう」

古賀は微笑みながらぼくたちに語りかける。

「今日は本当にありがとう。でも、次の曲が本当に本当の最後の曲です。俺たちの今日のライブは終わっちゃうんだけど、また明日からの生活もあるし、TZ Arietisも進み続けます。また次のライブで会いましょう!」

彼らがライブの最後に演奏するのは、定番にもなっている『True End』だ。

壮大なメロディーラインと古賀の真っすぐな歌声が共鳴して、またライブハウス内は一体感に包まれる。

本当の終わりがくるその日まで終わりなんてないんだ、と歌い上げる古賀の声は、真っすぐにぼくたちの感情を揺さぶる。

だから、ぼくたちも応えるのだ。


タタラは、TZ Arietisは、これからも進み続けるのだろう。

新しい歌を作って、新しいライブをして、ぼくたちに音楽を届け続けるのだろう。

ぼくたちはそんな彼らとともに進んでいけるだろうか。

どんなに遠くまで行くことになっても、進み続けられるのだろうか。

ぼくは、大丈夫だと思っている。

ぼくたちは、信じている。

ぼくたちは、十二等星の彼らが輝いた瞬間の音楽を受け取ることが出来たのだ。

それはすごく、すごくか弱い光なのかもしれないけれど、確かにある光だ。

ぼくたちは、これからも閃光星の一瞬の輝きなのだとしても、確かにあるその光をたよりにまた一つになることが出来るはずだ。



「今日は、付き合ってくれてありがとね」

ライブが終わった後の帰り道で、同行者は言った。

「タタラ君、今日も良い演奏してましたね」

ぼくはぼんやりと夜空を見上げながら答えた。

「本当にありがとう、弟のために」

かつての部長、タタラの姉である彼女は言った。


都会の真ん中じゃ、十二等星どころか二等星だってちゃんと見えない。

でも、だからといってその星が存在しない訳ではないのだ。

ぼくは肉眼的には見えなくても、必ず存在するはずのその星を探しながら歩いた。

読んでくださってありがとうございます。


凄く久しぶりの更新になってしまいました。

次回は「ぼくとみつばち」の予定です。

あと2回分で完結予定なので、今年中にはちゃんと完結させたいなと思っています。。。

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