先輩との……②
「あれ、今日は二人とも早いね」
僕の女神が降臨した。
「中沢せ……」
「真菜ちゃん、待ってたよ~」
僕が声をかけるより先に恒武先輩が中沢先輩に飛びつく。
「も、もう『さやち』ったら、いきなり抱きつかないでよ」
「えへへ、いいじゃん。女の子同士なんだし~」
う、羨ましい。でも女の子同士が抱き合う姿もなかなか……。
「それより、昨日部活さぼったでしょ。部長が激怒してたよ」
「え、マジ。部長、怒らせると超コワイんだけど。ねぇ、真菜。一緒に謝ってよぉ」
「自業自得だけど、しょうがないなぁ……って言うか、本当は部長そんなに怒ってなかったから」
「ホント?」
「うん、和地くんが入部してくれたおかげで、部が存続できるようになったから機嫌良かったみたい」
と、二人の視線が僕へと移る。
「でも真菜、この子全然、面白くないよ」
「え、そうかなぁ。ユニークだと思うんだけど」
「だって、声優部なのにアニメに興味ないんだもん」
べ、別に興味ないわけじゃ……。
「恒武先輩、誤解です。興味ないわけじゃありません。ただ、アニメって日曜の午前中とか平日の夕方にやってるじゃないですか。見る機会がなくって……」
「はあ? あんた何言ってんの?」
慌てて言った僕の言い訳に恒武先輩は目を吊り上げる。
「今のアニメファンは『深夜アニメ』にシフトしてるのよ」
「深夜アニメ?」
僕の疑問の声に恒武先輩は『そんなことも知らないの?』という表情を浮かべる。
「『深夜アニメ』っていうのはね、和地くん。定義はいろいろあるけど、一般的には夜10時以降に放送されているアニメの総称なの」
中沢先輩が優しく解説してくれる。
「え、でもそんな遅い時間に放送したら、子どもが見られないじゃないですか」
「馬鹿ね、深夜アニメの対象は子どもじゃなくて一般若年層なのよ」
恒武先輩が鼻で笑う。
「すでに全日枠アニメを凌駕している状態なんだから」
「す、凄いですね。何本くらい放送してるんですか?」
「そうね、増減や2クールのもあるけど、大体一季50本ぐらいかな」
全日枠、2クール?
よく言葉の意味がわからなかったけど、僕は素直に驚いた。
「1年に50本だなんて、確かに多いですね」
「何、言ってんの、一季よ一季。春アニメとか夏アニメ。年間なら200本近いアニメが放送されているってことよ」
200本? 嘘でしょ。
僕は開いた口がふさがらなかった。
ニュースで日本のアニメが海外で評価され、政府が日本文化の象徴のように扱っていることの理由を垣間見た気がした。
僕が驚いているのを満足そうに見て、恒武先輩は続けて言った。
「びっくりした?」
「はい」
「作品数が多いってことは、それだけ声優さんが活躍する場も多いってことなんだ。声優になりたい人が増えている理由もわかるでしょ」
よくわかった。
アニメ業界の現状を。
そして……。
「恒武先輩、アニメ大好きなんですね」
先輩がアニオタだってことも……。
「な、な、な、何を言ってるんだ君は! 私は別にアニメだけが好きってわけじゃないんだ……たくさんの好きなものの一つに過ぎないんだから」
恒武先輩は耳まで真っ赤になって必至に言い訳する。
「そうだね、さやち。ゲームも漫画も好きだもんね」
中沢先輩がニコニコしながら傷口を広げる。
先輩、ひょっとして天然さんなのか?
「ぐぬぬ……」
中沢先輩の発言に恒武先輩は、しばらく二の句が告げなかったが、やがて大きく息を吐き出すと死んだ魚の目になって言った。
「オタクですけど、それが何か……」
開き直った!
「いえ、別に。人の嗜好について、とやかく言うつもりはないですよ。いいじゃないですか、アニメ好き。立派な趣味だと思いますよ」
僕もいろいろ偏ってるし。
人の趣味に文句をつけるほど、たいした趣味も持ってない。
「なんかムカつく。ひろっちに上から目線でモノを言われた」
恒武先輩は僕の肯定の言葉に、いたく不服そうだった。
「まあまあ、さやち。不貞腐れないの。その知識にうちの部もずいぶん助けられているんだから、卑下することないって」
「ま、真菜ちゃ~ん、大好きだよ~」
恒武先輩は涙目になりながら(たぶん演技)、中沢先輩に再び抱きついた。
も、もしかして恒武先輩は僕のライバル?