女神さまはお役所勤め
大幅に改訂しました。
褐色の肌によく似合うと、一族の皆から贈られた細やかな鈴の飾りや小さな星の煌めきのような石をちりばめたさりげない意匠の金の首飾りと、それと対になるような意匠の大振りのピアスは、シャラリ、シャラリと軽やかな音を足を動かす度に小さく耳に響かせて、これからくぐる場所へといく緊張の糸を解してくれるような柔らかい音をたてている。
ほつれ毛など無い様にきっちりと花の香油を髪に塗りこんで編み込んだ黒髪には、やはり細かな細工の金であしらえた花に見立てた簪。
出立に併せて姉から贈られた物だ。
ようやく、ようやく憧れの女神試験に合格したのだ。
そして任命されたのは神界の中枢機関でもある運命機能委員役所。
ゼウス神を中央に、十二の古の神々が理事を勤める委員会は、枝葉のように細部に分かれた課があり、それぞれがありとあらゆる運命を決定している。
社を拝命し、そこで勤めるのも従来の神としての仕事ではあるが、なかなか新参である神に信心は集まらず、中枢機関で働けるのは名誉である。
新人女神として、一族から輩出されるのは数千年ぶりだ。
一族の期待と、念願が叶った事による自身の高揚とする気持ち、それと一抹の不安を胸に新人女神は新人が纏う指定色である真っ白なドレスの裾を翻しながら、歩を進める。
新人女神の名はウルワシュー。
ヒンドゥーの神の末席に座ったばかりの若い女神だ。
大きめな瞳は黒く夜空の星のような輝きに満ち、花のような艶やかな唇はぷっくりと膨らんで明るい笑みを浮かべている。
舞楽士である一族の出身らしく柔らかな女性らしい曲線を描く全身は、ほどよく引き締まっていて、今にも踊り出しそうな小鹿のようだ。
そんな彼女の手には任命書と、これから行く先にいる先輩女神樣への手土産が握られている。
美しい白亜の門をくぐり、案内板に従って色とりどりの草花が咲く中庭を横目に建物の奥へ奥へと進んでいく。
緊張のあまり、周りを眺めている余裕はなかった。
ここであっているのか、曲がる廊下はここでよいのかと、時折立ち止まっては案内板を確認しながら。
指定の時間の10分前に目的の場所を見つけた。
【転生課】と掲げられた巨大な門を仰ぎみる。
巨人が二人掛かりで押し開けねばならぬような巨大な扉。
一瞬、どのように開けるべきかと戸惑う。
ふと看板を仰ぎ見ると、その横に小さく【訪問者はカーテンをあけ、その奥の扉から入室する事】と矢印が書かれている。
巨大な門の脇に飾りのように配されたカーテンをそっと開けてみると事務的なアルマイトのドアノブがついたなんの変鉄もない扉がひっそりと佇んでいた。
あまりに変鉄のないドアをノックをすべきか一瞬悩み、一応3度ノックしてみる。
反応は....
ない。
それでは、と、ゆっくりとノブを回して押し開けた。
「あらー、遅刻しちゃったかしらぁ~....お待たせしちゃった?ごめんなさい~?ようこそー転生課へ~」
中を覗くようにドアを開けたウルワシューの背後から、一言一言をゆっくり歌うように独特の間で、夢見心地のようなほわほわとした声がウルワシューの背に掛けられる。
まるでどこかの戦場カメラマンのようなゆっくりと語られる間延びした話し方と、唐突な出現に驚きながら振り返ると。
そこには長い金の髪を背にふんわりと流した白い肌の北欧系の女神がうふふ、と笑いなから立っていた。
さあさあ入ってー?
と半ば強引に押されるように促されながら、ウルワシューは転生課の扉をくぐった。
そこからは怒濤ののんびりとした口調ながらも、言葉を挟む余地のない白い女神の愚痴ともなんとも判断のつかぬ独壇場が続くとも知らずにウルワシューはその女神の後をついていくのだった。
◆◇ ◆◇ ◆◇
昔はね、たまーにお仕事するだけですんだのよ。
偉大な百獣の王の治める国に四兄弟姉妹を送ったのは百年前くらいだったかしら。
文字という力で全てを統べる幼姫を救う少年とかは....50年前くらいだったかしら?
四人の兄弟姉妹の時は英断できる勇気を授ける程度ですんだし、少年の時は想像で創造する力を授けた時は、私冴えてる!って思ったわ。ヒップホップ的な?韻を踏む的な?みたいな?
それが最近どうもおかしいのよ。
ゆっくり書類審査してのんびりお茶して仕事してた以前が夢だったのかしら?と思うほど忙しいの。
あっちからもこっちからもぽいぽい送られてくる異能適性申請書。
次々と召喚だとか転生だとか依頼申請されてくるのよ。
拡がり行く世界の中間値の子どもたちが多いかしらね。
ほんと....昔はね、なにも持たぬ世界のまっさらな子どもだから書き換えは簡単だろう、なんて軽口も言われてる位、滅多に仕事のない腰掛け部署だったのよ。
私の仕事は
異世界に航る人間にその世界で必要とされる能力を授けること。
今風に言うなら異世界チートを授ける女神ってポジション。
今、神界1、ブラック残業を強いられてる女神だわよねー?
ああ、今日も転生予定が一杯で泣きたくなってきたわ。
今日の一番手?...ああ、獣人世界へ救世主として要請が来てるのね。
適性として望ましい人物かどうかは、私の試練を与えてから見てみなくっちゃならないのよ。
え?どんな試練かって?
