先輩との……①
「和地、お前何部に入る?」
同じクラスの『上野 宏人』(かみの ひろと)が僕に話しかけてくる。
声優部に入部したと言おうとして思いとどまる。まだ入部届けを出していなかったからだ。
そもそも、部活説明会は来週だったし、新入部の受付もそれ以降だった筈だ。
「あ、うん。声優部に入ろうと思ってるんだ」
なので、そう答えることにした。
「え、声優部? 入れないだろう、あの部には」
「へ、どうして?」
「お前知らないのか? 声優部は全員美人ぞろいの女の園で、男子禁制なんだそうだぞ」
そ、そんな話聞いてない。でも、部長さんは初の男子部員って言ってた気が……。
「それより、和地って中学、バスケ部だろ。俺と一緒にバスケやろうぜ」
「いや、誘ってくれて嬉しいけど、僕は……」
声優部に入る、そう決めたんだ。
「そうか、まだ時間あるし、気が変ったら言ってくれよ」
上野は少し残念そうな顔をしたけど、無理強いはしてこなかった。
知り合ったばかりだが、ホントにいい奴だ。明るくて面白いし信用できる……女の子にはモテそうにないけど。
奴と同じ部活なら楽しくなりそうだとも思ったが、初志貫徹だ。
だって声優部には中沢先輩が僕を待っているんだから(と僕だけが信じてる)。
放課後、勇んで放送室へ行ってみたけど、残念ながら中沢先輩は待っていてくれなかった。
代わりにいたのは、初めて会う女の子だ。
たぶん、昨日会っていないもう一人の二年の先輩だろう。
見た目は、とても先輩には見えなかった。というより僕より年下の中学生ぐらいに見える。
そして可愛い。
上野の言っていた声優部は美人ぞろいという噂は本当のようだ。
「あ――、ホントに男子部員だ」
先輩は僕を見つけると、にこにこしながら近づいてくる。
「私、『恒武 彩那』(つねたけ さやな)。よろしくね」
「こ、こちらこそ。一年の和地尋高です。よろしくお願いします」
中学の時の癖で、しっかりと頭を下げお辞儀する。先輩・後輩のけじめが厳しい部活だったせいだ。
「ふ~ん、真菜ちゃんが言った通り、真面目なんだね」
「いえ、それほどでもないです」
中沢先輩が一番だけど、恒武先輩も可愛いなあ、なんて思うぐらい不真面目です。
「ところで、『ひろっち』は何で声優部に入ろうと思ったの?」
ひ、ひろっち?
いきなり、フレンドリーな人だ。
「もしかしてハーレム狙い?」
「え……」
そんな大それた野望はないです。
ただ単に中沢先輩狙い……いや、純粋に声を生かした部活動を……。
「冗談だよ、真に受けるなよ~」
僕が口ごもるのを見て恒武先輩はニヤニヤする。
ちょっと小憎らしい感じだけど、小悪魔的な可愛さだ。
「それでさ、ひろっちはアニメとかゲームって興味ある?」
不意に恒武先輩は話題を変えた。
口調は淡々としていて、何気ない質問のように装っていたけど、表情で興味津々なのがわかる。
「?」
先輩の質問の意図を量りかねて返答に窮するが、先輩の目が答えを待っている。
「すみません、よく知らないんです」
小学校時代はニュース番組、中学校時代は部活に勤しんだので、同年代に比べて、その方面の知識は疎いと思う。
「あ、そうなんだ。変なこと聞いてごめん。声優部に入ろうと思った子なら好きかなって思っただけだから」
そう言う恒武先輩のテンションは明らかに下がったように見えた。
僕、何かマズイこと言ったかな?
自分の落ち度を省みている間に、先輩は鞄からカバーのかかった文庫本を取り出した。
「ひろっち、真菜ちゃん来るまで本読んでいい?」
「え? いいですけど」
「ありがとね」
そう言うと恒武先輩は可愛らしいカバーの付いた本を取り出すと熱心に読書を始めた。
閉鎖空間に女子と二人きりで会話なし。なんとも間が持たない展開だ。
「あの……恒武先輩?」
「……」
思わず、声をかけてみるが、本に夢中で返答は無い。
すでに僕という存在は彼女の眼中には無いようだ。
「先輩、何の本読んでるんですか?」
性懲りも無く、再チャレンジしてみる。
「今、話しかけないでくれる」
「す、すみません」
お、怒られた。
最初は、あんなに友好的だったのに……ホント、猫みたいに気まぐれだ。
僕はどうしていいかわからず、中沢先輩が来るまで半分涙目になりながら、ひたすら防音壁の穴を数えていた。