第1話 スーサイドキラー
人が自殺を考える時、理由は大体二つに分けられる。一つはいじめによる外部からの精神的苦痛からの離脱。二つ目は自分を諦めた時だ。恋愛、夢、勉強、仕事、多くの人間がこれらを行い自分ではない誰かと関わり合いながら行動を共にしていく。そうした時必ず人は自分に失望し、自分が大嫌いになる。多くの人間は嫌いな自分を許しながら人生を歩んでいく。しかしそれができない人は自分を諦める。自分ではこの先も乗り越えてはいけない、そう考えこの世界から消えていこうとする。だが、俺はそのどちらでもない。このどちらとも結局は自分に裏切られて困惑しているだけなのだ。信用していた自分が本当は存在してないことに気付いて、現実から目を背け、苦しみたくない安全な道に逃げこんでいるだけだ。真っ当な理由を武器にして。俺はそんなたいそうな理由なんかはない。でも俺も逃げ出したいんだ。こんな苦しいだけの世界に。物心ついた時から1秒だって信用していない、自分もこの世界も。ただ、生まれた時から、物心ついた頃から生きてるのが辛いだけなんだ。そうではない人はなぜこの世に生まれ落ちた時から、あがき苦しんでもなおこの世に少しでも居続けようとするのか。幸せが100パーセント保障されているわけでもないのに、なぜそんなに努力し続けることができるのか、俺には全然理解できなかった。だから俺は死ぬことを決心した。俺はある集団自殺のサイトを見つけた。それは「死神」というありきたりなサイト名だった。サイト名なんてものは特に気にせず、サイトを隅々まで見ているとそこには、自分の家からすぐ近くの山で近日中に集団自殺が行われる旨が書いてあった。すぐにその主催者にコメントを送った。
「どうも。初めまして、私アンゲルと申します。急ではありますが、私そこの近所でして…よければ私も参加させてもらうことはできませんでしょうか?」
少し緊張しながらコメントを打つ。アンゲルというのはこのサイトでのユーザー名だ。さすがに本名で会話することはできないから適当に名付けたのだ。しかし、こういうことに全くなれてない僕は、心臓をバクバクさせながら必死に頭をひねらないといけない。やはりこういうことは苦手だ。相手の気持ちを考えたり、気を使ったり。だがそれもあともう少しの辛抱だ。
「コメントありがとうございます!車はちょうど7人乗りなのであなたが参加してくれれば、ちょうど7人になるので逆にこっちが助かります!(笑)あと、詳しいことはこのメールに送ってください。hngmiaiis×××@×××.×× 見られちゃまずいこともありますしね(笑)」
コメントを打ち終わりほっと安息も束の間すぐに返信が返ってきた。とても自殺をしようと考えている人間の文面とは思えないぐらい明るくてハキハキしている。でも、ネット上では皆こんなものなのかなと変に納得した。俺はすぐにこのメールアドレスに、自分が何をすればいいかを尋ねた。すると、当日必要なもの、自殺方法、その日の段取りや、遺書の書き方などの死ぬための準備を全て教えてもらった。だが遺書を書くつもりはない。俺はまだ中学生だし、もちろん遺産も地位も名誉もない。また、誰かに何かを伝えたいこと、言い残したことも一切無いからだ。そして集団自殺当日、俺は少し緊張しながら指定の場所へ急いだ。指定の場所は家から歩いて6分ぐらいのところにある公園だ。そこにはちょうど三列シート7人乗り用のファミリーカーが異様な雰囲気を放ちながら佇んでいた。僕はその車に近づき、三回車窓をノックして、サイトのユーザー名アンゲルと名乗った。すると、ドアが自動で開いた。そこには自分以外の全員がすでにおり、自分を待ち望んでいたのだった。
「やあ、君がアンゲル君か。待ってたよ。すごい若く見えるなぁ。何歳なの!?」
「どうも、若いだろうに大変だったなぁ」
「きゃあ、すごいかわいい子、死ぬ前にこの子をどうにかしちゃいたいなぁあははは」
「おう、こんな夜中で危なくなかったか?」
興味津々で俺に寄ってくる人、何かを悟ったかのように勝手に心配してくる人、死ぬ直前だというのにとても陽気な人、死ぬ直前だというのに身の安全を心配してくる謎な人達が一斉に俺に喋りかけてくる。やはり、この人たちのテンションはとても死にに行くとは思えない。だが、そんな中でも俺のように暗い奴もいた。目が前髪で全て隠れている中学生ぐらいの少年がいた。彼はずっと車の隅で体育座りをして下を向いている。そして車内で急遽自己紹介をすることになった。すぐにお別れになるんだからやる意味なんて無いと思いながらも、場の雰囲気に馴染むために仕方なくすることにした。まず、この集団自殺の主催者の、ユーザー名ブロックさんが口火を切る。
