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二段ベッド

作者: 一条 灯夜

 天使の梯子、という件名のメールを受信したのは就職活動を――まあ、一応、内定を貰うことで終えた八月の事だった。

 もうすぐ帰省するはずだったので、それに関する連絡だとばかり思っていたのに、添付ファイルに雲の切れ間から差し込む陽光の写真があるだけで、肝心の本文がなにもなかった。

「なんだこりゃ?」

 遅まきの中二病ってヤツなんだろうか?

 返事に悩んでいると――添付ファイルを無視して帰省の予定を相談するか、ちょっとからかってみるか、写真の撮り方が下手だとダメだししてみるか――、メールの文面を考えている間に義理の姉から電話が掛かってきた。


『遅い』

 通話ボタンを押して開口一番、そんな罵倒が振ってくる。うん、いつものバカ姉だ。ここ最近の暑さにも負けてはいないらしい。

「暇な女学生でもないんだし、日本男児はそんなぽんぽんメールはうたないの」

 就活において、真面目な硬派でアピールしていた俺は、その売り文句に正しく忠実に体現して返事をする。

 まあ、いつも通りの捻くれた返事といえなくもないが。

『はいはい、で? 見た?』

「なにを?」

『バカかアンタは! メール』

 いや、バカなのは主語の無い姉さんの方だと思うが。

「見たよ。なにこれ? 風景撮るような趣味あったっけ?」

 にしては、ピンボケしてるし、そんなに上手な写真でも、感動する滅多に見れない風景ってわけでもないような気がした。

 曇りや雨の後は、こんな風景は良くあるんだし。

 日々の労働で病んだ心を癒された、とかなんだろうか?

 俺より三つ上の姉さんは、当然俺よりも先に社会人になっていた――大学二年の頃、留年するかも、とか大騒ぎしてたことはあったけど――ので、入社一年目の時には良く愚痴を聞かされた。

 今回も、そんなことなのかな、と当たりをつけてみたんだけど……。

『ちっがうし、ほら、タイトル。天使のはしご』

「はぁん?」

 その名称が気に入ったんだろうか? 小学校低学年が、必殺技を叫ぶのと同じような感覚で。

 我が姉ながら、ちょっと色々な意味で可愛いというか残念というか……。

 と、口には出さずに――一応、学生の俺は、社会人の姉貴からお盆の小遣いをきちんと頂く予定なので、機嫌は損ねないに限る――心の中だけでバカにしてみるが『ほら、二段ベッドで』と姉さんが言ったことで、ようやく合点がいった。

「ああ、二段ベッドの」

『そう、ほら、アタシ達ってさ、あの二階のベッドに上がる梯子を、天使の梯子って呼んでたじゃない。なんでだっけ?』

 言われて、思い出した。

 俺と姉さんは、俺の母さんと姉さんの父さんが再婚して――、まあ、主に金銭的な事情で、中学半ばまで同じ部屋を使っていた。まあ、当時の俺は大人しい方だったし、姉さんは……姉御肌っていうか、俺が居ても居なくても完璧に自由な人だったので、それでも大きな問題は起きなかったけど。

「あれって、姉さんがそう呼んだんじゃなかったっけ? 天子であるアタシの通る道! とか」

『お前、今、違う天使のイントネーションで言ったろ?』

「うん、だから、そういう雰囲気でさ」

 ドスの利いた声で命じられれば、男女の差よりも年齢差の方が純粋に戦力に影響した小学生時代、俺に反論の機会は与えられなかったんだと思う。

 まあ、今になったらなったで、男女ってのを意識しちゃって、変に強く出れなくなってるんだけどさ。男って損だ。

『ちっがうし、なんか、感動的な話のはずだし。あれ? でも、ベッドずっとアタシが上だったっけ?』

「そうじゃない? 俺、二階からの景色、記憶に無いよ」

『ええ? 嘘、アタシ、ベッドの天井の風景、覚えてるよ。あの木目の感じとかさ』

「ほんとに? なら、お盆の小遣い、一万包んでよ」

『はぁ!? バカ言うんじゃないし。内定でたら、もう大人だし』

 うっわ、言うと思ったけど、やっぱり言いあがったよ。

「新生活の支度金としてさ」

『あれ? アンタ、貯金ないの?』

「あるってか、仕送りの保留分だけど」

『むしろ、アタシに盆小遣いくれ』

「嫌だし」


 その後も、いつも通りの掛け合いが続き、帰省ラッシュを少し過ぎたぐらいに一緒に新幹線で帰省する約束をして、電話を終えた。

 ただ、なんとなく、天使のはしごってことばと、二段ベッドが妙に頭に残っていた。

 なんでだろ?

