エピローグ
「は~るばる来たぜ、は~こだてぇ♪」
空港のターミナルを出た部長の第一声がこれだ。
確か大昔に流行った歌謡曲らしいけど、古過ぎて誰もわからない。部長の年齢詐称疑惑が信憑性を増す。
「部長、はしゃぎ過ぎると迷子になりますよ」
テンションMAXの部長を中沢先輩がクールダウンさせる。
「私も実は北海道、初めてなんです! テンション上がりますよね」
せっかく、先輩が落ち着かせようしている横から、佐久間が油を注ぐ。
「そうだよ、テンション上げるしかない!」
部長も佐久間も眼をキラキラさせながら、周囲をきょろきょろ見回している。
駄目だ、この二人は。
「中沢、馬鹿は放っておいて、先を急ごう」
「そうですね、先生。部長、佐久間さん! そろそろ移動しますよ」
呆れた表情で言った顧問の山住先生に応えて、中沢先輩が二人に先を急がせる。
「先輩、確か函館駅行きのバス乗り場はあっちです」
部長達を尻目に、僕は先輩の先に立って歩き始める。
「お、今日はひろっちが仕切るのか」
恒武先輩がニヤニヤしながら僕をからかう。
「いえ、そんなつもりはありませんけど、時間がないですし、唯一の男子なんで……」
「和地のくせに生意気だぞ!」
佐久間が一番後ろから非難の声を上げる。
「まあまあ、佐久間。和地君的にいいとこ見せたいところなんだから、ここは応援してあげようよ」
「そうですよ、あやのちゃん。せっかくの旅行ですし……」
田町先輩と尾野さんが、やんわりと取り成しても佐久間はまだ何かぶつぶつ言っていたけど、中沢先輩は苦笑いしながら僕を促した。
「じゃぁ、和地くん。引き続き、案内お願いね」
「はい、わかりました。皆さん、僕の後について来てください」
僕達は恒例の夏合宿で北海道に来ていた。
部長の立っての要望どおり、行き先は函館・札幌旅行だ。
心配された田町先輩も何とか参加でき、全員での旅行となった。引率は山住先生が引き受けてくれたので、ちゃんとした部活動の一環だ。
あれから、先輩との中は表面上変ってはいなかったけれど、何となく隔てていた見えない壁が無くなったような気もする。
時折り、今のように頼ってくれるのが、とても嬉しかった。
考えてみれば、僕と先輩は実のところ似た者同士で、表面的な関係性をつくるのは上手だけど、一定以上の距離をおき、相手を踏み込ませるのを良しとしない性格に思えた。
そう考えると、今まではわからなかった先輩の部や部員に対する思いが、ほんの少しわかったように感じる。
「やっぱり、最初に五稜郭タワーに昇らないとな。その後は五稜郭公園と箱館奉行所と……坂本竜馬記念館だ」
「部長、坂本竜馬って北海道に来てたんですか?」
「いや、来てない」
「え、じゃあ何で記念館が?」
「それはだな……」
バスの後部座席で部長が佐久間の質問に嬉しそうに答えている。
あの二人、案外相性が良いみたいだ。
まあ、中沢先輩の隣を田町先輩が独占しているので、渋々部長の隣に座ったようだけど。
僕は、ふと後ろを振り返って中沢先輩に目を向けると、僕を見ていたらしい先輩と視線が交わる。
先輩の真っ直ぐな瞳にドギマギして、僕は慌てて前を向く。
反則ですって、先輩。
そんな目をされたら、頑張るしかないじゃないですか。
今までの僕は、どこか達観していて、場の雰囲気を大事にするっていうか受動的で流されやすい性格だった。事なかれ主義で、出来るだけ敵を作らないようにしていたし、他人に嫌われないように自分を押さえ込んでいた。
後ろ指差されるぐらいなら、我慢して大人しくしていた方がまし。
それが正解だと思っていた。
けど、それじゃ駄目だと気付かされた。
もっと自分を出して一歩踏み出さないと、大切に思う人との関係は深められない。
こちらが心を開かなければ相手だって開いてくれないのは当たり前のことなのに。
そんな当然の話を、傷つくことを恐れていた僕は分からなかったのだ。
「佐久間、箱館奉行所の『箱』は函館の『函』と違うって気付いてたか?」
「え、そうなんですか? なんで違うんですか?」
「それはな……」
部長と佐久間のやりとりに加え、他の部員達の楽しそうな会話が後ろから聞こえる。
正直、未だに『声優』について良くわかったとは言えないけれど、この部に入ったことを後悔していない。声の演技について興味が湧いたし、文化祭のリベンジも果たしたいと思う。
何より、このメンバーと一緒に活動するのはいろんな刺激があって楽しかった。
これからの学校生活に思いを馳せると(部長はもうすぐ引退するけど)、何となくワクワクしてくる。
きっと、退屈しないだろうと思う。
「和地、どうした? ニヤニヤして気持ちが悪いぞ」
一番前に座っていた山住先生が気味悪そうに僕を眺めていた。
「え? 別に普通ですけど……って、気持ち悪いは酷いです」
「事実だからしょうがないだろ……それより最近お前、少し変ったな。なんかあったのか?」
「そうですか? 自分ではあまりわからないですけど」
「ああ、積極的になったというか自分を出すようになった感じかな」
腐っても、一応顧問なんだ。
見てないようで、部員のことをちゃんと見てるんだ。
「で、どうなんだ? 中沢に告ったのか、なかなかいい雰囲気だぞ。やるなハーレム男」
前言撤回。
単に恋愛ゴシップに飢えてただけですね、先生。
「冗談はさておき。私としてはお前がこの部に入ることに、正直不安を感じていたんだが、上手くいっているようで安心したよ」
じと目になった僕を見ながら、先生は急に真顔になって言った。
「女の園に男子が入るからですか?」
「お前にそこまでの甲斐性があるとは思わん。そうじゃない、お前という人間が、よくわからなかったのさ。とらえどころがなくて信用がおけなかった」
確かにそういう面が僕にあったと思う。
ただ、教師として本人を前にそういう発言をするのは少しどうかと思うけど、何故だかいやな感じはしなかった。
なんとなく、今の僕を認めてくれているような気がしたから。
「とにかく、顧問としても副担任としても、和地の成長は大いに歓迎だ。だが、若さ故の暴走だけはするなよ」
ひ、一言多いです。
「それにしてもだ、昼行灯みたいなお前がここまで変ったのには正直驚いてる。最初の質問に戻るが、何かあったのか?」
一瞬、躊躇った後、後ろで話す中沢先輩の声を耳にしながら、僕は答えた。
「……『声わずらい』のせいかな」
「『恋わずらい』?」
「え、ちが……いえ、何でもないです」
あえて否定せずにいると、先生は大きく頷き、『青春だな~』とニヤニヤした。
僕はガイドブックに目を落としながら、一つため息をつくと、これからの旅程を思いやった。
声わずらひ 完
読んでいただき、ありがとうございました。
一応、完結です。
いろいろと課題の残る作品でしたが、作者としては好きな声優話を書けて楽しめました。
現代物は難しいですね。
とりあえず、今連載しているファンタジーの完結を目指して頑張ります。
今後とも、よろしくお願いします。
みまり




