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閑話 りんねさんの怯え

りんねさん視点です。

 昔から、人より少し記憶力が良かった。

 人より少し学習意欲があって、人より少し理解力があった。そんな小さな優秀さが積み重なって、私は天才と呼ばれるようになった。


 父や母が人としてどこか欠けているということには、割と早い段階で気が付いていた。


 地位や権力、金で人を測り、それらに異常な執着を見せ、他のことには何一つ愛情を向けられない父親。

 物欲から自己顕示欲まで、凡そ全ての醜い欲求が人並み外れていて、それを隠そうともしない母親。


 どちらにも与えられる愛情も与えるための愛情も足りておらず、それを埋めるかのように何かに没頭している。そんな足りない彼らに他人のことを気にする余裕などなく、当然のように私も欠けてしまった。誰が悪いという問題ではなく、ただそれだけのことなのだ。


 私の小さな優秀さは父の目に留まり、彼の貯めこんだ金の力によって伸ばしに伸ばされることになった。良い成績を残すたびに褒められることは、両親に認められているようで嬉しく、私はどんどん学んでいった。そうしてついに、周囲からごく当たり前のように天才として扱われるようになった。

 私はそれを当たり前だと思われることに小さな違和感を感じていた。勿論褒められるのは嬉しかった。しかし、私を頭脳の一面だけで判断し、自分たちとは違うかのように扱われるのに居心地の悪さを感じていた。その違和感は成長するごとに広がっていった。やがて気付いた。私を褒める人たちの中に、心から祝福してくれている者があまりにも少ないことに。

 人は、自分を大切にする生き物だ。それは決して悪いことではない。自分を一番に置きたがり、自分より上のものを疎む。私だってそうだ。自分が一番でないことは悔しい。そうした気持ちは向上心に繋がる。悪いことでは、ない。ただ、私にとってそれがあまりにも不利に働いただけのことだ。

 例えば、見ず知らずの人が自分より上になると悔しい気持ちが勝る。それが近しい人になればなるほど誇らしい気持ちになったり自分まで嬉しくなったりする。けれど私の場合、「天才」というレッテルが邪魔をして他の人に共感されたり親しみを持たれる機会がほとんどなかった。そして、私は周囲のほとんどの人にとって「他人」になってしまった。つまり、周りから向けられる感情は常に前者なのだ。


 苦しみを一言で表してしまえば、「孤独」だった。けれどこれはそんなすっきりとした響きで表しきれるものではない。もっともやもやと重たく広い、途方もなく、そして私を締め付け縛り付けるものだった。

 私は称賛を受けるたび、どこか突き放されたように感じ、この苦しみを感じるようになった。

 父の仕事の関係で、才ある人達と話す機会も多くあった。彼らの多くは自分の才を受け入れ開き直り、称賛や妬みをむしろ糧としていた。私は彼らに憧れ、何度も自分を天才と称した。けれど、駄目だった。私は私のことを何より秀でた者だとは思えなかった。父の仕事により知り合った彼らに比べ、私はあまりに小さい。私を天才だと称する者たちは私にはないものを多く持っていて、そんな彼らを前にただ少し勉強ができるだけで彼らを見下すような発言をするのはためらわれた。自分を天才と呼ぶたび、自分が小さなものに思えて仕方なかった。そして何より、頭の隅には常に両親の驕り高ぶる姿が過っていた。私は心の奥底で、何一つ持っていないにもかかわらず威張り散らす両親をこそ、見下していたのだと思う。


 多分、ないものねだりなのだろう。

 両親を早くに亡くした子は言った。「親がいるだけありがたいじゃないか」

 勉強が得意でない子は言った。「頭が良ければ十分だ」

 容姿をコンプレックスにしている子は言った。「美人ならばどれだけ幸せだっただろう」

 彼らは言った。「同情なんてしないでくれ」

 その通りなのだろう。私は人より恵まれているのだ。裕福で、特に行動を制限されることもなく、毎日平穏に生きている。だから人を羨むのは筋違いだ。同情するなと言える彼らを、同情をもらえる(・・・・・・・)彼らを羨んでしまうのは、間違っていることなのだ。


 けれど、頭でそう理解していても、私は苦しくて仕方なかった。人より優れているという事実が、そんなことに贅沢にも悩んでいる自分が、どうしようもなく汚いもののように思えて、罪悪感でぎりぎりと心が軋んだ。

 私は人に相談することも、気持ちを訴えることもやめた。そんなことをしてもお互いに嫌な気分になるだけだからだ。そして私は、彼らが望むような「天才」として生きるようになった。彼らの理解が追い付かないような行動をとる、突飛な存在。人を食ったようなことをして楽しむ変な女。驚いたことに、そうやって道化を演じた方が、すんなりと周囲に受け入れられた。目に見える明らかな「変人」という欠点が周囲を安心させるのだろう。そして、妬みの混じる称賛を受けるよりも変な奴として扱われる方が、罪悪感なく過ごせてどこか安心できた。心を許せる人間は現れにくくなるだろうけれど、そもそもそんな存在がいる現代人がどれ程いるというのかと、妙に達観した考えを持つようになった。