 なにか、あったんだっけ?


 いずれにしても、昔の話。

 もう終わったことだろう。

 そんな風に流して、ようやく俺は就活の不安から解放されて安眠についた。



 …………。

 目を開けると、朝だった。

 暑い。

 額を手の甲で拭えば、寝汗の感触。


 昨日、姉さんがベッドの話をしたせいだと思う。

 久しぶりに夢を見たのは。


 姉さんは、覚えていてあんなことを言ったのだろうか? 随分と趣味が悪いことだと思う。


 最初から、物心ついた頃には父さんがいなかった俺は、正直、悲しいもなにも無かった。姉さんは、どうだったのか分からないけど……多分、俺よりも年上だったし、産みの母親に対して覚えていることのひとつふたつはあったんだと思う。

 夜、豆球のぼんやりとした明かり。

 父さんと母さんの声が聞こえなくなる時間に、姉さんはよく梯子を降りてきていた。俺は――、寝たふりすることが多かったと思う。なんとなく、不安なのかなとは思ったし、別に嫌じゃなかったし。

 春夏秋冬、いつの季節にも、一緒に寝ていた記憶はあった。夏は暑過ぎて寝付けなかったり、逆に冬は一緒になんてしがみついたり。

 そう、姉さんが家に来て――、確かに俺は嬉しかった。

 姉弟って言われてもピンときては居なかったけど、綺麗な姉さんが出来て嬉しいとか――無知……いや、無恥だった当時のガキ過ぎた俺は、臆面も無く口に出していた。


 そう、ベッドの梯子を天使のはしごと名づけたのは、小学生だった俺の感性だ。

 家族が増えたことを、母さんが神様のくれた幸運って呼んでいたので、毎夜、会いに来る姉さんを天使と呼んでしまった。

 あぁ、もう、ガラの悪い天使もいたもんだな。ったく。


 そう、そんな、フクザツな距離感だったから、俺の初恋は姉さんだったりする。中学の俺の隠しているつもりでも、今にして思えばバレバレだった態度。

 だけど、姉さんは――煙に巻く態度でいつも赤信号を点していた。

 口には出来ない。

 姉弟ってことを、その時に初めてはっきりと意識したのかもしれない。その境遇を怨むことは……なかったな。そういうもの、として特に多くは望まなかった気がする。

 その内、姉さんは大学生になり、俺は姉さんとは別の大学へ進学したので、なんとなく距離が開いて、今に至る。


 ……そう、俺の内定を取った企業は、大学の近くで、姉さんも社会人になってからは、俺の大学の近く――とまでは言わないけど、電車で五駅の距離に住んでいる。

 もしかして、そういうつもりで訊いてきたんだろうか?

 日頃ガサツな癖して、こういう所で惑わせてくる。

 まったく、性質の悪い姉さんだ。



 そして、帰省の日、駅のホームでGW依頼だった姉さんと待ち合わせていた。

 姉さんは、まあ、いつも通りのいでたちで、颯爽と俺にボストンバッグを投げ付けてきた。

「アンタ、さ」

「ん~?」

「新社会人なんて金ないんだから、しばらくアタシの部屋に住んでも良いんだよ? 引越しも、大きな荷物がなければちょっとずつ運び込めば良いんだし」

 姉さんの顔をまじまじと目つめたところで、ホームへと電車が入ってきた。


 踏み切りの少し先の十字路の信号機の三色シグナル。

 赤信号が、青信号に変わったのが目の端に入ってきた。


 乗り込んだ電車は、空いている時間を見越していたので、普通に座ることが出来た。

「ベッドの下の段はまた俺?」

「そう」

 仏頂面で答えた姉さん。

 ふん、と、軽く鼻で笑う。


「天使のはしごで、また来てくれるなら、考えても良い」


 並んで座っていたから、触れていた姉さんの肩が跳ねたのが、はっきりと分かった。

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