「どうも初めまして、今回の主催者のブロックです。皆さん今日はお集まりいただき誠にありがとうございます。皆さんそれぞれ様々な過去があり、今があると思いますが皆、心は一つです。ついに今日をもってこの地獄から解き放たれるのです!皆さん今日は私たちの新たな誕生の日です!皆さん!おめでとうございます!」
そう言うと、ブロックさんは手を大きく叩いた。それにつられ皆一様に拍手をする。車内は拍手の音で埋め尽くされた。車の所有者で運転手でもあるブロックさんの挨拶が終わると、ハンドルを持ち車を動き出した。
「それでは運転している間に皆さんで自己紹介し合ってください。」
ブロックさんがそう言うと、すぐに運転に集中した。近くの山に向かうそうだ。その山は一方通行としか思えないぐらいの細い道のため、滅多に人が通らないらしい。地元の俺でさえ知らなかったぐらいだから相当知名度は低い。すぐに見つかっては運が良くて助かってしまうこともあるそうだ。だからなかなか人の目につかないような場所に設定したそうだ。そしてメンバー達が次々と自己紹介をし始めていく。
「どうも、ユーザー名はシュウリングです。俺はこう見えても20代なんですけど、中小企業で勤務してます。今日はよろしく。自殺理由は…社内のいじめです。毎日執拗に悪口を吐かれたり、所有物を紛失されたりしました。もう俺は…この世界で生きていけない。人が信用できなくなってしまったんです。」
シュウリングは終始、禿げた頭を執拗に掻きながら、涙のようなものを見せながら喋った。
「次は私かな?ユーザー名はビッグ侍です。私は見た目通りの30代なのですが、会社を経営してました。でもここにいるってことは…そういうことです…。察してください(笑)」
中肉中背の真面目そうなビッグ侍は確かにビッグだった。
「私だけじゃない?女性なのは!あらーちょっと心配(笑)私はぷるるんっていうユーザー名よ。みんな最後だからって若いピチピチの20代の私のこと襲わないでね(笑)あはははは」
20代後半とは思えないぐらいの妖艶さと荒々しさを持つこの女性は、俺とは真逆のような人だ。普通に生きてたらまず出会わないような人だった。
「次はワシかの。ワシみたいなおじいさんがこんなところにおるなんて場違いかと思うじゃろうが、どうか勘弁なぁ。ワシは八鳥平次という名前でやっておった。もう年金生活しておったんだけども、いろいろあってのう。まぁ今日はよろしくのう。」
ぱっと見70代ぐらいに見える。多分そのくらいだろう。もう少しすれば逝けるだろうに…まぁいろいろ事情があるんだろうけど。そして、次はとうとう僕の番だ。
「ど、ど、どうもユーザ名アンゲルです。きょ、今日はよろしくお願いひたしますっ」
めちゃくちゃ緊張した俺は、みんなのように長く喋ることが出来ず、且つ噛んでしまった。人生で一番くらいの恥ずかしさに襲われ今にも死にたい。今にも死ぬんだけどね…。そして俺の次の中学生くらいの暗い少年が立ち上がった。が、立ち上がってすぐに一礼をすると、すぐに腰を下ろしてしまった。少し呆然とした我らのせいで、少しの間車内が静まり返ってしまった。俺よりも人と関われないやつがいるのかと考えながら、俺もそうすればよかったと後悔した。俺はいつだって、そうやって生きてきたはずだったのに。今日の俺は少し浮かれてるのかもしれない。ネット上ではともかく、現実でもこんな風に喋るなんて…。そうして全員の自己紹介が終わり、俺や少年を除いた人たちが会話を弾ませること数分。車は減速し、停車した。どうやら目的地に着いたようだ。車窓から見える景色はどこから見ても同じで、一面が緑に覆われていた。ブロックさんがドアを開け外に出る。そして俺たちも外に出ようとドアを引こうとする。が、ドアが開かない。思いっきり引っ張っても全く微動だにしない。なぜ?明るかった車内がみるみるのうちに凍りついていく。この後本来我々は、ブロックさんから薬を貰い、この山中で集団自殺するはずだった。ドアに夢中な連中をよそに俺はブロックさんの方に目をやる。そうすると彼は少し微笑みながらこちらへ近づいてくる。そして車窓に顔をくっつけると、叫びながら喋り出した。
「アハハハハハハハハハハハハハ、このマヌケどもおざまああねねぇなぁななあああっあああああぁぁぁぁアハハハハハハハハハハハハハ」
ひどい嘲笑が窓を伝い車内に響き渡る。みんなの顔が凍る。
「死にたいやつはな、勝手に一人で死にゃあいいんだよ。こんなのに参加して、最期まで誰かと一緒にいなきゃダメなんて…。お前ら何の為に死ぬんだよ。おい、そこのハゲお前いじめられてるんだってな!人を信用できないんだってな!じゃあ何でこんなのに参加してまで最期を一人で迎えられないんだよ、ありえねーだろアハハ」
「なにが…なにが…したいんだ…なにが目的なんだ…よ。」
俺は重い口を必死に動かして喋る。
「目的?そんなもん決まってるじゃねぇーか、人を殺すことだよ。」