 私は様々なものを研究した。それは既に学習意欲というより「天才な自分」を演じ続けるための材料という矛盾に満ちたものであったけれど、それでなんとか周囲や親と自分とのバランスを保てていた。

 そして、次の研究の題材を探している最中に、彼を見つけた。


 深い、ほとんど黒に近いが、確かに緑に輝いた髪。初めて見たとき、その神秘的な美しさに目を奪われた。次いで、その彼が道端で列を作っていた蟻に驚いて尻もちをつく姿に半分呆れ、半分面白く思った。第一印象は、緑の髪の情けない人、だった。

 その印象が変わっていったのはいつの頃だったか。彼はよく怯える人だ。けれど、決して弱い人ではなかった。むしろ自分の欠点と向き合い受け入れることのできる強い人だった。怯えることを恐れない人だった。私は研究と称して彼を観察することが好きになっていた。憧れていた。彼は髪色のせいで昔からいじめられることが多かったと言っていたが、それでも彼は彼自身の力で友人を作っていた。髪色が受け入れられないなら、それ以外のところで人と関わる。私の目指すべきものは、彼だったのだ。

 彼は私が姿を見せると、面白いくらいに怯える。私が彼の髪に異常に執着すればするほど、「天才」染みた行動をとればとるほど怯えた。けれど、一度もそんな私を拒絶しなかった。上に見るでも、下に見るでもなく、ただただ困惑していた。困惑し、私を理解しようとしているようだった。私は嬉しかったのだ。私を「天才」とみてそれ以上知ろうとしない人々ばかりに囲まれていた。けれど彼は、を見ようとしてくれていた。私は、私は……彼を好きになっていた。



 調子に乗っていた。だから、彼が困るともわからずについ本音を漏らしてしまった。最低なことをした。私は彼に憧れているが、「天才」とは人より優れているものなのだ。だから、私が自分を貶すように言った「住む世界が違う」という言葉は、きっと逆に取られただろう。でももう仕方ない。どちらにせよ私は彼に関わるべきじゃない人間だ。道化を演じることでしか人と関われない私と一緒に居ては、彼まで道化だと思われてしまう。きっと迷惑だったことだろう。彼には彼の世界があって、関わりがあって、それに私は混じるべきではないのだ。仕方のないことなのだ。

 もっともらしいことを考えて、自分を納得させた。本当は彼に正面から拒絶されるのが怖かった。私はちっとも天才じゃない。小さくて、弱くて、臆病な女子高生に過ぎない。私は逃げた。



 父を説得しようとしたが、やはり一筋縄ではいかない。彼の前から消えることさえ満足に出来ない。無力なことだ。どんなに数字に強くとも父親一人を説得できないで万人を納得させるような論文が書けるのだろうか。へこんでいたタイミングでさらに心折れていた私は、ふと突然に追い打ちをかけられた。

 彼に、見られた。

 心の内で見下している実の親。それでもやはり逆らえずにいる。醜く浅ましく、そして一番弱い私を彼に見られてしまった。情けなくて仕方がない。彼はどう思っただろう。優しい彼は、私を父親のもとから連れ出してくれた。その事実が今この瞬間にはどうしようもなく辛い。汚い親と汚い私、そして綺麗な彼。これ以上、これ以上私を、ひとりにしないで。

 同情が辛いという気持ちがやっとわかった。それを理解してあげられなかった後悔と羨んでいたあの頃の私の浅慮さが私の苦しみに拍車をかける。

 私は笑って彼に別れを告げた。



 彼はいつも私自身を見つける。他の人には絶対に気付かれない自信があるのに、彼は気付いてしまった。

 嬉しくて嬉しくて、好きで好きでたまらない。

 私は全てを吐き出した。もう嫌われていても構わないと思った。だって彼が知ろうとしてくれている。それならば全部知って欲しい。私の醜さを知って、呆れて、嫌いになってもいいから、それでも知って欲しい。



 その代わり、私は、周太くんのために、自分のためにこの世を捨てる。

 


 周太くん。気に病まなくていいよ。私がさいごまで我儘なだけだから。ただ、寂しくて耐えられないだけだから。君の心に悲しみを植え付けてしまうかもしれないけれど、自分のせいにだけはしないで欲しいな。大丈夫。遺言用に録音してあるから、万が一にも君が罪に問われることはない。君は私を覚えていてくれるかな。強い君のことだから、きっと周りに支えられながらもすぐに立ち直ってくれるだろう。本当は目の前でなんてお互いに嫌だろうけど、今を逃すと臆病な私はもう二度と出来ないと思うから。



 だから、本当に、ごめんなさい。





これを読んでくださったあなたは、果たして彼女に共感してあげられるでしょうか?





作者はイケメンや美女に「自分は金持ちで美形で頭が良いから誰にもわかってもらえないんだ」と真顔で言われたら「うああああああああああ」ってなると思います。そういうものです。


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