そうね、あなたもこれから覚えていかなくちゃならないんだから、一緒に見ていけばいいわ。
ほら、この大きな水瓶。これをガチャガチャってあわせて....見えてきたわ
適性予定人物、ええと....これなんて読むのかしら?
佐川はるき?え、ああルビがふってあったわね。やだ老眼じゃないわよー失礼しちゃうわねぇ
ちょっと読みにくいだけじゃない。
じゃあ見てみましょうか
佐川陽騎、16歳の適性試練を
◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆
【~佐川陽騎の場合~】
佐川陽騎は悩んでいた。
普通の成績、普通の生活、容姿も普通、なんの特徴も持たぬ自分の突然のモテ期に。
小学生の頃は野球とドッチボールに明け暮れたせいか、気がつくと男友達しかいなかったような気がする。
放課後に女子と遊んだことなどあっただろうか?
中学に上がると二次成長期の照れ臭さも相俟って、毎日のように男友達とゲーム三昧だった。
高校もそこそこの勉強努力でそこそこの普通校に入った。
部活に明け暮れる程の熱心さもなく、週に二回活動する気楽さが決め手で、映画研究部に入った位だ。
映研とはいってもただ既存の作品を眺めて、感想を言い合う程度。
ごくごく普通の、高校生ライフだったのだ。
それが今朝一変した。
登校した陽騎の下駄箱には、噂や漫画ではド定番のラブレターなるものが上履きの上にひっそりと置かれていた。
ファンシーな淡いピンクの封筒の持つ圧倒的な存在感。
慌てて周りを見渡しつつ、ポケットに折り曲げないように細心の注意を払いながら秒速で捩じ込む。
そのままの勢いで余り人の出入りのない特別棟のトイレまで駆け込んだ。
「はぁぁああ....これは....まさかドッキリとかじゃ、ないよな?」
若干震える手でそっとシールを剥がし、便箋を取り出す。
2枚の便箋にはなんの花かわからないが可愛らしいイラストが印刷されている。
なになに?
佐川陽騎さま
うおおおお、様だって!様!
当たり前の書き出しだろうけども、自分の名前に丁寧な丸目の文字で敬称が付いてるだけで早鐘のようにドキドキと全身の血流が荒ぶる気がする。
ええと、【最上紗綾です。沢山沢山悩んで、佐川くんに手紙を書くことにしました。】
え?最上....最上?!!
何でこんな普通校に天使が?と校内は基より近隣の商店街まで噂される美少女 最上紗綾。
使い古された言葉で語ることしかできないのが悔しいほどに、抜けるような白くてうっすら桃色の柔らかそうな肌と、絹糸のようなさらさらとした髪に縁取られたシャープなラインの顎。少し伏し目気味の憂いを帯びたような瞳。華奢な四肢に不釣り合いなたわわな果実がふたつなだらかな丘陵を模しているような胸。
腰のラインからヒップにかけては急スピンをおこしそうなエアピンカーブが出来そうな程綺麗な曲線を描き、目がスリップ事故を起こしそうな完璧なスタイル。
どこか幼子のようなあどけない表情でいながら、大人な肢体をもつ二次元から飛び出してきたようだと噂さている。
同じクラスにいることが不思議でしかない位にザ☆美少女な彼女からの手紙?
便箋を持つ指に力がこもる。
あ、やべぇ便箋にシワがつく。
【この前、玉川の土手のところで佐川くんを見かけました。
佐川くん、捨て猫たちの箱の前でずっとしゃがんでた。
拾うのかなどうするのかな?って見てたら突然走り出すし、
すぐもどって来てコンビニの袋から牛乳出して飲ませてたよね?
そのまま行っちゃうのかなぁって思ったら体操着に包んで温めてたでしょ?
スゴくビックリしたの。
だって、そういうことするヒトがいるなんて思わなかったんだもの。
あの日からずっと佐川くんのこと、気になって、
毎日ではなくていいので、佐川くんの都合の良いときに、よかったら一緒に帰ったりしたいです。
佐川くんを知りたいです。
私のラインのIDです。mokamokacat***
お返事待ってます。
最上沙綾 】
読み終えた....
瞬間、見られていた恥ずかしさと初めてのラ....ラララ....ラブレター(自分で思っても照れる!!!)と思われる女の子からの手紙という事実とに、まさに顔から火でも出てるのか?!というほど頬が火照るのが判った。
うわぁぁぁあぁぁあああー!!!
【俺を知りたい】....?!そりゃもういつでもウエルカムっす!
一瞬であんなことやこんなことのめくるめくピンクな世界を想像してしまった。
転げ回りたい!!
転げ回りたい!!!
ここが便所でなければ、確実に転げ回ったと思う。
嬉し恥ずかし....かかかか彼女爆誕の瞬間ですよね?!
でッすッよッねーーーーッ!!!!?
どんな顔して教室に行こう?!
上がりまくったテンションと最上からの手紙とを隠して、いそいそと個室から出た。
なんて返事をしよう?
なんて顔して挨拶しよう!?
おはようマイハニーとか?....いや....そりゃねぇーな....
さぶ!さぶいぼたったぞ。
セルフツッコミをしつつ、うきうきとしながら階段を上がる。
三階の教室がいつもよりも楽勝だ。
きっと今の俺の上履きは某魔法少女のようなピンクな羽根がはえてるに違いない。
あと少しで教室に、ドアに手をかけようとしたその時、後ろから手を引かれた。
「待って、佐川くん。少しいいかしら?」